籠の鳥も羽根がある~とある従兄妹の思い違い~
バッドエンド物は書けなかったんや……。
月明かりが、全身を照らす。
膝を抱えるようにベッドの上に座ると、手足の戒めが、鈍く光った。
国の技術の粋が詰まった、対魔法使い用の特別な戒め。
つけた人物の感情が籠ったような、硬い輝きを放っている。
「お兄様……」
口にして、自分がその相手を憎み切れてないことを感じた。
突然、そう突然に私をさらい、ここに閉じ込めた張本人の、従兄。
国の規模としては小国で、魔法を使った道具類の優位性で立ちまわっている我が国。
次期王位継承者たるはずの、従兄。
「部屋から離れようとするほど、重くなる術式なんて、手間のかかったことを……」
ずっと縛り付けられ、乙女の尊厳が奪われるよりはマシ……なのだろうか。
窓の外、そして廊下にはこんな夜なのに動く影。
それが、作られた命であるゴーレムだということは、最初に説明された。
(ここまでして、私を閉じ込めておく理由は……何?)
兄のように慕っていた従兄は、何も答えてはくれなかった。
唯一、きっかけになりそうなことと言えば、自分の服装だ。
着替えも、寝間着も、どこの恋する少女だと言わんばかりのデザイン。
そして、動くことはできるということは短期間で終わる予定もないのだろう。
正直、理由がわからない。
私は王位継承を主張する気はないし、従兄の方が優秀だ。
「考えても仕方ないか。それにしても、似合わないと散々言っていたのに……嫌味なのかしら」
好みでないからと、下着だけで過ごすこともできず、着るしかない。
気候が違いすぎるということもないようだし、そう離れた土地でもないらしい。
「探検ごっこは終わりかな」
「出迎えの1つでも、するべきでしたか?」
突然、本当に突然の声。
声の主に振り返ると、ようやく気配が感じられた。
「……いや、必要ないことはしなくていい。ここに、ただいればいい」
靴音を立て、月明かりの下に来てようやく、相手……従兄が見覚えのある黒衣であることに気が付いた。
いつもしているような、鎧姿ではないことが意外だった。ただ、その姿は……。
「どういうおつもりです?」
「いう必要があるかな? 君は囚われの姫、そして私が悪い魔法使い、というところだ」
月明りに照らされ、自虐的な笑みを浮かべる姿は、確かに騎士というよりは、魔法使い。
それも、おとぎ話にあるような悪い、魔女。
私はふと、自身のあだ名が黎明の魔女、だったことを思い出した。
夜明けに照らされる、発展を予兆させる魔女としてのあだ名。
前から、似ていないのは性別だけ、と言われていた。
実際にこうして、服装も髪さえも同じなら、まるで私そのもの。
だからといって、これでは……。
「大丈夫だ。次の満月には終わる。国のために犠牲になる必要など……いや、忘れろ」
「お兄様!」
一瞬、私と同じように見えた顔に、何かの影を見た気がした。
声に従兄は振り返ることなく、立ち去ってしまった。
周囲でゴーレムが動き回り、独特の音がする。
恐らく、従兄が出入りするための場所を動かしているのだろう。
さっきは、魔法か何かで音を消していた……そこまでするか?
「犠牲、か……」
なんとなく、話しが見えてきたような気がする。
かといって、ここまでする必要があることかどうか、微妙なところだ。
今日のところは仕方ない、と眠ることにした。
それからしばらくは、本当に変化がなかった。
部屋というか屋敷に軟禁状態というのも変わらず、日々を過ごしている。
食事は料理と言えるものは出てこないけど、自分でする分にはゴーレムは邪魔してこない。
気が付けば、まるで使用人のように掃除やらなんやらをするようになっていた。
「このまま、迎えが来るまで放置なのかしら……」
聞く相手のいない独り言。
返事もないし、そこだけは苦情を言いたい、そんな気分。
庭木の世話でもしようか、そう思った時だ。
「揺れた……?」
地揺れ、最初はそう思った。
けれども、なんだか胸騒ぎがしてそうではないと私のどこかが叫んでいた。
「外、は無理だから……よし」
戒めと、何かの魔法で外に出ようとするとすごく重い。
でも、庭を歩く分には問題ない。
そこで近くにいたゴーレムに飛びつくと、その頭に登った。
そして、建物の屋根に飛び移ったのだ。
「探検ごっこ、その通りね。さて……!?」
あるいは、従兄はこれを見越していたのかもしれない。
私が意外と、活動的で狩りにも行くぐらいのことは、知っているはず。
私が自分の意志で、見ようとするのならば止めない、だけどそうなったら……。
「あれは……砦……戦争?」
遠くの森が、赤く染まっていた。
周囲の地形からすると、間違いない。
最近、噂を聞く仲の良いとは言えない隣国との境。
そこにある砦、さらに国境側の森が燃えている。
よりにもよって、こんな場所に隠れ家が?
もしかしたら見せるつもりだった?
