一五話 先輩から
あの後もしばらく調べてみたのだが、結局図書館で読み終えることが出来たのは二冊だけだった。
その間にハルは五冊ほど読み終えていたが、カケルの場合とにかく引っかかる部分が多すぎて時間がかかりすぎていたのだ。
最終的には互いに読み疲れてきたのでその時点で帰る事にして、現在は再び組合の門の前に来ていた。
「はぁ~、なんかこんなに読書で疲れたのは初めてかも……」
「なんだかずっと唸ってたもんね」
「マジで? それはすまん」
どうやら知らないうちにまたもハルに迷惑をかけていたようで、カケルは申し訳ないと手を合わせて謝罪する。
「いいよいいよ、色々調べられたようで何よりだし」
「それに関しては助かった。 本当に冗談抜きで」
一貫したハルの優しさに、心の底からありがたいと思いカケルはある提案をしようとする。
「色々してもらって何も返せないのはモヤッとするからさ、今度何か奢らせてくれよ。
それこそあのカフェの「あれ? ハルモニアちゃんじゃん」
突然聞こえてきた声にカケルの話が遮られる。
そちらを見ると、黒い外套に身を包んだ、茶髪で天然パーマ風のチャラい眼鏡の男性が居た。
どうやらハルの知り合いなようだったので、ハルが頭を軽く下げるのを見てからカケルも同様に頭を軽く下げておく。
「どうもテイタムさん。 カケル、こちらはテイタムさん。
魔法組合の同僚よ」
「あぁ、どうも。 自分はカケルって言います」
「――! ……丁寧にどうも。 何々、お二人は図書館デートでしたか?」
と何かに驚いた様子をわずかに見せた後、からかうように二人にそう言うテイタム。
それに対しハルは動揺する様子も見せず、
「テイタムさん、カケルとは今日会ったばかりですよ。
図書館に用があったみたいなので案内をしていただけです」
「ふ~~~ん……とか言いながらカケル君はどうなのよぉ~?」
そう言ってテイタムはカケルに軽く肩を組み、ハルに背中を向けさせる。
あ、ちょっと。 と後ろからハルの声が聞こえるが、テイタムはからかう姿勢を崩さない。
「い、いえ。 本当ですよ。
ハルには案内を頼んだだけで……」
「ハル……ねぇ……」
カケルが同様に弁解すると、それを聞いたテイタムの声質が変わる。
するとハルには聞こえないように声を抑えながら、
「カケル君、悪い事は言わねぇ、ハルモニアにはあまり深く関わらん方がいいぞ。
君も知ってるだろ? 顔こそ可愛らしいが、奴が腹の中にどんな化け物を飼ってるか分からん。
手遅れになる前に線引きはしておけ」
そう言ってからまたおちゃらけた調子で
「まっ、先輩からの些細なアドバイスだ♪」
「――!」
それを聞くと、急にカケルはテイタムの肩を決して優しくない強さで掴む。
「おわっ! なんだよカケル君、気に障ったなら――「今、今アドバイスって言ったか!?」
へ?」
テイタムはてっきりハルの事で何か琴線に触れたのだと思っていたのだが、予想外の言葉に一瞬固まる。
しかし聞き間違えでは無い事を悟ると、
「えぇ!? カケル君そこ!?」
「そこもどこも関係無い! アンタはアドバイスって言葉の意味知ってんのか!?」
「ちょ、ちょっとカケルどうしたの!?」
慌ててハルがカケル達の元に駆け寄ると、カケルはハッと冷静さを取り戻し、
「す、すまんテイタムさん。 ちょっと気がかりで……」
と言って頭を下げる。
テイタムは外套と髪を整えながら言う。
「まぁ大丈夫だけど。 アドバイスでしょ?
助言とかって意味で合ってると思うけど……」
「……じゃあ、テイタムさん、これはわかるか?
you can speak English?」
「ゆー、きゃん? うーん……
ユーって言う部分は確かあなたとか君とかって意味の特殊言語だよな?
昔大陸を渡ってきたとかってエルフがそんな事を言っていた気がするけど」
「エルフ?」
「あぁ、フーサン語が苦手そうなエルフだったよ」
(となるとそのエルフは本に書いてあった……?
いや、それよりもこの人はアドバイスの意味を分かって使っている。
でも会話文となると伝わらないのは何故だ?)
