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七話 死にたくないから

連&投ですわ

結構なシリアス展開かと

 

(本当に日本とは違うな……)


 噴水のある広場でそう考えた。


 今カケルは街の人と一緒に中心部へと逃げてきて、衛兵だろう人達に守られながら過ごしている。

 サラス達は違う所に居るのだろう、ここには姿が見えない。

 体感では1時間程経っただろうか。

 周りの人達は遠くから聞こえる鳴りやまない戦闘音に怯え続け、そのせいも相まって疲れた表情をしている。

 それに対しカケル自身は、故郷の環境とはかけ離れ、余りに現実感が無いのが幸いしているのかそれほど疲労してはいなかった。


「まだ魔物は倒しきれないのか……?」

「街の中にまで入ってこないよな……」

「大丈夫だ、俺らは何も危険はない……」

「お母さん、お父さんは??」

「ちょっとお出かけしてるのよ……」

「クソッ、いつまでこんな……」


 広場ではそれぞれがその心情を吐露している。

 それはネガティブ思考なものが多い為か、悪い空気が辺りを覆っているようにも思える。


 ――しかし魔物が存在する世界で過ごしている人達がここまで怯えるものなのか?


 カケルは周りを見渡して思った。

 魔物の襲撃に伴うあの鐘の音は、恐らく警報のような役割をしているのであろう。

 その音が鳴ってからの民間人の行動は迅速なもので、戦闘能力のある人達もカケルが外へ出た時には装備を整え終わっていた。

 つまり魔物の出現自体はそこまで珍しくはない。


 そこまで考えた時に、ノイの発言を思い出した。

『……それもちょっと多めのな』


(多分、ちょっとなんてものじゃないんだろうな)


 紛うこと無き異常事態なのだ、これは。

 俺の感覚ではない、この世界の感覚での異常事態なのだ。

 カケルはそう気付いた。








 ――瞬間。

 遠くとは言い難い、目視で確認できる範囲の民家が崩れ落ちた。

 経年劣化などではない。

 明らかに何かの力が加わって崩れ落ちたのだ。


 何か居るのか

 広場が恐ろしいくらいに静まり返る。

 噴水の音が騒がしく聞こえる程、自分の心臓の音が響き渡ってしまうのではないのかと考えてしまう程の静寂が訪れた。

 誰も騒ぎ立てない、誰も泣き叫ばない。

 そうする事が出来るのはきっと状況が理解できている者だけだからだろう。

 それ程、今広場に居る誰もが崩壊した民家の方角を呆けたように見つめている。


 広場に居る衛兵たちがほんの少し会話して、何人かが確認に向かう。

 カケルは心の中で様々な事を考えた。


 何事も無く終わってくれ、ただの偶然であってくれ、もし何か居てもきっと倒してくれるだろう、なんとかなる、なんとかならなかったら……


 ――どうする?


(逃げた方が……!)


 そこまで考えた時、





「うああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」





 叫び声が聞こえた。

 一瞬でヤバいと感じる、絞り出すような叫び声だ。



 衛兵たちが身構える。


「魔物だ!!」


 誰かが街道の先を指さして叫んだ。

 皆がそれに反応して一斉にその方角を見る。


 そこには確かに、イノシシのような生物が()()()()()()()()荒く息を吐いていた。


 ――血だ。

 それを理解した瞬間カケルは途方もない恐怖を抱いた。

 紛れもない死の恐怖だ。


 魔物が途轍もないスピードでこちらへ突進してくる。


「ヒッ……!」


 誰かから、或いは自分から出たかもわからない小さな悲鳴が聞こえた。




「ああああああ!!!」


 ガキッ!!


 鈍い音を立ててイノシシが止まる。

 衛兵が盾を使って受け止めたのだ。

 そして違う衛兵が側面に回り込み顔を切りつける。


 〈プギィィィィィィ!!!!!〉


 けたたましい悲鳴を上げながらも、魔物はその凶暴さを衰えさせず牙を振り回し続ける。

 何度か牙が体を掠め危ないと思う場面があったが、そこは戦闘経験からか二人でカバーし合って隙を作らない。

 素人目では気付けないが、その戦闘内容は魔物が市民に気がいかないような立ち回りも非常に上手く、衛兵といえども戦闘力の高さには目を見張るものがある。


 すると攻撃をいなされ、逆に食らい続けた魔物の動きが鈍る。

 そこを見逃さずに盾で牙を思い切り叩きよろめかせることに成功する。

 衛兵達は間髪入れずに攻撃を加え続け、いよいよトドメと言わんばかりに片方が大きく剣を振りかぶり深々と魔物に突き刺した。


 勢いよく剣を引き抜くと魔物は重く倒れこむ。


 おおぉ……と自然と周りから声が上がり、ホッと息をつくものや衛兵達に礼を言いに行く者も居た。

 広場の雰囲気も心なしか少し軽くなった。

 現段階で対処できると判断したからだろう、確認に行った別の衛兵を気にかけ悲しむ者も居るが、やはりそれもある程度の心に余裕が出てきたからだと思われる。


 しかしカケルはふと思った、


(呆気なさすぎないか……?)


