5 逆さ虹のふもと街
キツネはヒイコラ言いながら、やっと街に辿り着きました。ここは逆さ虹のふもと街。逆さ虹の森を出た人間たちが暮らしています。
「大失敗。人間に化けてから森を出るんじゃなく、街の手前で人間に化ければ良かったよ。もう人間て不自由。足の遅い事遅い事」
青年に化けているキツネは、きょろきょろと街を見渡しました。もうすぐクリスマスなので、街の中はクリスマスの飾り付けがされています。
「綺麗だなぁ。アライグマさんは何が好きかな?」
キツネはアライグマが喜ぶ物をプレゼントしたいと考えていました。暴れん坊のアライグマは森の動物たちには好かれていませんが、キツネは仲良くなりたいとずっと思っていたんです。アライグマが暴れるのには理由があると思っていたからでした。
「アライグマさんはきっと口下手なんだよ。自分の思っている事を上手く言葉に出来ないから、すぐイライラしちゃうんだ。だからきっと時間をかけて付き合えば分かりあえるはず!」
きょろきょろしながら、街の中心部までやって来ました。大きな大きなツリーが立っています。青い飾り玉が沢山付いていて、天辺には銀の星飾りが光っていました。
「わー綺麗! なんか荘厳な雰囲気」
見上げたツリーにキツネが見惚れていると、お爺さんに話しかけられました。
「見慣れない人だね。旅のお方かな?」
「あ、いえ。……はい!素敵なツリーですね!」
キツネはうっかり旅の途中ではないと言いそうになり、慌ててしまいました。危ない危ない。逆さ虹の森から来たなんて答えてしまったら、正体がバレてしまいます。
「儂等は昔はここから歩いて半日ほどかかる、逆さ虹の森という所に住んでいたのさ。だが、あまりにも街から遠くて不便でね、森を出たのさね」
「そうだったんですねー」
知ってるとも言えず、知らない体でキツネはお爺さんに相槌をうちます。
「その森にはドングリ池という水が澄んだそりゃあ綺麗な池があってな。ドングリを投げ込んで願い事をすると叶うという言い伝えがあったんだが……、ツリーの青い飾り玉はその池の水の色を表しているのさ」
「へえー」
「だから、お前さんもここで願い事をして行くといいよ。まあ、街のもんで実際にツリーに願い事をするのは、サンタにプレゼントを貰いたい子供らだけだが」
ニヤリとすると、キツネの肩をポンポンと叩いて、お爺さんは去って行きました。
「ん? ツリーに願い事するのは子供だけ? だのに勧められた? 一応大人なんだけど。なんかキツネにつままれた気分。キツネなのに……」
まあいいやと、キツネはツリーに手を合わせて願い事をしました。子供だけしかツリーに願い事しないとしても、願っておけばご利益があるかもしれません。それにキツネは人間じゃないので、子供の中に大人が一人混じっていても全く恥ずかしくないのでした。
街ではクリスマスマーケットが開かれていました。クリスマス飾りやツリー、プレゼントに良いな品々、ご馳走なんかも売っています。
「目移りしちゃう。でもあれもこれも買える訳じゃないから、一つに絞らないと!」
キツネが買いたいのは、クリスマス飾りでした。アライグマが内緒にしているくらいなんだから、アライグマのツリーはきっととても大きくて立派なんでしょう。人間の広場にあったツリーよりも大きいかもしれません。
「でも青い飾り玉はなんか違うんだよなー。ドングリ池は近くにあるしね。でもあの天辺のお星様は良かったよなあ。けど、銀も違う。お空の星みたいな金色の方がアライグマさんは好きだと思うんだよ」
ですが、マーケットを隅から隅まで探しても金の星飾りはありません。飾り玉は青以外も売っているのですが、天辺の星飾りは銀の物しかないのでした。
「ないなー。おや?」
父親に肩車された小さな子供が金の星がついた紙の帽子を被っています。
「立派なお星様だなあ」
キツネが見惚れていると、子供が話しかけて来ました。
「お兄ちゃん、僕の星、気に入った?」
「うん! 素敵だね!」
手作りなのでしょうか? 若干歪んではいるのですが、キツネが思う星飾りに大きさも形もぴったりなのです。でもまさか小さい子が被っている帽子を売ってくれなんて言う訳にもいきません。これは諦めて銀の星飾りを買って帰るしかないのかなあと、キツネはため息をつきました。
