三話 王都ウィンフルール
「とーーちゃっく!! カケルはここで待ってて!! すぐに手続き済ませちゃうから!」
馬車を街道の端に止め、サラスはそう言い残してパタパターと駆けていった。
その先には関門のようなものがあり、衛兵であろう格好の人物の元へ行く。
サラスがポケットから幾枚かの書類を取り出して見せ、親しげに衛兵と会話する。
きっと顔見知りなのであろう。
それらが終わったようで、サラスはまた同じ様にパタパタと帰ってくる。
「お待たせ! それじゃあ行こうか!」
「おう、……なんかちょっと緊張するな」
大きな関門に近づくと、遠目から見てた街並みがよく見えてくる。
人々の活気が肌で感じられ、会話や笑い声で騒がしいそれらは日本とはまた違う街の姿を映し出していた。
「こういう場所に来るのは初めてだな……」
「まぁ田舎町に居るとあまりお目にかかれないかもね!
王都は夜でも騒がしい地区があるから!」
「そうなのか」
とサラスがカケルの独り言に反応するも、サラスの返答は認識の違いがある。
実際カケルが住んでいた場所は東京で、かなり都会と言える。
しかし洋風な街並みや露店の数々は東京でもある事にはあるが、ここまで生活感のある場所は見慣れないだろう。
(それにしても……本当に異世界なんだなぁ)
予想していた通り自分が少し浮いてることを実感する。
やはり服装であろう。
周りを見渡せば、魔法使いですと言ったローブや軽装の鎧を着た者も居る上に、耳が生えてたり尻尾が生えてたりする人もいる。が、その他色々な人を見てもスウェットにパーカーなんて人物は居ない。
通り過ぎてく人々がチラチラと此方を見てくるのは平和ボケしたカケルでもよく分かる。
となると自然に考える事は
(何かが起こる前に馴染める格好になりたいんだけどなぁ)
という内容のものだ。
周りの物珍しいものを見る視線に慣れている訳でもなく、かといって自分の個性を貫くんだ!といった確固たる意志を持ち合わせている人間でも無いので無理もない事なのだが。
だが今のカケルにこの世界で服を買えるだけの金銭は無い。
持ち合わせの物を売り飛ばせばもしかしたら、というレベルではあるが、物の価値がイマイチ掴みきれてない現状でそれをする勇気も彼には無かった。
「ところでサラス、今は何処に向かってるんだ?」
「商会だよ! 後ろの荷物を運び入れに行かないとだからね。
カケルにも手伝ってもらうよ! ここまで乗せてあげたんだからそれくらいしてよね!」
そう言ってふふんとまた胸を突き出しながら鼻を鳴らす。
(こいつ、自分の胸の破壊力理解してないパターンだな?)
先程から繰り返されるその行動は、自らの胸を武器として認識しそれを巧みに使い男を惑わすそれではなく、文字通り胸を張る子供のような姿だった。
18歳にでもなればそういった目線が気になる年頃ではあるが、彼女はそう言ったものをあまり気にしないタイプなのだろう。
「そこは甘んじて受け入れます」
そんな彼女にカケルは苦笑いしながら返した。
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「よし! 皆ー! 着いたよー!!」
サラスがそう言って呼びかけると後ろから男が3人降りてくる。
「あーっ、ったくくたびれたよー」
「腰がイテテテ……」
「ふわぁ……ねむ……」
三者三様に体をほぐしていると、その中の一人がこちらに気づき声をかけてくる。
「おう、お前さんがグエンの言ってた迷子坊主か」
「なんか嫌な響きだけど、おかげさまで助かりました」
その人物は程よく鍛えられた体の男で、身長はカケルより頭一つ程高く、年齢は40歳は越えていそうな雰囲気だ。
無精ひげを生やしてるが、特別不衛生と言う印象は受けず、気のいい親父に見える。
その男にまずはとカケルは感謝を伝えた。
「なら労働で返してもらおうかね、俺はノイ。
この商会の護衛のような雑用係だ」
ノイは気の良さそうな語り口調で笑いながらそう言った。
発言通り背中には腰には剣が差してあり、いかにもな装いではあるが、雑用係と自虐する当たり護衛としての出番はあまりないのだろう。
「聞いてるとは思うけど、俺はカケル。
出来る範囲なら手伝うよ、力になれるかはわからないけど」
「見た感じ武術で、とは言えなそうだがそれなりに鍛えてるんだろう?