 イノシシの魔物の牙を見れば、確認に行った衛兵がその餌食となったのは容易に想像できる。

 ここにいる衛兵と力量差がそこまであるとは考えにくい、にも関わらずこちらはこれと言った苦戦の様子もなく処理しきれた。

 ――何故だ?


 その答えは道の向こうを見た時にすぐ分かった。







 フゴ……フゴフゴ……







「嘘……だろ……」


 同じような魔物がもう一匹……どころではない。

 見た限りでも5匹は居ることが確認できた。

 そして周りの人達も同じように気付く。


「うわあああああああ!!!まだあんなに!!!」


「無理だ!逃げろおおおおお!!!!!!」


 そんな声が上がり広場に居た人々は一斉にあっちこっちへと逃げだす。

 それに反応してか、魔物も各々の標的を見定めて突進を開始した。


「くっそ……!」


 カケルも周りに注意しつつ逃走を開始する。


「ぐあああっ!!!」


 先程自分達を助けてくれた衛兵が牙の餌食となっていた。

 牙が人体を突き破り、その中身をぶちまけるグロテスクな光景に当然カケルが適応している訳がない。

 胃の中身が逆流してくる感覚を覚えた。

 だが死の恐怖に勝るものは無い。

 それを飲み込みまた走る。


 想像してしまう、自分があの牙に貫かれる姿を。

 足が震えてうまく走れなくなりそうだ。

 それでも止まれない。


 ひたすらに、ただひたすらに、死にたくないが為に走った。

 もはや後ろを振り返る余裕などなく、少しでも遠くへ遠くへと自分へ言い聞かせて足を動かす。

 走りすぎて足に力が入らなくなってくるが、力が抜けて逆に走りやすく感じてくる。

 しかし酸素が足りないのか視界には白く靄がかかり、思考はあやふやになってきた。

 どれだけ走ったのだろうか、もう足を止めてもいいのではないか。そんな考えばかり浮かんでくるが、カケルにはそれ以上にあのイノシシが――いや、死そのものが迫ってくるようなその感覚に支配されていた。



