五話 黒から赤へ
……チュン……チュン
小鳥のさえずりと差し込む朝日の光が部屋に差し込む。
その光に顔を照らされたカケルは、布団の中で軽く伸びてから、
「ふわぁ……あぁ……」
大きくあくびをしてのそりと起き上がる。
立ち上がって改めて伸びる、よく眠れたようだ。
部屋から出て階段を下に降りていき、水がめに汲まれた水で軽く顔を洗う。
(あの夢、なんだったんだろうなぁ)
起きた後もやけに鮮明に覚えている、昨晩の夢のことを思い出す。
母が何か語り掛けてくるも、その内容はほぼ理解できないまま母は消えてしまった。
一応口の動きを改めて思い返してれば何を言っているかはそれなりに分かったのだが、
(ごめんね、気を付けて。かぁ)
身の回りに特に母が関係している訳でも無いし、そんな言葉をかけられる憶えもない。
もしかしたら日本で俺が居ないのをいいことに2人で旅行でも行ってたりして――なんて考えるが、あの両親なら心配なんてせずにやりかねないぞ、と微妙な気持ちになるカケル。
まぁ下手に心配されるよりかは2人が楽しいならいいかな、とポジティブに気持ちを切り替える。
因みに今日の予定は、午前中輸送用の荷物を馬車に積んでから午後はサラスと買い物、という流れになっている。
これはデートと言う訳では無く、服を新調するためにサラスが気を利かせて提案してくれたのだ。
「よし、とりあえず異世界2日目頑張っていきますか! って、ん?」
頬を軽く叩いて気合を入れたカケルが、水に反射する自分を見て何かに気付く。
「あれ? えぇ~? ……髪が……赤いぞ???」
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先程水に映った自分の姿を見間違いだろうと目を疑ったまま食堂に向かい、丁度昨日知り合った男を見つけ、その正面に座ってその勢いのまま話しかける。
「なぁノイ」
「なんだ」
「俺の髪何色に見える?」
「あぁ? ――赤色……いや、サラスと比べるとやや暗いか……?
赤茶色ってとこだな。 そういや昨日と色が違うな」
「マジで変わってんのか……」
ノイと会話して朝見た自分の姿が見間違いでないことを確認すると、カケルは頭をガシガシと掻いて、どうなってんだ? と呟く。
「何があったかは知らんが、昔話のお姫様と同じような髪色じゃないか。
かわいらしくていいんじゃないか?」
とニヤニヤ笑いながらノイが言ってくる。
その憎たらしい顔に大多数の人間は反応してしまうだろうが、カケルにはそれよりも気になる点があったので思わず、
「――お姫様ぁ?」
と気の抜けた様子で聞き返した。
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それは今からおよそ250年前。
世を魔王が支配し、魔王軍と人間との間で争いが絶えない時代の話だ。
戦いは長く拮抗しており、双方共に消耗戦となっていたが、段々と魔力の扱い長けた者の多い魔王軍側が優勢を強めていった。
その時人間側のある一国の王――トンダット王がある一手を打った。
その手とは、異世界から勇者を召還する、というものだった。
国中の魔力を集結し、世界に穴を空け異世界とその穴をつなげることで、適正のあるものを選別して呼び出す魔法を発動させた。
――勇者の召還には成功。そして若い少年が王国の、人類の希望として新たに誕生したのだ。
黒髪黒目という以外目立った特徴こそ無かったが、その身に宿す魔力は非常に大きく力強いものだった。
才覚にも優れ、彼が剣をひとたび振るえば大地を、空を、海を切り裂いた。
国有数の魔法使いであるトンダット王の娘と共に旅に出た勇者は、行く先々で人々を救い、終わらない恐怖に怯えていた者達に希望を与え続けた。
しかし戦いは苛烈を極めた。
魔王軍の波状攻撃を幾度となく勇者は凌ぐが、攻勢に出ることが出来ずにいた勇者は、世界の中でも優れた鍛冶技術を持つドワーフの一族に、自らの故郷の武器を作らせた。
試行錯誤し完成した武器の名をカタナといい、勇者はその剣を『コテツ』と名付けた。
更に、魔族の中でも豊富な知識と類い稀な魔法の扱いで知られるエルフの一族、その中でも特に回復や防御に長けた者を、次に優れた身体能力と力強さを誇る獣人族の戦士の二名を仲間に加えることで、ついに勇者は攻勢へ出るための準備を整えたのであった。
勇者は膨大な魔力とカタナの恐ろしい切れ味で敵を切り伏せ、獣人は洗練された体術と高い身体能力で縦横無尽に戦場を駆け回り、王女は数多くの魔法を操って敵を一切寄せ付けず、エルフはそれら三人を治癒と防御の魔法で守り続けた。
