九話 シグルス・グリフダート
「さぁ立てるかい? 怖かっただろう? だが心配いらない。
このシグルス・グリ「あー! わかったわかった! だから早くアレどうにかしてくれ!」
いかにもな雰囲気を醸し出して決めまくってくるシグルズの言葉を遮り、軽くイラつきながらも遠くでゆっくりと起き上がる怪物を指差して言うカケル。
「そう焦らなくてもいい。
あの程度のモノ、片手間で片付けられるさ」
そう言って怪物の方を向くと、腰に差した剣を抜いて自然体で待ち構える。
余りに余裕なその態度に怪物も腹を立てたのか、思い切りスピードを出して駆けて来る。
(はっっっっや!!!?)
先程までのトロ臭そうな動きとは見違えるそのスピードに、俺は遊ばれていたのか、とゾッとする。
初めからこのように動かれていたら、数秒も持たずにカケルは吹き飛ばされていただろう。
だがシグルスはそれを見ても、
「ふむ、短気なものだね。
余裕の無い男に魅力は無いよ? 最も、君が男なのか定かではないが」
余裕を崩さず、構える事すらしない。
そこへ思い切り怪物の蹴りが襲い掛かる。
しかしその蹴りはシグルスに当たる寸前に細切れにされて周囲に転がる。
血がシグルスに降りかかるが、それが一切その身を汚す事無く、まるで何かに守られているように避けて地に落ちた。
そして足を一本失いバランスを崩した怪物におもむろに手をかざすと、手のひらの周辺の空気が揺らいで、その揺らぎは怪物へと勢い良く向かっていく。
揺らぎがぶつかると、空中へ怪物のその巨体を勢いよく吹き飛ばす。
シグルスは宙に浮いた怪物に剣を向け、
「さらば」
縦に一閃する。
勢いよく振り下ろされた剣から斬撃が飛んで行き、怪物は為す術なく空中で左右真っ二つに両断された。
「まじか……」
異次元。
その一言に尽きた。
シグルスはその場から一歩も動かずに怪物を倒してしまったのだ。
余りに一方的なその戦いに、カケルは先程まで逃げ回ってた自分と比較して途方もない種族的な差を感じた。
「さて、他もそろそろ片付いた頃合いかな」
その言葉とほぼ同時に、空に照明弾――のような魔法だろう――が打ちあがった。
そこで初めて気付いた。
「もう夜、明けてたんだな……」
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「カケルのバカッ! 無茶しすぎだよっ!!」
目の端に涙を滲ませたサラスが詰め寄ってくる。
今はシグルスに連れられて、簡易テントのような場所で治療を受けている。
そこに居たサラスと無事合流したという事なのだが、彼女も肩から血を流してかなりの怪我を負ったはずなのにかなり元気そうに見える。
カケルの状態はと言うと、全身に内出血の跡や切り傷があったものの骨などには異常がなかったようで、簡単な治療だけ済まして安静にしていれば問題ないとの事だった。
「サラス嬢、貴方も怪我人です。
落ち着いて下さい」
騒ぐサラスの様子を見てシグルスがまぁまぁとたしなめる。
しかし顔を申し訳なさげにしかめると、
「だが貴方の怪我も彼の怪我も、僕がもう少し早く駆けつけていられれば未然に防げた。
本当に申し訳ない」
と言って軽く頭を下げる。
先程までの気取った雰囲気はそこには感じられず、素直に頭を下げられてカケルはやや戸惑う。
「シ、シグルス様! 私達にそんな事しなくても大丈夫ですよ!
ほら! 結果的に私達は救われましたし!」
サラスもワタワタとしながら声をかける。
騎士としては異例とも呼べる行動なのだろう、周りも少しざわざわしている。
カケルとしてもこの空気は居心地が悪く感じたので、
「そうだよ、俺達はアンタに助けられた。
だからありがとう。これで何も問題は無いだろ?」
「……すまない。そう言ってもらえて助かる。
しかし我々を頼りにして来てくれたというのに肝心の騎士団が居らず、そしてその場で市民に怪我を負わせたとあっては僕としても、なにより騎士として情けないのだ…」
プライド、ってやつか。とカケルは思った。
これに関してはこちらの問題ではなく、シグルスがどう感じどう処理するかだ。
未だ申し訳そうな面持ちのシグルスを見てそう考える。
とそこに別の若い男の声がかかった。
「簡単に騎士が頭を下げてんじゃねぇよ。
碌な戦闘能力も持ち合わせていねぇ奴が無謀な行動をしたんだ。
そいつがポックリ行こうがこっちの知ったこっちゃ無いだろ」
全く知らない顔に罵倒されポカンとするカケル。
その声の主はやや茶色い髪色の鋭い目つきをした青年だった。
背丈はカケルよりやや小さいように見えるも、団服越しでもよく鍛えられてると見える体から大きなオーラを感じさせる。
シグルスは顔をそちらに向けると、
「ハイト、口を慎め。
彼は皆を守るため戦った勇敢な戦士だ」
「お前が行かなきゃ状況は何も変わらなかっただろ?