「おいカケル君大丈夫か?」
「そうよカケル、何かあったの?」
また考え込んでしまったようで、二人が心配したように声をかけてきた。
「あ~ごめん。 大丈夫。
テイタムさんも急にすみませんした」
ひとまずカケルはテイタムに改めて謝罪をした。
事情が事情なだけに確認の意味を説明することはできないが、カケルとしてはまた一つ収穫を得ることが出来た。
実際何も解決が出来てないので悩みの種が一つ増えたとも言えるが、それでも認識の違いに気付けたので良しとしよう、と一人納得する。
「う~ん。 まぁ悩みがあったら周りに相談しなよ。
俺はもう行くから」
テイタムは納得のいかなそうな様子で言ってから続ける。
「それと、アドバイスは忘れるなよ。
男と男の秘密だからな~」
結局、彼は最後もおちゃらけた様子で手をひらひらと振り去っていった。
しかしその軽い口調の割に、アドバイスという部分にやけに力がこもっているような気がした。
「ねぇ、アドバイスって?」
「男と男の秘密らしいから」
ハルがその内容を聞いてくるが、そう言って何となくはぐらかすカケル。
だが秘密なんて所詮建前であって、あの内容を本人を前にして話すことが出来る無神経さなんてものはあいにく持ち合わせていない。
まして恩人である上、今日もかなり手助けしてもらった相手だ。無駄に軋轢が生じる危険性を作る必要はないだろう。
「むぅ、気になるんだけどな……」
「どうしてもってんならテイタムさんにでも聞いてくだせぇ」
ま、いいけど。といじけた様子で呟くハルに、思わず小動物的な可愛さを感じていると、彼女が気を取り直したように向き直って言う。
「それじゃ、今日はお疲れ。
また来たくなったらユウナを通じてでも言ってちょうだい」
「わかった。 ありがとうな」
「いいえ、それじゃ」
互いに別れを告げ、軽く手を振ってからそれぞれの家へと足を向けた。
帰る道中も、カケルは今日の出来事を整理し、考察し続けた。
特にこの世界の日本語――いや、英語の在り方を。
日本語と英語。この二つ以外の単語を確認してはいないものの、この世界で特に重要な言語はこの二つでほぼ間違いないとカケルは考えていた。
その根拠としては、地図でこの世界の地理を把握した時に、ほぼ地球と変わりないだけの大陸が確認されているにも関わらず確認できた言語が二つだけであるという事だった。
言語というのはそれぞれの生活圏に住む種族ごとに存在するはずのものであるのに。
まして英語に関してはまともに浸透すらしていない。
大陸的な広さで言ったら圧倒的にフーサン国より外の方が大きい上、地続きだってしているのに、だ。
こんなにも不自然で非現実的で、作為的な言語統一はあり得ない。
(――作為的?)
そうだ、作為的なんだ。とカケルの頭の中で何かがカチッとハマった気がした。
英語の在り方が、それにこの二つ以外の言語が、これじゃあまるで封印されているみたいじゃないか。
歴史を重ねる分言語が新しくできても全くおかしくないが、それでもこの世界はこれまでずっと、たった二つの言語で続いてきたのだ。
こんな事が出来る存在、そんな神のような存在が居るのかどうかなんてわからない。が、少なくとも世界全体という単位で何かから影響を受けているのは確実と言っていいだろう。
――この異世界転移にも、もしかしたら無関係では無いのかもしれない。
そこまで考えてカケルはふと顔を見上げる。
「あ、カケルおかえり~。
ユウナちゃんの所行ってたんでしょ? どうだった?」
どうやら考え込んでいる内に商会の前に着いていたようだ。
丁度向かいから歩いてくるサラスに鉢合わせ、声をかけられようやくその事に気付いた。
「まだ初日だから何とも言えないけど、ひとまず俺にも魔力があるってわかったよ」
「そっか~、使えるようになるといいね! 魔法!」
「そうだな。もしかしたら、これから必要になるかもしれないし」
そんな事を話しながら、二人は商会の中へと歩みを進める。
カケルはふと空を見上げて、
(神様の仕業ってんなら、お願いしたら元の世界に帰したりしてくれんのかなぁ)
なんて考えるが、少し前を行ったサラスの呼ぶ声を聞くと、まぁこの世界も中々悪くないかと思うのであった。