なら荷物運び位は出来るさ!」
ノイがカケルを観察しながら言う。
その言葉通りカケルの体は日本の基準で考えれば――いやどうやらこの世界で見ても鍛えられてる部類に入るのだろう。
ノイの後ろにいるグエンともう一人の男は筋肉こそあれど、トレーニングをしている体には見えないことからそう読み取れる。
「ほんとだ!意外とたくましいんだねカケル!」
そんな会話をしてると横からサラスが体をベタベタさわってくる。
「お、おい、くすぐったいからやめろ」
と苦笑いで平静を装うも、実は女子にボディータッチされる経験などほぼ無かった為にドギマギ……という事は無く、道中のサラスの距離感に慣れ始めていたカケルは、
(距離詰めんのが早いなぁ~こいつ)
と、丁度日本に居る同年代の女子の雰囲気をサラスに当てはめ、なすがままにされるのであった。
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「よい、しょっと…これで最後か」
辺りがやや薄暗くなってきた頃、荷運びの手伝いを終えることができた。
「お疲れー!やー1人いるだけで違うね!」
「そらよかったよ。おかげでクタクタだ……」
相変わらず元気そうなサラスに座り込みながら返す。
大物は男性陣で処理したとはいえ彼女も荷運びはしていたのだが、まだピンピンしている様子で話しかけてくるのでやや驚いてもいるようだ。
「情けないなぁ、鍛えてるんでしょ!」
「俺としては余り鍛えてなさそうなお前らが何でそんな元気なのか聞きたいね」
と言うのも、荷運びをする際自分より非力そうに見えた男でもかなり重そうに見える荷物を運んでいた。
その光景が頭に浮かび、コツでもあるのだろうかと考えていたのだ。
心底不思議そうに尋ねるカケルのその発言に、何か気付いたサラスが聞いてくる。
「あれ?もしかしてカケルって魔力使えないの?というより知らない?」
「え? あー勿論存在は知ってるけど、ちょっと事情があってね」
ここにきて唐突に飛び出したファンタジー要素に動揺するも、嘘はつかない程度に曖昧に返す。
サラスの口ぶりから察するに、魔力は一般的には知れ渡ってる存在かつ基本は誰でも使えるような代物なのだろう。
懸念事項が一つ増え、やや不安になる。
「そなんだ、ではそこは聞かないでおこう!」
耳を手で塞ぐような仕草をしながら胸を張って言う。
何にしてもいちいち身振り手振りがうるさいサラスではあったが、異世界に来て考えてばかりで気が張り詰めていたカケルは、その様子に少し肩の力が抜けたようでふうっと深く息を吐いた。
すると耳を塞いでいたせいでその息は聞こえなかったが、サラスは力が抜けたカケルを見て
「やっとこさ一息つけたみたいだね、やけに考え込んでたから安心したよ」
そう言ってからにんまり笑った。
どうやら気を張ったカケルのその姿に心配していたようだ。
「なんかごめんな、今日一日世話になりっぱなしで」
その心配に気付いたカケルは、初対面にも関わらずここまで気にかけてくれる彼女に申し訳なさを感じて謝罪の言葉を口にする。
「いいのいいの!したくてしてるんだから!」
「そっか、ありがとう。
でも俺からは何も返せないしな……」
「そういえば一文無しさんなんだもんね」
お互いにこの状況をどうにか進展させられないかと腕を組んで考える。
しばらく悩んでいるとサラスがあっと声を上げ、
「そうだ!じゃあウチの商会で働いていきなよ!」
「えっ、俺を雇ってくれるって事?」
「うん!とは言ってもお手伝いさんみたいな形にはなると思うけど、いいかな?」
「いやいや!むしろこちらこそお願いしますと言いたいところだけど、俺みたいなどこぞの馬の骨とも知らないやつ雇って大丈夫なの?
もっと警戒されてもおかしくないと思うんだけど……」
これ以上のない提案にすぐさま食いつくカケルだったが、その日あったばかりの初対面の見知らぬ土地から来た素性の知れない男。これだけ不安材料がありながら、どうしてここまでしてくれるのかひたすら疑問で思わず問いかける。
「正直理由はいろいろあるんだけど、ウチで働いてくれるみたいだし、細かい事は後で話すよ!
もう私おなかペコペコだし……」
照れくさそうに…なんてことは特に無く、お腹を抑えながら言うサラス。
周りを見渡せば辺りはすっかり暗くなり、民家や街道沿いにいくつか備え付けられたランプが存在を主張している。
カケルも自分が夜に車に轢かれかけ、転移してきた時の時間帯は恐らく昼過ぎ、そこからまた夜まで働いたとなると…と考え自らの空腹に気付く。
「確かに俺もペコペコだ」
「よっし!じゃあ夜ご飯食べに行こ!今日は入会祝いだ!」
これから遊びに行くような無邪気なサラスに思わずつられて笑ってしまうカケル。
その笑顔に曇りは無く、今この時間を純粋に楽しんでいるようだった。