 だから、まだ走る。


 安心なんてしないのかもしれない。

 だけど、後でもう少し走っていればという後悔だけはしたくない。

 そう考えられているかも定かではないが、少なくとも体力が僅かでも残っている内は足を止めることは無いだろう。


 なので、まだ走った。







 ✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦



 ハァッ!……ハァッ!……ハァッ!……


 荒れてる、なんてものではない程の荒い息遣いで呼吸をする。

 どれほど走ったのだろうか、土地勘も無いカケルにとってはここが何処かも分からない。

 幸い広場に居た魔物からはひとまず逃れたようで、その安心感が深呼吸をして呼吸を整える余裕をカケルに与えていた。


「……クソッ……冗談じゃねぇぞこんなの……」


 思わず悪態も付きたくなるものだ。

 荒れる息もそのままに吐き捨てるように言う。


 すると遠くで何人かの話し声が聞こえる。

 縋るような思いで声の聞こえる方向へ行くと、


「皆! あと少しで騎士団の駐屯地に着くから! 頑張って!!」


 見覚えのある人影が見えた。


「サラス!」


「え? あ、カケル! 無事だったんだね! 良かった……」


 この二日間、最も多くの時間を過ごした存在との奇跡的な再開に表情が綻ぶ。

 後ろには子供も含め、数人の民間人が居る。どうやらサラスが筆頭となって移動しているようだ。

 カケルも状況を聞きながら共に移動を開始する。


「カケルはまだ街の地理もわからないだろうし、こんな状況だから大丈夫かなって……」


「案の定大丈夫ではなかったけど、ひとまず合流出来て運が良かったよ」


「そうだね。

 そうだ、カケルは商会の他の皆を見た?」


「いや、一緒に逃げた中には居なかった。

 ノイは戦いに出ちゃったし……」


 それを聞くとサラスがどこか納得したように頷く。


「そっか……ノイが……それ程の状況だったって事か」


 その言葉の真意がなんたるかはカケルには分からないが、護衛のような雑用とまで言ったノイが出張って行くような事は普通ではない。とその程度は理解できた。


「それで、サラスの方にも魔物が?」


「うん、初めは衛兵さんが押し返せてたんだけど……

 段々手に負えなくなってきて……」


 つまりカケルとほぼ同じ状況だった訳だ。


「参ったな……となると都内の戦力だけではもはや手に負えないって事か……?」


「いや、王都にはまだ騎士団が居る。

 戦力が割かれてるとは言ってもまだ中にも人は居るはずだし、闇雲に逃げ回るよりそっちに助けを求めた方が生存率はよっぽど高くなるはずだよ」


「なるほど、状況を好転させるにはそれしかないか……」


 サラスの説明に納得すると同時にカケルは少しだけ驚きを覚えた。

 普段は能天気な印象でしかなかった彼女が、この緊急事態の中で冷静な思考で判断し、他の人を先導する余裕まで見せている事に少なからずギャップを感じてしまう。


(伊達に商会の幹部をやってるだけの事はあるって訳か)


 サラス自身が基本的に頭の回転が速く、機転の利くタイプなのだろう。

 普段の態度も場合によっては交渉相手を油断させる材料にもなりうる。

 確かに有用な人材だ、とカケルはサラスの評価を大きく上方修正した。


 カケルがそう考えてる内も、サラスは周囲の警戒を怠らずにゆっくりと、ただ着実に進んでいく。

 この辺りも経験値の違いであろう。現在の状況下では、もっと早く進みたいもっと早く安全を確保したいという気持ちばかりが先行して、周りの警戒を怠って魔物と遭遇――なんてことも考えられる。


 見つからずに目的地にたどり着く。

 これ以上の最適解は無い。

 カケルも更に気を引き締め、素人ながら辺りを警戒しながら着いていった。



 ✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦




 皆で警戒しながら暫く進んで来た。

 すると前の方に重苦しい門が見えてくる。


「……見えた。あそこまで行けばきっと騎士様が居るはず……!」


 サラスがそう言って顔を綻ばせる。

 が、近付いていくと様子がおかしい事に気付く。


「――!門が……」


 騎士団駐屯地の門が、丁度カケル達の背丈ほどの高さで崩されている。

 上部が無事であるため遠目から見たら分からなかったが、やはり魔物の襲撃だろう。


「どうする?」


「……中の様子を見て決めよう」


 カケルの問いかけにわずかに考えて答えを出す。

 それに頷くと、門に空いた大きな穴から中の様子を伺う。


「やっぱりここにも魔物が……」


 中を見ると荒れた駐屯地の様子が目に入った。

 柵や外壁が、木製石製問わずボロボロになって転がっている。

 しかし暴れまわった痕跡はあれど、戦闘の痕跡が見当たらない。

 騎士や魔物の死体はおろか、血の一滴もそこには無いのだ。


「変だね……本当にただ憂さ晴らしをしただけにしか見えない」


「他の場所まで進むか?」


「いや、ここに死体が無いと言う事は周りをうろついてる可能性があるからね。

 あえてここで隠れた方がいいかもしれない」


 確かにここで暴れた形跡があるのに魔物自体の姿は無いので、この周りにまだうろついてると考えるのが妥当だろう。

 あえてその跡地で隠れるというのは大胆ではあるが、一度来た所に獲物を探す魔物がまたやって来る可能性は低いとも考えられる。


 サラスの経験から来る判断。

 こればっかりはカケルも感心するほかない。


 周りの人もその考えに賛成の意を示す。


「よし、ひとまずここで身を隠そう。

 また騎士様も戻ってくるかもしれないから」


 そうしてまたひと塊となって、駐屯地の岩壁の近くで腰を下ろす。

 この間にカケルは、


「なぁサラス、この魔物の襲撃の規模ってやっぱり相当なものなのか?」


 と聞いた。


「うん。正直ここまでのものは初めてだね……

 魔物自体は珍しくないけど、これは異常かな」


 やはりか、と推測が正しかったことを確認する。

 と同時に、


(展開がいきなりすぎるだろ……)


 異世界に来てから未体験の連続、それに加えて濃密な死の気配を堪能したカケルは肩を落とす。


 だが下ばかり向いていられない。

 普段ならとことん落ち込んでやるが、状況が状況だ。

 生き残るための手段をとにかく探す。


(とは言っても、休息も大事かな)


 そう考え、今は体力の回復に努めることにした。

 夜はまだ長い。

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