十四話 図書館の収穫
コツ……コツ……コツ……コツ……
廊下を歩くと靴の音が良く響く。
「随分静かなんだな、今日は人が居ないのか?」
「ううん。 人が集まるところはここよりもだいぶ遠い場所なの。
本を読んでてうるさかったら嫌じゃない」
まるで経験があるかのようにハルが語る。
ハルがちらっと眼を向けた先には、中庭を挟んで向こう側にある棟があった。
遠目ではあるが楽しそうに笑う集団が見え、目線からも概ねそこが人が集まる場所なんだろうと推測できる。
「ま、確かに集中できるに越した事は無い」
「でしょう!?」
理解者を見つけたとばかりにやや憤りを含んだ物言いで返すハル。
「おおう、なんだ、静かじゃない時もあるのか?」
「いや、相当なことがない限りここが騒がしくなる事は無いけど……
逆に言えばここ以外は大概騒がしいのよ」
「あぁ~、なるほど」
何となくその言葉の真意を理解するカケル。
つまり元の世界の学校に置き換えて例えれば、図書館で本を読む分には集中できる。
が、それを借りて教室に戻ったとしよう。
教室には猿みたいな騒がしい連中が居て、本を読んでても生活音の範疇を遥かに超えた騒音を出す奴らが居るもんだ。
本を読むどころか普通に友達と話してても癇に障る、息をわざわざ大きく吸い込んだような話し声や笑い声。
別に仲が良ければ受け流せる程度のものだろうが、大して仲良くない奴からすれば邪魔者以外の何物でもないだろう。
「ほんと品が無いって言うかなんというか……」
「ははは……」
色々大変なんだな、とハルからにじみ出る怒りが教えてくれるようだった。
✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦
「ここが組合の図書館よ」
「ほ~ん……」
扉を開いた先は、まさに図書館といった様相の。
当然ではあるが多くの本が見え、入ったすぐの所からでもかなりの数の本が置いてあるのが分かる。
すぐ目の前には受付があり、そこには眼鏡をかけたTHE真面目受付嬢という様な女性が居た。
ハルはその女性の元まで行くと、
「館内利用のみでお願い。
それと同伴者一人で」
「かしこまりました。
同伴者の方にはこちらにご署名して頂きます。それと館内利用規約について一応目をお通し下さい」
差し出された紙には、入るにあたっての責任問題がどうのこうのに同意するかどうかのサインを求める内容が書かれていたので、サラッと目を通してサインする。
利用規約はラミネート加工されたような紙が受付の所にあったので、これもまたサラッと目を通す。
「はい、大丈夫です」
「――――はい、問題ありません。
ではこちらを首にかけてお入りください。 ごゆっくりどうぞ」
青い紙を紐で結んだ物を渡され中へ促される。
それを言われた通りに首にかけて、
「あざっす」
と言って、受付の女性に軽く会釈をして中に入っていく。
すると、
「ほ~~」
と思わず感嘆のため息が漏れる。
何があったか、と言えば本であることに違いないのだが、まずはその量だ。
入る前は一室分程度の規模なのかと思っていたが、それはとんだ勘違いだったことが眼前の光景で証明されている。
そこにはここの棟と同じ分程度の高さで吹き抜けとなった空間があり、所狭しと満杯の本棚が置かれているのだ。
高さはおおよそ4m程度で区切られて、その上にまた通路がある。という構造になっていて、それが見える限りでは五層分程度あるので相当な高さになっている。
「こりゃ凄いなぁ……」
「ふふ、これでもこの街では三番目程度の大きさなのよ」
「こ、これで三番目……!?」
吹き抜けから上を見上げるカケルの姿に、思わず笑ってしまいながら言うハル。
その言葉に信じられないと顔を引きつらせて驚くカケル。
「さっ、お目当ての物でも探しましょ。
歴史物は一階と五階にあるけど……まずは一階の物から見ましょうか」
そう言って歩き始めるハルの後ろを慌てて追いかけるカケル。
その道中にも本棚の中を確認したりしてみるのだが、
(魔法と星の関連性、魔法行使における制御率での変動、自然から流用する魔素の変換式……
何の事やらさっぱりだな)
