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その頃、ベリーシュ伯爵邸

 

 家出生活から早三週間。

 新たな仲間として茶色の牛モリーが加わった。

 モリーは、自分が教えた話のせいでラフレーズを傷付けてしまったと責任を感じてしまい、こうして旅の供をしている。ラフレーズが気にしなくてもいいと手を振っても、責任感が強いのか、モリーは一緒に付いて来る。

 申し訳なさを感じながらも会話の相手が増えると嬉しい部分もあり……。



「この辺りで休憩にしましょう」

「メエ」

「モウ」



 相変わらず、黄金色の草原を目的もなく歩き続け、適度な時間が過ぎるとラフレーズが声を掛けて食事休憩となる。

「メエ!」とメリー君が強く鳴いたと同時に水色の魔法陣が出現。淡い光と共に出来立てほやほやのシチューとバゲットが。魔法でラフレーズの食事を用意するのはメリー君の役目。モリーが加わっても変わらない。



「いただきます」



 食事を始めたラフレーズの側で、メリー君とモリーは好物の草を食べ始めた。ふと、ラフレーズはある疑問を口にした。



「私はメリー君が色んな食事を出してくれるからいいけれど、メリー君とモリーはずっと同じ草で飽きない?」

「メエ!」

「モウ!」

「そっか。飽きない味なんだ」



 草食動物にしか分からない魅力がこの草にはあるらしい。

 ラフレーズが食べて美味しくなくても、草食動物二匹にはとても美味しくて毎日食べても飽きない味なのだ。







 *ー*ー*ー*ー*



 ――ラフレーズが美味しくシチューを頂いている頃、ベリーシュ伯爵家は今日もラフレーズ捜索に全力を――



「父上。ラフィは本当に精霊といるのですか?」

「何度も言わせるな。間違いない。精霊といるのならラフレーズの安全は問題ない。今はそっとしておこう」



 注いでいない。というか、していない。

 亡き妻に瓜二つの愛娘が簡潔な内容しか書かれてない置き手紙を残し家出して三週間経過。

 手紙に書かれているメリー君なるのが、男性ではなく精霊だと告げたのは父シトロンだった。赤茶色の髪を短く刈り上げたシトロンは、立っているだけで他者を圧倒する威圧感溢れる人物で戦いともなると魔法師団団長の名に恥じぬ戦闘能力を発揮する。私生活では、跡取りの息子に厳しくも愛情溢れる父であり、亡き妻に瓜二つな娘には親馬鹿振りを発揮する。



「ヒンメル殿下が毎日ラフィの居場所を教えろと押し掛けて来ますが」

「失礼がないよう追い返しなさい。私は始めから反対だったんだ。ベリーシュ伯爵家と婚姻を結ばなくても、我が家の王家に対する忠誠心は絶対のものだ。陛下も重々それは承知していた」



 だが、隣国との関係を考えるとラフレーズ以外、王太子たるヒンメルと婚約を結べる令嬢がいなかったのもまた事実。

 友好的な関係を保つ両国だがまだまだ緊張状態が続いていた。隣国の姫であった妻フレサが王家の忠臣と名高いベリーシュ伯爵家に降嫁されたのも両国の関係を考えた結果。初対面で互いを気に入った二人の仲は瞬く間に深まり、二人の子を成すまでとなった。



「フレサには申し訳ないな。ラフレーズを必ず幸せにすると誓ったのに」



 フレサはラフレーズを生んで間も無く亡くなった。ラフレーズを宿して約四ヶ月辺りで急に体調を崩し始めた。理由は胎内に宿るラフレーズの魔力の高さ。母体に影響が出る程の魔力の持ち主。フレサの体を最優先としたいのに、折角宿ってくれた命を見殺しにすることも出来なかった。

 日々悩み、どちらかを選ばないとどちらとも死んでしまうと医師に告げられたシトロンは優秀な魔法使いを数多く輩出してきた我が家を今日程有り難く感じた日はないいう程調べ続けた。

 母と赤子、両方が生きられる術を……。


 だが、シトロン、周囲の努力虚しくフレサはラフレーズを生むと同時に息絶えた。

 死ぬ間際、生まれたばかりの我が子を抱いてフレサはシトロンに強く願った。



『泣かないで……、この子が外の世界を見ずに、死ななくて良かった……』

『フレサっ』

『シトロン様、メルローと……ラフレーズを……どうか……幸せに……っ』



 幼い二人をどうか幸せにしてほしい――。

 愛するフレサの最後の願いをシトロンは確りと聞いた。一つ一つの言葉を聞き逃さないよう、耳に全神経を集中させた。


 ラフレーズが家出した理由など、置き手紙を読まなくても理解している。

 シトロンに言われた通り、三週間前から毎日伯爵邸に押し掛けて来ているヒンメルを帰す為にメルローは部屋を出て行った。



「フレサ。ラフレーズは君に似て精霊が認識出来る子らしいんだ」



 フレサもまた、精霊を認識出来る極めて稀な人間の一人だった。と言っても、知っているのはシトロンとフレサの兄である隣国の王と先代国王夫妻だけ。姿が見えなくても精霊と共に生き続ける国なので特別待遇などはない。

 メリー君が精霊とは書かれていなかったが、昔ラフレーズが「この子はメリー君」と嬉しそうにシトロンに絵を見せてくれた。真っ白な羊の絵だった。精霊なのと話す愛娘の髪を優しく撫でた。

 多忙で屋敷を空けることの多いシトロンの代わりに、見えないメリー君がいつもラフレーズを守ってくれていた。

 婚約者に冷たくされ、挙げ句別の令嬢と仲睦まじい姿を見せ付けられた当時のラフレーズの泣いていた姿を思い出すと腸が煮え繰り返る。ぎゅっと拳を握ったシトロンは天井を仰ぎ見た。



「やはり、もっと前に婚約を解消しておくべきだった。国を守る者としては間違ってはいないが本気になるとはな」



 深い、後悔の溜め息を吐いたシトロンは部屋を後にした。




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