十七話 俺は天才じゃない
割と重要な話かもしれない
「ヒール」
ユウナがそう唱えると、つま先の痛みがマシになっていく気がした。
「改めて考えても、便利なもんだよなぁ魔法って」
「そうだね。 私は本職じゃないから表面上の傷をどうにかするくらいしか出来ないけど、噂では四肢欠損の状態を回復するような人も居るらしいよ」
「そりゃなんとも……」
ファンタジーな話だな。と言おうとしたが、飲み込んだ。
ファンタジーという言葉が通じるかなんて心配をしたわけでは無く、ただカケルは知っていたのだ。この世界がファンタジーでありふれてる事なんて既に知っていたのだ。
辟易となんてしていない。理解したのだ。そんな事だって不思議じゃないんだって。
「さて、続きをしよう。……っとと……?」
応急処置も終わり、特訓の続きを行う為に立とうとするとふらついてしまった。
立ち眩みという感じではなく、少し力が入らないというか、激しい運動を行った後の感覚だ。
「あれ? もしかして魔力枯渇?
凄いね、もうその段階まで行くなんて……」
「魔力枯渇? 初めての感覚ではあるけど、使ってれば自然となるもんじゃないのか?」
「確かに使い続ければ魔力は自然と減っていくものだよ。
使い続ければ、ね」
「……?」
使い続ければ、とはどういう事だろうか。
今までこの感覚は味わったことは無いが、そこまで特訓をしなかったという事ではないのだろうか?
「魔力は体力とほぼ同義なんだよ。
例えば、カケル君は息を乱れるくらいに走り疲れた時どうする? 意識を失うまで走り続けられる?」
その時、カケルの脳裏にはあの日の事が思い浮かんでいた。
目の前で魔物の牙の餌食となった衛兵を見て、死にたくないと必死に走って逃げたあの時の事を。
その時の自分はどうしていた? 死にたくないから必死に走りまくって、でも限界がきて……?
「――足を止めてしまう、って事か?」
「そう。 いくら使っても苦しさが無いと言っても、魔力は体を構成する物の一つ。
減っていけば自然と体がセーブしてしまうものなの」
死を感じたあの時ですら、限界と思ったら足を止めてしまったわけだ。
人間というのは諦めるという機能が備わっている。無理だと考える脳がある。
そこからもうひと踏ん張り、というのが中々難しい物である事は容易に想像できるだろう。
「とは言え、今回は私が無茶させちゃったみたいなものだからなぁ……」
「いやいや! お願いしたのはこっちだし」
申し訳なさそうに言うユウナをフォローするカケル。
すると何かを思いついた様子でユウナが言いだした。
「このままだと特訓の続きもできないし、ちょっぴり変な魔法教えてあげる!」
「変な魔法?」
手を出して、と言われたので以前と同じように手を差し出す。
ユウナはその手を握ると、
「カケル君、私と魔力を交換してくれない?」
「え? ど、どういう――「いいよ。とかっていう感じで了承してくれればいいから」えぇ……じゃあ、いいよ」
するとユウナは目を閉じ――
「マジックスワップ」
と唱えると、突然カケルの体に力が張ってくる。
手からエネルギーが送り込まれるような――いや、自分のなけなしの魔力も同時に出て行ってく感覚がある。
体感では長い時間それが行われてた気がしたが、実際はほぼ一瞬の間にそれが起こっていた。
そしてその感覚が収まると――
「ふへぇ……」
「ちょちょ、ユウナちゃん!」
ユウナは腑抜けた声と共にへなへなと座り込んでしまった。
「大丈夫、カケル君がさっきなってた状態と同じ状態になっただけだから」
「なっただけって……今の魔法は?」
「マジックスワップ。 自分と相手の魔力を入れ替える魔法だよ。
発動条件として、相手の了承を得る事と少しの接触を必要とするけどね」
「へぇぇ」
変な魔法だなぁと、ユウナの前置き通り素直に感じた。
もし相手の了承無しに使えるのであればそれこそチート級の魔法だが、この条件ではかなり使用環境が限られてくる。
戦場で好き好んで自分の魔力を渡してくれる者など居ないだろうし、まさに変な魔法と形容するのがぴったりな魔法だった。
とはいえ、
「さすがにこの状況は罪悪感があるから、魔力は返すよ。
もう一回交換してくれない?」
「わかった。でも教えるって言ったでしょ?
