二話 迷子の田舎者
(と、とにかくこの状況を把握しないと……まさか異世界って事なのかここ?)
どうにかして周りを見渡し、情報を取り入れようとするが
目に見える範囲にあるのは整備された道、生い茂った木々、馬車、それに乗る女の子。
(駄目だ、全く整理できん……)
さっきまでの景色と全く違う場所に加え、余りの突飛な出来事に考えることを放棄しようとしたその時
「おいサラ、なんかあったか?」
馬車の小窓から野太い声が聞こえる。
「ちょっとね! でも問題ないよ!」
「ならいいが、早いとこ向こうに着かないと寝る時間が無くなっちまうぞ」
「はいはーい!」
そんなやり取りを終えると小窓は閉まり、少女がこちらに向き直る。
「ごめんね、えと、見たところ……迷子??」
「この状況だと――一応そうなるのかな?」
すると少女は腕を組み、少しの間目をつむってうーんと言いながら考える。
呆けながらカケルはその様子を見る。
(しかし、明らかに日本人って感じでも無いな)
少なくとも、日本ではここまで綺麗な赤髪はお目にかかれないだろう。
なんて考えてると、少女は目を見開いてからニコッと笑って
「よし! じゃあ王都まで乗せてってあげるよ! ここに乗って!」
と自分の隣にスペースを作り、その場所をバンバンと叩きながら少女は言ってきた。
「え、いいの? 客観的に見てバリバリの不審者だけど俺」
「悪い人じゃなさそうだし、この子が警戒しないって事は優しいか弱いって事だから!」
と馬を撫でながら言う。
「男心としては前者であって欲しいが……ならよろしく頼むよ」
(どうやら俺の考える中での普通の状況ではなさそうだからな、現地人と行動できるに越したことは無い。)
パニックを通り越して落ち着いてる自分に気付き、極めて冷静であろうとするカケル。
ひとまずはこの元気を体現したような女の子と共に行動する事が最善と考え、それを選んだ。
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「それじゃ自己紹介と行こうか! 私はサラス! 君は?」
「俺は(この状況では苗字は言わないべきか?)――カケルだ、よろしく」
当たり障りない会話から始まり、まずは互いに自己紹介を済ませた。
カケルはこの世界における苗字が、どの程度の立場なのかを見極めるためにまずは名前で返す。
仮に貴族などの特別な存在でしか持てないような世界であれば、この判断は極めて賢い選択と言える。
ここでそういった存在であると認識され、後々そういった人は居ない、じゃあ貴方は何者?と疑われだしたら様々な意味で非常にまずい事態になるのは明白であるからだ。
「カケルね! よろしく! ねぇねぇ、カケルは何処から来たの??」
「え~っと、ジャパンって所分かるか?」
「じゃぱん? う~ん聞いたことないな~…ねぇ! グエンのおっちゃん! じゃぱんって場所知ってる!?」
とサラスが後ろ手に馬車の小窓を開けて中の人に尋ねる。
「うおっ、ビックリした! 急に開けんなよな、ったく…って誰だオメェ!!!」
ビックリとビックリのコンボを決めたグエンがカケルを発見して叫んだ。
「ちょっとおっちゃんうるさいよ、この子はカケル、さっき拾ったの!」
「わしゃ捨てられた子犬かい」
流れで失礼してくるサラスにツッコむ。
「それで、じゃぱんって知ってる?」
「もういいや……ん~じゃぱんねぇ~」
よくある事なのかこの状況をあっさりと受け入れ、グエンが考え込む。
しかしピンと来なかったようで
「いや、聞いたこともねぇな。
それなりに各地を巡ってる俺でも聞いたことがねぇ、って事は相当な田舎から来たのかオマエ?」
「あ、あぁ、まぁ結構人の出入りも少なかったしな」
(日本の名前が通らないって事は本格的に異世界ってやつなのか?これは)
世間一般的に日本が知られている英語での呼び方でそれとなく探りを入れた結果、どうやらこの2人には馴染みのない単語であるようで、その点からカケルは異世界に来たという確信を深めてく。
「ふーんそうか、通りであんま見たこともない格好してるもんだ」
カケルの服装を一瞥してグエンが言う。
「そうなのか? ならあんまり目立たない内に王都ってとこで服を買い揃えた方がいいかな……」
「ま、追剥にでも会う前にそうした方がいいな。
じゃあ俺はまた一休みさせてもらうぜ」
そう言い残してグエンは小窓を閉めてしまった。
荷台からはボソボソとではあるが、複数人の声がする。恐らくグエン以外にも何人かの人が居るのだろう。
「うーん、そっかー、カケルは田舎から旅に出てきて道に迷っちゃったんだ!
