1 根っこ広場
根っこ広場には今日も沢山の動物たちが集まっています。
ここは逆さ虹の森。昔は動物だけでなく人間もここで暮らしていました。
しかし森の暮らしは人間にとっては色々と不便でした。森にはお店がないので買い物をしたい時は街まで行かねばなりません。ですが街は遠くて行き帰りが大変でした。人が一人やっと通れるくらいの細い道しかないので、歩いて行くしかないのです。
朝、陽が昇ると同時に家を出ると、お昼頃に街に着きます。お昼に着いたからと言ってゆっくり御飯を食べている時間はありません。暗くなる前に森へ帰る為には、またすぐに街を出ないといけないのです。駆け足で買い物をして、慌てて街を出ます。急いだせいで一番欲しかった物を買い忘れる事なんてしょっ中でした。
だから病気になると大変です。森にはお医者さんがいなかったのでいちいち街まで呼びに行かないといけません。森が遠いのを知っているので、頼んでも来てくれないお医者さんもいました。そのせいで本来なら治る病気だったのに、亡くなってしまう人もいたんです。
それで人間は次第に、暮らしやすい街へと移り住むようになりました。今ではこの森に足を踏み入れる人間は誰一人としていません。動物だけが、人間から忘れられたこの森で幸せに暮らしています。
「クリスマス〜♪ もうすぐ楽しいクリスマス〜♪」
歌上手のコマドリが木の枝に止まり、さえずっていました。
「クリスマスっておいしい?」
食いしん坊のヘビはコマドリの歌を聴いて長い舌をのばします。クリスマスってどんな味だろうとワクワクし、だらだらとヨダレを垂らしています。
「ふん! クリスマスなんて、人間のお祭りだろ? 俺たち動物には関係ない! 浮かれやがって」
暴れん坊のアライグマは二匹を忌々しそうに睨みつけます。
コマドリは空が飛べるので、街まで何度も行った事がありました。人間の足で半日かかる街まで、コマドリの翼ならひとっ飛びです。よく街の話を森の動物たちに聞かせています。
ヘビは食いしん坊なので、街の珍しい食べ物について教えてくれるコマドリの話に興味深々ですが、アライグマには話をする時のコマドリが自慢げに見えて、気に入らないのです。
「まあまあ。アライグマさん! 楽しい事は人間も動物も関係ないよ〜」
お人好しのキツネは、またアライグマが暴れ出しそうだと優しく宥めましたが、歯を剥き出しにして威嚇されてしまいました。後ろ足で立ち上がり、両前足を上げてきます。今にも飛び掛かって来て、鋭い牙で噛み付かれそうです。
体の小さいコマドリとヘビは震えてしまいましたが、キツネの方はアライグマよりも少し大きいので平気です。それどころか威嚇してくるアライグマの様子が可愛く見えて、くすりと笑ってしまいました。だって二本足で立ち上がって、万歳してるようにしか見えないんですもの。
「シャー!」
「可愛い」
「⁉︎」
目を細めるキツネにアライグマは、拍子抜けして、ふんと鼻を鳴らすと広場から出て行ってしまいました。
「あ〜あ。行っちゃった。あんな奴に優しくしたって意味ないのに」
「そうだよ。放っておきなよ」
コマドリとヘビはこれ幸いとアライグマの悪口を言い出します。
「こんにちは〜」
そこへ丁度いたずら好きのリスがやって来ました。挨拶しましたが、コマドリとヘビを窘めているキツネは気がつきません。
「ダメだよ。そんなこと言っちゃ」
「だって、すぐ暴れるんだもん」
「あいつ、嫌い」
何があったんだろうとリスはキョロキョロして、広場から出て行くアライグマの背中に気付きました。そして言い争っている三匹を見てニヤニヤし始めました。
あれれ? リス君悪い顔してますね。何か新しいいたずらを思いついたみたいです。
でもね、ここは根っこ広場です。実はここで嘘をつくと根っこに捕まっちゃうんですよ。怖いですよね。いたずらには嘘はつきもの。だからリスは何も言わずに、アライグマの後を追いかけて行きました。
「みんな楽しそうだなあ。いいなあ」
怖がりのクマが木のかげからそっと広場の様子をうかがっていました。
仲間に入りたいんだけど、「入れて」って言う勇気がないんです。森で一番大きな体をしているのに、誰よりも怖がりなんです。自分以外の動物たちが怖くて仕方ありません。
だから今も木のかげに隠れています。ですが体が大きいので、ほとんどはみ出しています。隠れている意味ありません。みんな、クマがいる事は知っています。コマドリとヘビは気にもしてませんが、お人好しのキツネはチラチラとクマの方を気にしていました。
「こっちに来ればいいのに」
楽しそうって、本当はそうでもないんですけどね。だって、アライグマがイライラして、コマドリとヘビが悪口を言って、キツネに注意されてたんです。それにリスは何か悪さをしそうです。
でも端から見ているクマにはそんな事は分かりません。ただただ、羨ましいなあ、仲間に入りたいなあって、木のかげからみんなの様子を眺めていました。