「お兄様……」
今度のつぶやきは、かすれたものだと自分でもわかる。
視線の先で、砦にも匹敵しようかという巨大な火の鳥が出現したのだ。
上位精霊を召喚する、禁呪にも等しい魔法だとすぐにわかった。
「国内で使えるのは私だけ……」
その、はずだった。
私はここにいる、ではあれを放ったのは……誰だ?
結局、あれが決め手となったのかすぐに戦火は収まった。
「私に戦場を見せないため? 殺させないため?」
部屋に戻り、ぐるぐると思考を巡らせるけどどうもはっきりしない。
私が戦場に出ることは、今さらだからだ。
答えは出ず、それから戦いが見えることもなかった。
ゆっくりと、確実に時間は過ぎていく。
「ねえ、お兄様はどこかしらね?」
もうすぐ、また満月が見える。
でも、従兄は来る気配がない。
何も言わないゴーレムに問いかけても、やはり何も返事はない。
「……よし」
ずっとただ過ごしていたわけではない。
私も、あだ名を持つほどの魔法使いだ。
こうして戒めの流れを変えるぐらい……。
「まずはどこに行こうかしら……」
ゴーレムの1体に、犠牲になってもらった。
金属としての戒め自体は解除できないけど、体が重くなるのは回避できている。
これなら移動は出来る……けれども。
恐らく、従兄が行き来したためだろう道らしきものを進む。
一度出てしまえば、あの従兄もあきらめてくれるだろう。
「小さい頃を、思い出すなあ……」
まだ王様だ王女だなんて考えていなかった頃。
無邪気に遊べた頃が、もう遠い昔だ。
そんなことを考えていたからだろうか?
殺気めいた気配に、体が固まってしまう。
「おやおや……当たりですねえ」
「アナタは……」
見覚えのある、相手。
そうだ、一気に隣国の王都をつぶすことはできないかと強く言っていた……!
「どうして、ここが?」
「難しい話ではありませんよぉ。命令を出したきり、王子は出てこず、貴女だけ戦っている。そうなれば、ええ」
従妹殿の、意外なところが抜けているのは今も変わらないらしい。
苦笑を浮かべているうちに、供だろう兵士がやってきた。
「こうなれば話は早い。協力していただきますよ?」
「だが断る」
私が答えを口にするよりも、その声の方が早かった。
瞬間、私を力の膜が覆う。
魔法使いが、周囲に被害を出さないために使う防壁の……!
悲鳴と、爆炎。
思わず、目を閉じるけどそれでもじわりと、肌が熱くなった。
「大変だな、国内に不穏分子がいたから国の重鎮が襲われてしまった」
「白々しいセリフですこと」
木陰から姿を現したのは、もちろん従兄。
何かを言うより早く、手を掴まれた。
そのまま、抱きかかえられるようにして連れ戻される。
「頼む。頼みがダメなら、お願いだ。屋敷にいてくれ」
「理由を、言ってください」
長い沈黙。
それが破られたのは、日が暮れようとしているときだった。
語られたのは、私の力を利用した無謀とも言える戦争の話だった。
私の力は、思ってる以上に強力な物らしい。
そして、それは神と称される存在の加護による物だという。
「加護を強めれば、その分力も増す。だが、それは人間としての枠を取り払うということだ。そうなれば、最後には人でいられないどころか、命すら」
「だから、ですか」
王族とはいえ、1人の犠牲で周囲の脅威が取り払える。
それ自体は、選択しうるものだったのだと思う。
「先に終わらせる。それまで待っていろ」
結局、従兄は私を解放することもなく、そばにいることもなく。
新たに戒めをかけなおし、出て行ってしまった。
今度は、難しそうだ。
それからまた時が過ぎる。
何度か砦の方面で戦いはあったようだけれども、それも静かになる。
敵対しそうな国は3つ。
1つがこれで終わったとして……。
「だからって、会いに来ないのもひどいと思わないかしら?」
今日も、物言わぬゴーレムに話しかける。
このゴーレムは従兄が作った物だろう。
だから、どことなく従兄の気配がする。
「それに、聞きたいこともあるし……だから、いいわよね?」
聞く相手にとっては謎だろう宣言。
それを聞く人がいなければ、これからやることを見る人もいない。
全部、自分でやろうとする従兄が悪いのだ。
「隠し事、全部喋っていただかないと、ね」
そう、私の真似をしている理由がはっきりしないままだ。
研究を重ねて、戒めは無力化。
後はただ、戦場へ駆け抜けるのみだ。
「ここをこうしてっと……」
制御を書き換えたゴーレムの肩にのれば、勇ましく走り出した。
それがなんだかおかしくて、笑ってしまう。
向かった先で、何がわかって、何が起こるのか。
後悔するのか、しないのか。
何もかもわからないけれど、未来には自分の選択が必要なのだから。
「後悔させて差し上げますわよ、お兄様!」
敢えて余所行きの言葉で叫んだ声は、遠く遠く、響き渡った。
連載のプロローグみたいになったのは内緒である