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晴れの内情は

 

 泣いて、泣いて、沢山泣いて――。



「もう大丈夫よ」



 鏡の中の少女は、目元を赤く腫らし見ていて痛々しいのに、世界中の誰よりも晴れ晴れとした表情をしていた。無理をしている節もなく、長年胸に抱いていた気持ちを奥深く仕舞うのではなく自分の一部とした。

 昨日目にしたヒンメルとメーラの逢瀬の様子。父や精霊達の後押しを受けて初めて正面からヒンメルと向き合おうと決めたラフレーズだったが、直ぐ様目にした光景によって――深い悲しみと敗北を味わった。ラフレーズが姿を眩ませた所であの王太子が落ち込む等と有り得ない話だったのだ。

 モリーがその時見たヒンメルは恐らく、王家の忠臣でもあり隣国の王族の血を引くラフレーズとの婚約の先行きが暗くなった事で焦っていただけなのだろうと考える。しかし、仮にラフレーズが逃げ出さずそのまま結婚していたとしてもメーラとはどうしていたのだろうか。と考えるももう自分はあの二人とは無関係。これからは自分の事、家族の事を考えようと決めた。


 あの後、ずっと涙を流すラフレーズを案じシトロンは執事に部屋へ休ませる様に指示を出した。ラフレーズと一緒にいた精霊メリー君は付いて行こうとするもモリーと大きなアヒルに止められた。

 今はそっとしておこう、と。

 ラフレーズは様子を窺いながら部屋に入った――ラフレーズが一歳の頃から仕える侍女――ルーシィから温かいタオルを受け取った。顔を拭うとさっぱりとする。



「お嬢様、ご無事に戻られて良かったです」

「お父様やお兄様、屋敷にいる皆に迷惑を掛けてしまって本当にごめんなさい」

「いいえ。旦那様は、お嬢様が残した置き手紙を読んで精霊と一緒にいるのなら暫くの間そっとしておこうと仰有っていました。こうして、お嬢様が無事に戻られただけで良いのです」

「ルーシィ……」



 どんなに優しい人でも勝手にいなくなった娘にはきっと厳しい叱責を向ける。覚悟していたのに、誰もラフレーズを責めない。お帰り、と温かく迎え入れてくれた。


 有り難い様で罪悪感で一杯になる。



「ささ、旦那様やメルロー様が食堂でお待ちです。参りましょう」

「ええ」

「今朝の朝食は、料理長がお嬢様の為にお嬢様の好物を沢山作っていました」

「何だか申し訳ないわ」

「そう思うのなら、完食して、御馳走様と言うのがお嬢様の誠意です」

「ええ、そうね!」



 朝・昼・晩出される食事も、おやつ時に出されるスイーツも、民が丹精込めて育てた作物があってこそ作れる。体調不良時を除き、好き嫌いがあっても決して食べ残さない。それがベリーシュ伯爵家の家訓である。


 ラフレーズを食堂へと案内したルーシィは朝食を持って来る為に一旦食堂を出た。厨房へ向かいながら、あの晴れ晴れとした表情の裏側にあるラフレーズの心情を想像し悲しくなった。

 ラフレーズ本人はヒンメルから嫌われていると思うのに周囲からはお似合いの婚約者として思われていた理由。


 ラフレーズがヒンメルの好みや仕草の一つ一つを知ろうとずっと見つめ続けていたのと同様にヒンメルもラフレーズをずっと見ていた。ラフレーズにバレそうになるとサッと顔を逸らしていたが……。ラフレーズの私室のクローゼットに仕舞われているヒンメルからのプレゼントは、全部ラフレーズの好みを知っているヒンメルが選別した物ばかり。……中身すら見られていない新品もあれば、一度表に出して後は奥に仕舞われているプレゼントが殆ど。


 一度ルーシィはこう提案していた。



『王太子殿下から頂いた首飾りを付けてみては如何でしょう? きっと殿下もお喜びになるかと』

『ありがとうルーシィ。でもそれはないわ。他人にプレゼントを用意してもらっている殿下が何を私に送ったかなんて覚えてる筈ないもの』

『何故そう思うのですか?』

『ずっと見てきたもの。それくらい分かるわ。……嫌いな婚約者でも、誕生日にはプレゼントを用意しないとならない。殿下は私の誕生日が近付くと普段以上に睨んでくるの。きっと、プレゼントを渡すのが嫌なのよ。例え他人が用意した物だとしても』

『……』



 それ以上ルーシィは何も言えなかった。また、それ以来ヒンメルからの贈り物の装飾品を身に付けようと提案する事もしなかった。ヒンメルのラフレーズを見つめる空色には、触れてしまえば火傷をしそうな程多量の熱が含まれていたのに。



「こういうのは何と言うのかしら……」



 適切な表現がない。が、確実に言えるのは一つ。

 あの王太子は拗らせ過ぎだ――と。






読んで頂きありがとうございます。

もう少しで終わる予定です(*´∀`)


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