十六話 肉体強化とその代償
「いいよ! その調子!」
「んぐぐぐぐぐぐ」
歯を食いしばりながら全身に力を入れているカケルの体を、赤く淡い光が包んでいる。
あれからというもの、カケルはユウナとの魔法訓練に日々励んでいた。
この世界についてまだ分からないことも沢山あるが、それを解明していくのと同じくらいに戦う力をつけることも重要であるからだ。
すると突然、カケルの体を包んでいた光が蒸散してしまう。
「だーーー!集中切れた!!!」
「えっと……おぉ! 凄いよカケル君!
今回は2分も持ったよ!」
現在は初歩中の初歩ともいえる肉体強化の特訓をしているのだが、その特訓の初めは散々なものだった。
体に巡る魔力の流れこそ把握できるようになったが、魔力を使って体を強化する。という事など今までの人生で一度たりとも行ってこなかったカケルにとって、魔力を使うイメージが全く湧かなかった。
それでもユウナが実践してくれた光景を目に焼き付け、使い方をかみ砕いて説明してもらって、ようやく魔力を使ったプラスαの力を出すことが出来たのだ。
しかしここで更に壁にぶつかった。
特別魔力量が少ないなんて不幸は無かった。が、いかんせんカケルは使用効率が悪いのだ。
階段一段上るたびにわざわざ3mも跳びながら上っている。それくらいに高率悪く力を使ってしまっていたで、すぐガス欠になってしまう。
使った事が無いものであることを考えれば仕方が無いとも言える。ただいざ戦うとなった時にそんな言い訳は誰にだって通じない。
こんな事情から、カケルはユウナに励ましの声をかけてもらいながら強化を維持する特訓を2週間程続けていた。
最初こそ10秒と持たなかった強化だが、現在は2分も持つようになっている。
僅かではあるが、確実に特訓の成果は出ていた。
「もーっとこう、肩の力抜いて出来たらいいんだけどな……
でもそうすると魔力が垂れ流しになりそうなんだよなぁ」
手をぐーぱーしながら改善策を練る。
確かに魔力を纏っている時はいつも以上に体に力が張っている感覚がしたが、現状それを使いながら何か作業なんて出来そうに無いとも感じていた。
「そうだな~、ひとまず強化自体はできてるしなぁ。
もう持っちゃおうか! 重いの!」
「持っちゃおうかって……今んとこそっちに割く余裕が無いんだけど」
「こういうのはやりながら覚えるのが一番だよ!」
なんだそのスポ根染みた考えは。と思ったが、どこまで維持できたら次の段階に何てこと言い出したらキリが無いし、実際やってみないと感覚も掴めないのも事実だ。
理論があるようで無い魔法だ。いっちょやってみるかとカケルは了承した。
「で、重い物って?」
「あれ!」
とユウナが指さす。
「なんか凄くごついハンマーがあるけど、あれ?」
「あれ!」
そこには丸ごと鉄でできたような、カケルの背丈の半分以上はあるハンマーが壁に立てかけられていた。
「引きずっていいから、ちょっと取って来てみて」
「さすがに引きずらないようにはするけど……」
そう言いながらハンマーの方へ向かう。
「よっこいしょおおおおおお!!??」
ハンマーを持ち上げようとしたカケルは珍妙な声を上げた。
理由は簡単。ハンマーが予想の二回り、いや三回りくらい重かったのである。
「ちょちょ、これ何!? 重すぎんだけど!」
そう言いながらも律義にサラスの元へとハンマーを運んでいくカケル。
案の定ズリズリと引きずりながらになったが、それでもその重さを誤魔化すことはできず、体にはじっとりと汗が浮かんできていた。
「ふふ、ありがとう。 重いでしょそれ。
確か150キロ以上はあったかなぁ?」
「このハンマーが150キロも? なんて出鱈目な話だよ……」
見た目は確かにメタリックだが、サイズ感的にそれほど重そうには見えない。
「じゃ、これで試してみようか!」
「まじかぁ~……」
明るく言うユウナとは対照的に、やや乗り気ではないカケル。
正直持ち上げられるイメージが湧かない。とすら考えていた。
だが、
(まぁやるしかないか)
と覚悟を決めて挑む。
よしっ、と小さく呟くと、ハンマーの柄を握る。
一息ついて肉体強化の魔法を使うカケルだが、
「んぐぐ……」
(やっぱここから体を動かせねぇ……!)
持ち上げる動作まで持っていけない。
すると、
「持ち上げようとする時の動き一つ一つに魔力を込める感じで!
集中しすぎないで! 今の状態のまま普段の動きを!」
ユウナが声を掛けてくれる。
(動き一つ一つ、今のまま普段の動きを!)
頭でその言葉を繰り返し、実践してみようと意識する。
そうしている内に段々と体が動き始め、次第にハンマーが少しずつ持ち上がっていく。
「う、お、おおお」
雄叫びとまでいかないが、力を籠めるように声を出す。
そして、ついにはハンマーは地面と水平になるほどまでに持ち上げられていた。先程までは引きずって持ってくるのが精いっぱいだった代物が、だ。
「凄い凄い! 出来たじゃんカケル君!」
「おお、お!?」
だがそれもつかの間。持ち上げられた喜びで気が緩んだカケルは魔力の制御を怠り、肉体強化の魔法が解けてしまう。
すると支えを失ったハンマーはカケルの手を支点に、先の部分が下へと落下していく。
しかし先程まで持ち上がっていたハンマーは地面に当たることなく、
「おばぁ!!!!!!!!」
ゴッと鈍い音と共にカケルのつま先を直撃した。
「だあああああ! シャレにならんシャレにならん!
これはかんっぜんにいった! 骨逝った!!!」
つま先を抱えてゴロゴロとのたうち回る。
確実に肉体強化の成果は出ていたし、魔力を使う以前とで違う結果を生み出すことが出来たのは確かだ。
未だ戦闘に使えるようなクオリティではないが、間違いなく成長を感じられた瞬間であった。
その代わり、
「あ~~~~~~駄目だ! 立てん!立てんわこれ。
あ~~~~~~~~」
声を出して紛らわせたくなる程の大きな痛み、という代償は払ってしまったようだったが。