カケル君がやってみて」
いたずらっ子のように微笑みながらユウナが言う。
役目を委ねられたカケルは動揺を隠せない。
「えっ、俺が!? これ失敗したら爆発するとか無いよね……?」
「あはは! 大丈夫大丈夫!
失敗しても魔力が蒸散しちゃうだけだから」
やるだけやってみよう。と言うユウナに覚悟を決める。
とは言え初めて使う魔法だ。その上実際使う所も一回しか見ていないし、感覚も掴み切れていない。
なので、魔法の行使の際はどんなイメージで行っているかを聞いてみた。
「基本的には、お互いの体の中に魔力の入った器があるって考えておくの。
それを接触している所から交換しているように想像するとやりやすいかも」
「器を交換……。 わかった、やってみる」
先程のユウナのやり方を思い出し、とりあえずは真似てみる事にした。
「えっと、じゃあユウナちゃん。俺と魔力を交換してくれ」
「いいよ」
流れは間違ってなかったのか、ユウナは先程のカケル同様に返事をして手を差し出してくる。
カケルはそれを掴み、そしてイメージする。
(まずは器……)
自分の中にある満たされた器、ユウナの中にある空に近い器。
互いの中にそれがある事をイメージすると次の段階へ、
(交換する!)「マジックスワップ!」
すると、カケルの中にある大量の魔力が手の先から抜け出ていく感覚がしてくる。
反対に、ユウナの手からはなけなしの魔力が少量流れ出てくる感覚も覚えた。
体感にして数十秒程度、実際には一瞬。その感覚が過ぎ去ると、
「おおう……」
カケルは当初の様な虚脱感に襲われ、へなへなと仰向けに倒れこむ。
ユウナはカケルのその様子に驚き、慌てたように駆け寄った。
だが意識がハッキリしていて平気だと苦笑い気味に主張すると、一転ユウナは興奮したように話し出す。
「カケル君……成功させちゃったよ……!
この魔法かなり難しいのに、完璧に交換できてる!」
「やっぱ難しかったんかい」
喜んだ拍子にポロッと口に出したその言葉に思わず突っ込む。
しかし運良く一発成功し、貰った魔力を無駄にしなくて良かった。
「最初からこんなに綺麗に交換できるなんて、カケル君才能あるよ!」
とユウナが手放しで褒めてくれるが、何かが引っかかったのかカケルはピクッと反応する。
「いやいや、ユウナちゃんの教え方が良かったんだよ」
そう言ってユウナの言葉を否定するが、それでもユウナは興奮が収まらない。
「そんな事無いよ! もしかしたらカケル君は魔法の天才かもね!
これからもーーっと色んな魔法覚えてさ「ユウナちゃん」
ユウナは話を突然遮られ驚く。
なにより、カケルの一瞬見せた悲しそうで辛そうで、寂しそうな顔を見て固まった。
だがカケルはすぐに笑顔を見せると、
「俺は天才なんかじゃないよ。 ユウナちゃんこそ、こんな魔法使えるなんて聞いてなかったよ?
さては名の知れた魔法使いなんじゃないの~?」
と、からかう様に言ってくる。
先程の顔は気のせいだったのかなと思わせられるくらい、明るい様子だ。
いや、きっとそうなのだろう。きっとカケルは褒められた照れ隠しをしたんだ。
ユウナはそのように解釈した。
「私はただの付与魔術師だも~ん」
工房の裏庭に一瞬訪れた重い空気は、今では感じる余地もない。
カケルにはもう魔力が残っていないので訓練は続けられないが、そうやって二人はまた仲良さげに話を続ける。
その内容は先程の話題から露骨に遠ざかってるようにも聞こえるが、そうかどうかは当人達にしか、あるいは誰にも知る由は無いだろう。