六話 緊急事態
「なんで最後まで隠しとかないんだよ!!!なに簡単に盗られてんだよ!!!」
「だってまんまと偽の財布盗ってったから!!!嬉しくなっちゃてえええ!!!!!!」
と騒がしく走る二人の姿を、街の人はキョトンとした目で見ていた。
「あいつ何処だあいつ何処だあいつ何処だ!?」
「金返せぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」
間違いなく叫ぶことで体内の酸素を非効率的に使っているのだが、それでも様々な感情で複雑な思いとなった心は、否が応でも二人をそうさせた。
男の子が駆けていった方角へひたすら走っていくと、何やら人だかりが道にできている。
「なんだよクソッ、これじゃ後追えねぇぞ!」
「待ってカケル! もしかしたら……」
サラスが何かに気付いたようで、人混みをかき分け騒ぎの中心を見に行く。
すると、
「クソッッ!! なんだよこれ!!」
「……拘束魔法。私から盗ったもの、早く出しなさい」
先程サラスから財布を盗んだ男の子が、足を黒い靄のようなもので拘束されて転がっている。
それと相対してるのはサラスよりも小さく見える少女だ。
冷たい、他人を寄せ付けないような厳しい喋り方で男の子を問い詰めている。
口ぶりから察するに魔法使い――と推測できるも、外見が黒のローブを羽織った典型的な魔法使いスタイルなので、その類なのは間違いないだろう。
肩にかかるくらいの綺麗な黒髪だ。この世界に来てから初めて見る黒髪にカケルは少し面食らう。
「何も盗んでねぇよ!!証拠があんのか!!」
この期に及んでどうやらまだ言い逃れをしようとしているらしい。
その言葉を聞いた少女は、
「別に……でも君が持ってるのは事実だし――ほら」
そう言うと男の子から先程サラスから盗った財布を含め、道具袋のようなものやペンダントやブレスレットなどの装飾品が浮かぶように出てくる。
「え、え、なんで!?」
「君以外の魔力が残ってる物を釣りだしただけ」
恐らくまた違った魔法を使っているのであろう。
その全容はつかめないものの、魔法の一端を見たカケルはやや興奮する。
(すっげ、これが魔法か……)
漫画やアニメでしか見れなかった光景に目を奪われていた。
少女はその中から道具袋を自分の方へ引き寄せて手に取る。
「それじゃあ、後はご自由に」
そう言い残して少女はその場を後にする。
「あ、ちょ「アタシのワンちゃん~~~~!!!!!」
カケルが礼を言うため引き留めようとしたが、それよりも早くサラスが財布に飛びついた。
おいおい泣きながら頬ずりしてる光景は通常時ならドン引きものだが、盗品をばらまかれて茫然自失の男の子、あっという間に全てが片付いて困惑気味の野次馬、そして号泣サラス。
今ここの雰囲気を考えるとカオスが過ぎて逆に普通に見えてしまう。
そんな事があった内にカケルは先程の少女を見失ってしまう。
「後で礼を言わなきゃな……」
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財布も取り返し無事服も調達できたカケルとサラスは現在宿舎で昼食を食べている。
スリの男の子はあの後結局衛兵に連れていかれた。
意外だったのは連行されるときに無抵抗で、どうも心ここにあらずの状態に見えた。
「しかし運が良かったな、あの子が居なかったら今頃絶望のどん底だ」
「あぁ、『黒の魔女』ちゃんね。
流石の魔法技術だったね!!」
「黒の魔女??」
食事をしながら盗難の出来事について話していると、カケルにとって初耳の単語が出てきたので聞き返す。
「ああ、カケルは街に来たばっかだもんね!