おっちょこちょいさんなんだね!」
「致し方ない点はあるんだがな……」
サラスの毒に苦笑いで答える。
(しかし…)
サラスの恰好を改めて見て、カケルは自分がどれだけ異質かを見極める。
サラスの恰好は皮ではあるが肘当てを着け、ダボっとしたズボンにシルエットがわかりにくい長袖のTシャツを着ている。
それだけ聞けば余り大差ないようにも見えるが、細かい部分が違和感を生んでいる。
それこそファンタジー世界の装備と言い表した方がいいだろう。
反面カケルは現在コンビニに行く予定の服装と装備しかない。
下はスポーティーなスウェット、上はシンプルな白シャツにグレーのパーカーを羽織っている。
持ち物は携帯電話に小さなコインケースの中に幾分かのお金。
少なくとも旅をする者の装備ではない事くらいカケルにも容易に理解できた。
「なぁサラス」
「サラでいいよ!」
「や、うんそれは要努力と言いますか……」
「え、なんでよ! サラの方が呼びやすいでしょ?」
「それに関しては俺の気持ちの問題と言いますか……」
(いきなりはハードル高いわ…)
意外と初心なカケルだが、元居た世界と比べてここまでグイグイコミュニケーション取ってくる女子と中々接点が無かったものだから、仕方がない部分もある。
「ま、名前のことは置いといてさ、何か聞きたいことがあったんじゃないの?」
「あぁそうそう、これなんだけどさ」
そう言ってコインケースから100円玉を取り出す。
「これで何か買えるかな?」
「ん~、見た事無い物だね。
どこかの遺跡の掘り出し物だったり?」
んっ?吹き出しが出ているかのように首を傾げながら聞いてくる。
その姿は純真無垢と言うべきか、知りたいから聞く子供のような様子にかわいらしさを感じる。
「そんなところかな、金銭的な価値はありそう?」
「厳しいかな? 軽いし利用価値も余り無さそうだしね」
「うーん、そうか、ありがとな」
(となると金銭の確保は厳しいな…スマホはまだ持って置きたいし…)
「じゃカケルは一文無しさんなの?」
「そうなりますね……」
カケルはこの状況をかなり重く受け止めている。
まず安全に寝泊まりできる場所の目途も立たないままこの浮いた格好でいると、それこそ追剥にでもあってついでに命もポックリなんてこともある。
雰囲気でなんとなく、ここはきっとそういう世界だとカケルは考えていた。
「うーん、そうだな、じゃあお金は立場上貸してあげられないけど、ちょっとは手助けをしてあげよう!」
「え、いいのか?」
「拾った手前、流石にポイッと見放せるほど非情ではないからね!」
えっへんと胸を張って鼻息をまき散らすサラス。
「マジで悪いな、後で絶対恩は返す」
手を合わせながら感謝の念を伝える。
(しかし………こいつデカいな…)
ダボっとした上着からでも分かる主張の激しいサラスの胸部を確認しながら。
「あ! 見えた! あれが王都ウィンフルールだよ!」
そう言ってサラスが指さす方向を見て、街道から遠目に確認できたそれは
「おおぉ……デケェな」
高くそびえたつ時計台、多くの人々で賑わった道並み
洋風な家が大小並び、そのさらに奥にそれはそれは大きな城が君臨していた。
立派な大都市のその姿にカケルは完全に圧倒されていた。
「すごいでしょ!! ここはフーサンでも随一の大きさを誇る大都市なんだよ!!
私でも未だに知らないところが沢山あるんだから!!」
「確かにすごいな、あれ、そういえばサラスって今何歳なんだ?」
未だに、という言葉が気になりサラスに問いかけると
「私? 今は18歳だよ!」
ニカっと笑いながら答えるサラス。
しかしその表情はすぐさま塗り替えられる。
「あ、じゃあ今年で俺も18歳だから同い年か」
「え?」
「え?」
「同い年なの????」
「同い年だよ????」
「……完全に年下だと思ってたっ……」
口をあんぐり開けた驚愕の表情によって。