数多くの戦いを繰り広げながらおよそ3年。ようやく一行は魔王の元へたどり着き、世界の命運をかけた壮絶な死闘が始まった。
魔王の力はやはりとてつもなく強く、強大な魔法はもちろん体術にも優れ、決して楽な戦いにはならなかった。
だが勇者一行は挫けることなく戦い続け、次第に魔王を追い詰めていく。
長い戦いの中で女王と獣人とエルフは戦う力を使い果たし、いよいよ魔王と勇者の一騎打ちとなった。
互いに消耗した体で戦い続け――ついにその時が訪れる。
勇者が魔王の体を鋭く切り裂き、魔王を打ち砕いたのだ。
そうして世界に平和が訪れた。
人々は勇者たちを称え続け、後世にその功績を残すために様々な方法で勇者たちの名を残した。
ここにもそれに倣い、その勇者達の名を記す。
『獣人族の戦士 ダグラス』
『心優しきエルフ テハート』
『偉大なる魔法使い メアリー・トンダット』
――そして『勇者 ムサシ』
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「それで、いくつかの伝記では王女様の髪色を赤茶と表現していて、歴代のトンダット家の王女様も同じような色だから間違いないってされてるんだよ!」
とサラスが言う。
現在は午前の仕事を片付け、予定通りサラスと帝都の街を歩いている所で、朝にノイから聞いた昔話の事をサラスにも聞いてみたところだ。
「じゃあもしかしてこの髪色ってヤバい?」
昔話の人物や名家の王女様なんかと同じ髪色だと、厄介事に巻き込まれるのでは……と不安になるカケルであったが、
「いや、珍しい部類ではあるけど全く居ないって訳でも無いから問題ないよ!」
「そうなのか……いやはや一安心」
ほっと一息。
面倒な事にならないとわかっただけでかなり嬉しかったようだ。
「それで! カケルはどんな服が欲しいの?
カッコイイ鎧!? 知的なローブ!? 」
「商会の仕事でそんなの使わないだろ、そもそも給料から天引きなんだから高いの買われると俺の借金が増えるだけなんだが。」
「ちぇっ、バレたか……カケルはもっとロマンを持つべきだよ!」
「ロマンと借金を天秤にかけるほど馬鹿にはなれないっての……」
プリプリといかにもな効果音が付きそうに頬を膨らませてカケルを非難するサラス。
呆れながら返すが、決してカケルにもロマンが無いわけではない。
天秤にかけるほど――つまり買えるのであれば、実はちょっと欲しいとか思っちゃたりしてるのだ。
高校生ともなり、戦隊モノのヒーローに憧れる年齢などとっくに過ぎてこそいるが、今こうして周りで当たり前のように鎧やローブを着ている人が居ると自分も……とは思ってしまう位には男の子しているのである。
「じゃあちゃちゃっと用事済ませてさっさとお昼でも ≪ドンッ!≫ あいだっ!!」
唐突に小さな男の子がサラスにぶつかり走り去っていった。
その衝撃でサラスが女の子から出たものとは思えない声を出してぐるぐる回り、ずてーんと豪快に転ぶ。
「お、おい大丈夫か?」
「いててて、うん平気。
今のはスリだね、盗るなら盗るにしてももう少し優しくして欲しいもんだよ」
お尻をさすりながら言うサラスだが、
「おいおい!! それってマズいだろ! 金盗られてんだぞ!? 商会の金だよな!?」
「ヘーキヘーキ、今盗られたのは囮の財布だよ。
ここいらはスリも多いから、いくつかそういうの持ってるの」
それもそうか、とカケルは納得する。
異世界ならそれを生業とする人間だって居てもおかしくはない。
改めて平和ボケしてるんだな、俺。と気を引き締めなおすカケル。
「このお財布ちゃんだけは盗られる訳にはいかないからねぇ~。
あ~、愛しのワンちゃん~」
そう言いながら内ポケットから可愛いというにはほど遠い、牙を剥き出しにして凶悪な面構えとなった狼の財布を取り出し、頬ずりした。
だが本命だろうそれを取り出したサラスをカケルが心配する。
「おいおい、盗られたくないならおおっぴらにだすなよ。
危ないだろ」
「大丈夫だよ~、今更そんなヘマ ≪パシッ≫ し……な……い……」
チッチッチッと指を振り、謎の自信を見せるサラス。
しかしその手に持たれていた狼の財布が、先程とは別の男の子によってかっさらわれていった。
2人は時が止まったようにその男の子が走っていった方向を見て、
「……サラスさん……あれもダミーでしたってオチは……」
「……無いねぇ……あれ私のお気に入りだし……商会のお金もあそこ……」
「「……………………」」
黙って互いの顔を見つめる。
そして同時に、
「うわあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
大声を上げながら後を追って走り出した。