大きなアヒルの知らせ
「うわあ……!」
感嘆の声を漏らしたラフレーズの横、黄金色から緑色に変わった草をもりもり食べる羊のメリー君と茶色の牛モリー。
黄金色の草原から、次は新緑の草原に囲まれた広大な湖のある場所だった。ここもまた、永遠と湖と新緑の草原が続いていた。
「最初の所より空気が冷たいね。どう? メリー君、モリー、美味しい?」
「メエ!」
「モウ!」
「そっか。良かった」
美味しいと鳴いた二匹に表情が綻ぶ。
今回は湖があるので魚や羽休みをしに鳥も見れるかもしれない。
二匹の食事を終えると歩き始めた。
「ここではどんな精霊に会えるかな」
「メエ」
「その内会える? うん。楽しみにしてるよ」
とてものんびりとした時間。
ラフレーズは一つだけ、疑問があった。
ヒンメルが未だに婚約の誓約魔法を解呪していないのだ。ラフレーズが解呪したら、いの一番に誓約魔法を解呪してメーラと婚約するだろうと予想していたのに。もしやするとラフレーズが勝手に家出した為に何かあったのだろうと推測。逆にメーラと婚約をし難くなったとか? だとすると余計恨まれる。
ヒンメルの為とした行動が却ってヒンメルの恨みを買う行動となってしまったのなら、申し訳ない。逆恨みされて襲われる……とは浮かばない。ラフレーズがいるのは精霊の世界。精霊の姿を認識出来る者が精霊に連れられて初めて足を踏み入れられる場所。
精霊の助けなくては、精霊の世界には来られない。
どんなに憎まれようともヒンメルがラフレーズの目の前に現れる可能性はゼロ。
(気にしないでおこう)
ヒンメルをまだ好きかと問われれば、好きと頷ける。
長年冷遇され続けてきたとは言え、幼少の頃より刷り込まれた想いは簡単には消えてくれない。
……時間が経てば、失恋という思い出となって消えていくだろう。
「メエ~」
「モウ~」
メリー君とモリーは楽しそうに会話をしている。ラフレーズには鳴き声しか聞こえないが二匹の様子を見るとそう見える。
歩き初めて暫く。
かなりの距離を歩き、空腹を感じ始めたラフレーズが食事にしようと声を掛けた。歩きながらでも草を食べていた二匹だが、立ち止まってゆっくりと食べられるのが嬉しくて大きな声で鳴いた。
本日の昼食は具沢山コンソメスープ。ナイフやフォークを必要とする食事は外では面倒で好ましくない。スプーンで食べれる料理を魔法で出してくれるメリー君には感謝しかしない。また、最近ではモリーが食後のデザートを提供してくれる。これもメリー君が担当だったが、付いて行くだけなのも嫌なのだとか。モリーの提供するデザートはクリーム系統が多い。
「美味しい」
「メエ」
「いつもありがとうね、メリー君、モリー」
「メエ!」
「モウ!」
ずっとこんな時間が続いたら良いのに……。
と考えていると、ペタペタと足音が。
振り向いてラフレーズは驚いた。やって来た動物も精霊なのだろうがサイズが大きい。
体がダチョウ並みに大きいアヒルが可愛らしい鳴き声を発しながらメリー君とモリーの前で止まった。
「クワ」
「メエ」
「モウ」
お互い自己紹介をしているみたいだ。
「メエ、メエ」
「クワ? クワワ」
「モウ」
念話を送られないので会話の内容までは分からない。アヒルはチラチラとラフレーズを見てくる。
「メエ~」
「クワ、クワ~」
「モウ~。モウ」
三匹の鳴き声を音響にして食事を進めるラフレーズは、メリー君とはまた違った魅力溢れる白い羽毛にときめく。顔を埋めたらきっとふわふわもこもこしていそうだな、と。
メリー君がラフレーズに念話でこう語った。
「……え」
聞かされた内容にラフレーズは固まった。
大きなアヒルにメリー君が聞いたのは、ファーヴァティ公爵家の話。大きなアヒルはファーヴァティ公爵家の庭で日光浴をするのが好きらしく、毎日訪れている。そこでは、精霊である大きなアヒルを認識出来る者はいないが気に掛けている相手がいるのだ。
ファーヴァティ公爵婦人、リリアナ・ファーヴァティである。
娘のメーラが宜しくない噂が目立つマリン・コールド子爵令嬢と親しげにしているのを疑問視していた。良くも悪くも生粋の貴族令嬢であるメーラが、子爵、それも平民の血が混ざったマリンと親友と呼べる程親交を深める筈がないと。マリン自身に纏わり付く悪い噂も、夫人の耳には全て入っていた。だが、下手に咎めると癇癪を起こして母親と顔を合わせようとしなくなる。もう一人の娘ナーラもこの事に頭を悩ませている。女性ながら、次期公爵となるナーラは灰色のマリンと距離を置いてほしいと考えている。
更に、大きなアヒルがラフレーズをチラチラと気にしていた理由も判明。ヒンメルの寵愛を受けるメーラは、自身が次の王太子妃になると家族に常々言い触れている。流石に身内以外の前では言っていないが、彼女や王太子の態度からして誰もがラフレーズに代わって王太子妃になれるのはメーラだと思っている。
それでも、何故か周囲はラフレーズこそヒンメルに相応しいと認識しているのだからよく分からない。
「私と殿下の婚約はまだ破棄されてないの?」
「メエ、メエ?」
メリー君がラフレーズの言葉を大きなアヒルに通訳してくれた。
大きな羽を黄色い嘴に当てて考え込むと「クワ」と鳴いた。
「メエ!」
「もうされてる? ……そっか」
待ち望んだ婚約破棄。
なのに、心にぽっかりと空いた虚無は何なのだろう……。
胸に触れたラフレーズは、何時か時間が解決してくれるだろうと無理矢理笑みを浮かべて見せた。
「メエ……」
「モウ……」
メリー君とモリーが心配げにラフレーズを呼ぶ。
「大丈夫だよ。でも、そうだね、王太子と王太子妃の結婚式くらいは遠目から見てみたいな」
きっとその頃には、自身の空いた穴は塞がっているだろうから。
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