えっとね、あの子は魔法士組合の子で、とにかく魔法の扱いが上手いんだって有名なんだよ!」
「へぇ、そうなのか。
じゃあ相当な実力者に助けてもらったって訳だ」
「まぁ有名なのはそれだけが理由じゃないんだけどね……」
と、サラスにしては珍しく困ったような表情をしながら言う。
どういうことだ?とカケルが聞くと、
「噂ではあるんだけど、――仲間を殺したって……」
「仲間を……?」
声を潜めて出したきわめて不穏な話に、意図せず唾をのみ真剣な表情になるカケル。
「結構前の話なんだけど、とある依頼を魔法士組合で三人一組で受け持ったらしいの。
その中に彼女も居て、その三人で行けば本来なら実力的にも五日もあればこなせる内容だったのに、彼女達は全く帰ってこなくて……一か月後ようやく姿を現したと思ったら、帰って来たのは彼女一人だった。って話なんだよ」
よくある予測不能な事態が起きたのか……と考えるが、カケルは、
「でもそれだけで犯人だ、って疑われるもんなのか?」
至極当然の疑問をぶつける。
「それだけなら疑われないだろうけどね……問題は二人の死体と見つからない事と依頼者が消息不明、加えて目的地が大きな魔法の後で消しさられていて、彼女はそれについて一切話をしたがらなかった。って事らしいよ」
「で、その三人の中で大規模な魔法を使えるのは魔女さんだけだった、って訳か?」
「そう言う事だね」
「けどさ、疑いを晴らそうとかって動きは無かったのか?」
「それがそこだけは謎なんだよねぇ。
仲間殺しと言われても『好きに呼べば』みたいな事しか言わないらしくて」
「なるほどねぇ」
あくまで推測の域を出ないが、それ以外の可能性の話をするのは確かに難しくなる。
弁解をしない事で疑いもほぼ確実なものになっている様子だ。
「けど、恩人であることに違いはねぇ。
礼の一つくらいは言っておくべきだろ」
「そうだね! アタシの人生が無事で済んだのも彼女のおかげ!!」
調子よく言うサラスを見て笑ってしまう。
自分に何か被害があるわけでもない、そう考え彼女――『黒の魔女』の事はひとまずちょっと怖い恩人、という形で留めておくことにした。
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「しっかし異世界二日目でこの調子じゃまいっちゃうな……」
夜も更け、宿舎に戻ったカケルは今日の出来事を振り返ってため息をつく。
この世界ではありふれているかもしれない出来事も、日本で暮らしてきたカケルにとっては慣れない事ばかりだ。
この二日間でそれを痛感して、やや疲れ気味になっているが、
「まぁ、慣れるしかないよなぁ~……」
と言って深くため息をつくカケル。
その時、
「……ぞ!……早……せろ……!」
外から一人の男らしき大きい声が聞こえてくる。
何を言ったかまでは聞き取れなかったが、声の様子から察するにただ事ではなさそうだ。
≪ゴーン……ゴーン……ゴーン……≫
直後、街中に大きな鐘の音が重く鳴り響く。
その音が聞こえてから辺りがどんどんと騒がしくなり、カケルも気になって外へ出ていく。
すると、外には多くの人が少しの荷物を持って出てきていて、その中にノイの存在を確認したカケルは彼の元へ向かう。
「な、なぁ、これはいったい何なんだ?」
「カケルか、――魔物だよ。
それもちょっと多めのな……」
「魔物って……」
普段はヘラっとしたノイの鋭い眼光とピリついた雰囲気に、気圧されながらその言葉を飲み込む。
――魔物。
ここに来る道中、サラスからその存在について話は聞いている。
普通の獣よりも多くの魔力を有し、他の生物に対して明確な敵対意識を示す危険な存在だと。
大小様々ではあるが、戦闘能力のない民間人が出くわしたら命はほぼ確実に落とす。
その事を思い出し、頭が真っ白になりかけるが、
「カケル、お前は街の中心部まで逃げろ。
魔物が侵入してくる可能性もある。安全な所へ行くんだ」
「わ、かった。
……気を付けろよ、ノイ」
的確なノイの指示を受け取り、言葉をかける。
今のノイの恰好は何時でも戦闘に移れる装備で、周りにも同じような装備を着た人が大勢居る。
それを見ただけでも、今から魔物と戦いに行くという事は容易に想像できた。
故に気を付けろ、とカケルはそう声をかけた。
「もちろんだ。
さぁ遅れない内に行くんだ」
「あぁ」
また後で、そう言って互いに手を軽く上げる。
ノイはすぐに外の方へ走って行ってしまった。
その方角を見ながらカケルは小走りで逆方向の街の中心部の方へと向かう。
すると外の方から大きな魔法が見え、極めて大きな火柱が上がる。
(あの子も、あそこに居るんだろうか……)
つい昼間に会った少女の事がふと頭をよぎる。
(皆無事で帰って来てくれよ……)
不安な気持ちを抑え込みつつ、カケルは足を動かし続けた。
次回、ようやく異世界らしいイベントが……