運で生き残った奴が戦士とは思えないね」
中々辛辣な言葉を吐いてくれる。
シグルスは立ち上がってハイトを見据え、
「口を慎めと言った。
聞こえないか?」
威圧するように言葉を出す。
ピリピリした雰囲気に静まり返る周囲。これの原因は自分かなと申し訳なさを感じてカケルはシグルスに声をかけた。
「いいよシグルス。
全部事実だしさ、そっちの人も迷惑かけてすまんかった」
頭を掻きながら苦笑して言うカケル。
二人がこちらに注目するが、特に意外だと言う反応したのはハイトの方だった。
厳しい表情を崩して目を丸くしてこちらを見て、そのままの表情で
「へぇ、ただのバカじゃなかったか」
と言ってシグルスに向き直り、
「騎士団全員王城に集合。
団長からの指示だ、早急にだとよ」
「そう言うことは初めに言え……」
用件だけ伝えサッサと行ってしまうハイトに、溜息を吐きながらシグルスが言う。
「どうやら振り回されてるみたいだな」
「恥ずかしい事にね」
苦笑したまま言ってくるカケルに、同じく困った様子で返す。
すっかり調子を崩されたシグルスだったが、一息ついて立て直すと、
「同僚がすまなかった」
と再び頭を下げてくる。
「いいっていいって、事実だと思ってるしさ。
それにシグルス、お前結構偉いんだろ? だったらあいつの言う通りもっとシャキッとした方がいいぜ」
いくら知らない相手とは言え、サラスの反応やハイトの言葉からも読み取れた。
一般人が頭を下げられて動揺し、同僚から簡単に頭を下げるなと言われる。
もちろん騎士とやらが全体的にそう言う存在なのかもしれないが、こいつは何処か雰囲気が違う、とカケルは感じ取っていた。
認識されているのだ、その存在を。
サラスが街中に知り合いがいるように、シグルスもまた街中の人間から認識されているのだろう。
しかしその対象を見る目は全く違う。
一種の敬愛とも呼べるそれは、唯の人間に対するそれではない気がしていたのだ。
「フッ、そうだね。
僕は皆を導く者でなくてはね!」
「そこまで急に戻られるとウザさ増し増しだな」
胸に手を当て、演説をするかのように言うシグルス。
その急転した様子に呆れるが、先程までの重苦しい空気が無くなってカケルもホッとした。
「さて、僕も急がなきゃいけなさそうだ。
もう行くが、もし体調に何か異変があればすぐに騎士団まで伝えてくれ」
それじゃあとシグルスも去って行く。
サラスは慌てて立ち上がりペコっと頭を下げて見送る。
その後ろ姿を見ながらカケルはサラスに彼について聞いてみる。
「なぁサラス、あいつは実際の所どんだけ偉いんだ?」
「ははは……そうやって聞いてくる人はほんとに珍しいよ。
――シグルス様はね……」
と一呼吸置き、彼女もまたシグルスの背中を見ながら、
「この国の最高戦力の、ウィンフルール国国王直属守衛騎士団の国王守衛隊長で、たった一人で戦争を終わりに導けるとも言われている。
彼無くしてこの国の運営は成り立たない程の存在だよ」
「ごちゃごちゃしてっけど、要は凄い偉いって事か」
「ま、そう言う事だね」
あれ?さては俺相当馴れ馴れしく無かった? と今更ながら思い返すが、本当に今更なので完全に開き直る。
代わりに考えていたのは、
(ああいうキャラってやっぱフッっとか言うんだな)
などと言う腑抜けた感想であった。