「どうしたの? クリスマスにため息なんて良くないよ!」
子供が心配そうにキツネの顔を除き込みます。
「坊や、大人には色んな事があるのさ」
父親が窘めると子供は、でも!と口を尖らせました。
「母さんが、ため息をついたら幸せが逃げるって言ってたもん。僕んちね、今度妹が出来るんだよ! 今ね、母さんは病院なの。父さんとツリーに願い事しに来たんだ! お兄ちゃんもツリーに願い事したらいいよ!」
「うん。もうして来たんだけどね……」
「なのに叶わないの?」
子供の顔が悲しそうに歪みます。大変! こんな小さな子供を悲しませる訳にはいきません。なんと言って誤魔化そうとキツネは頭を悩ませました。
「僕が助けてあげる事は出来ないかなぁ? 僕ね、今度お兄ちゃんになるんだ! だから困っている人を助けてあげる事も出来るよ!」
意気込む息子に父親は笑っています。
「あんちゃん、息子に出来る事か分からないが、話してやって貰えないか? 妹が出来るってんで、張り切ってるんだよ。こいつ」
「あー。うーん」
キツネは子供の帽子を見上げて、考え考え答えました。
「君が被っている、その素敵な帽子についてるみたいな、星飾りを探しているんだ。僕の友達にどうしてもあげたくてね」
「見つからなかったの?」
「うん。この街には銀の星しか売ってなくてね。僕が欲しかったのは、君の帽子みたいな金の星なんだ」
キツネの言葉に親子は顔を見合わせました。
ああ、どうしよう。言葉を選んだのに、まるで子供の帽子をねだるみたいな言い方になってしまいました。嫌だなあ。アライグマさんの事、言えないや。自分も口下手だった、とキツネは情け無くなりました。
「なら、これあげる!」
はい!と子供が自分の頭から帽子を脱いで、キツネに差し出します。
「でも……、君のだろ?」
キツネが躊躇っていると、父親が急かして来ました。
「おい! 早く受け取ってやってくれ! 坊やが俺の頭から手を離しているのが危なくてたまらん! あんちゃんが受け取ってくれないとこいつはグラグラして落っこちちまう!」
両足とも父親がしっかり掴んでいるので、子供が手を離した所でとても落ちそうにありませんが、そう言われると受け取らない訳にはいきません。キツネは子供の手からありがたく帽子を受け取りました。
「幾らだい?」
「お金いらないよ!」
「子供が作った物に金を払うなんてとんでもない!」
親子が笑って言い返します。
「でも……」
キツネが困って眉を寄せると、子供が得意そうに話し出しました。
「それねー、僕が学校で作ったの。でもね、みんなには『金の星なんておかしい』って言われたんだ」
「この街のツリー飾りは銀の星だからなあ」
「でも! お空の星は金色だよー」
「うちの子は変な所で頑固なんだ。誰に似たんだか」
「僕、頑固じゃないやい」
親子は楽しげに言い合っています。その暖かな雰囲気にキツネは嬉しくなって、この帽子にお金を払うのは違うなと思い直しました。第一偽物のお金です。時間が経ったら
葉っぱに戻ってしまいます。それでも何か返せる物はないかと服のあちこちを探っていたら、ポケットからドングリが数個出てきました。ドングリ池で願い事をした時の残りでした。
「じゃあ、これで払うのはどうかな?」
キツネの差し出したドングリに子供は目を輝かせました。
「ドングリ! ドングリ池に願い事をする時にはドングリを投げ込むんだよね? 僕がお兄ちゃんの願い事を叶えたからドングリを貰えるんだ?! すごいや、僕がドングリ池みたいだぁ」
嬉しそうに足をバタバタさせています。
「こらこら、ほんとに落ちるぞ」
父親は笑って、すまないなとキツネにウィンクして来ました。
「いやいや。こちらこそ! 坊や、素敵な帽子をありがとう! きっと友達も喜ぶよ」
「どういたしまして!」
子供はバイバイと手を振り、親子はニコニコしながらキツネと別れ、街の中心部へと去って行きました。
「いやあ。いい贈り物が用意出来たぞ。人間って良い人が沢山いるんだなあ」
キツネは幸せな気持ちで、金の星がついた帽子を大事に抱え、逆さ虹の森へと帰る事にしました。