全く持って魔法について知識がないカケルには、もはや文字を見るだけで混乱してきてしまう。
こんなもので大丈夫なのかと不安になるが、
「ここに歴史物の本が色々あるから、何か読みたいのがあったらあそこにある机に持って行って読むといいわ」
「お、おう。 ありがとう」
「どういたしまして。 私も読みたいものがあるか探してくるから」
「わかった」
それだけ言ってハルは違う方へ歩いて行ってしまう。
残されたカケルはふぅ、と一息ついて、
「とりあえず色々見てみるか」
と、膨大な数の本を前に呟いた。
✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦✧✦
「とりあえずこんなもんか……」
そう言って疲れたように息を吐いたカケルの前には、五冊ほどの本があった。
たった五冊? と思うかもしれないが、膨大な数から厳選に厳選を重ねた本であり、その厳選に使った労力はカケルの気力を大いに奪ってくれたのである。
ともあれその五冊をハルに言われた通り机へと持っていき、椅子に座って読み始める。
(まずは、この国について色々調べんとな)
そう考えると、『フーサン国の全て』と題された本を手に取った。
読み始めると、色々と気になっていた事がそこには記されていた。
まずこの国に流通している貨幣について。
日本と多少の違いはあれど物価にはあまり変わりはなさそうで、単位は円ではなくウェンと呼ばれ、基本的にそれは硬貨で取引されており、1~10,000ウェンの硬貨がある。
これについて気になると言えばやはり硬貨の名前だろう。
ウェンとはされているが、サラスとの買い物の際に聞いた感じでは発音自体はエンに似ている。
その時は自動翻訳か何かでも働いてるのかと思ったが、こう書物にまで記されてる辺りどうやらそんな事はなさそうだ。
次に、ここ王都ウィンフルールはフーサン国のいわゆる首都であるという事。
これ自体は名前からある程度汲み取れていたのだが、問題はその場所――というよりもこの国全体を地図で見て気付いた内容だ。
(細かい所まではわからないけど、これどう考えても日本と同じような形しているよな……)
そう、日本とここフーサン国の地図上の形が相当似ているのだ。
そして王都のある位置が、
(これ多分東京都と同じ様な位置だよなぁ――って、あれ? もしかして……)
とここまで考えてカケルはある事に気付く。
(フーサンって扶桑の事か? 確か扶桑の英語読みがそんな名前だった気が……
日本でも昔扶桑と呼んでいた事があったとか、聞いた事がある気がするけど)
何かが結び付きそうで結び付かない。
ここまで色々と分かってきているのにハッキリしないモヤモヤがカケルにはあった。
だが答えの出ないものを考え込んでも仕方が無い。
ひとまずこのモヤモヤを無視して更に読み進めていく。
そうしていくと、その中にある一つの文がカケルの目に入った。
(フーサン語が思うように話せない地域とその差分?)
どういうことだ? と考えるカケル。
だが更に読み進めていく事で、この本が言わんとすることが分かった。
(フーサン語が苦手だが特殊言語に精通している種族。特殊言語……? てかこれってもしかしていわゆるアメリカ人とかカナダ人とかって事か? その生活域は……)
とページをめくり探す。 すると、
(――あった! 間違いない、この辺りは北アメリカと同じような位置だ。
それに特殊言語……これに関しては英語と考えておくのが妥当っぽいな。
けど他の大陸はこの場合どうなるんだ?)
様々な事が判明していき考え込むカケル。
するとそこに、
「そんな難しい顔してどうしたの? 何かわからない事でもあった?」
とハルが本を持ってやってきた。
持ってきた本を机に置くと横からこちらをのぞき込んで、
「なになに? ……大陸毎のフーサン語の浸透率?
これの何が引っかかるの?」
「いやさ、フーサン語が上手く話せない種族が居るのは分かったんだけど、その種族って特殊言語で会話しているのか?」
「んん? それは無いと思うよ?
だって特殊言語は基本的に単語で意味を成すものだから」
「え?」
(単語で意味を成す?? いや、それじゃおかしくないか?
じゃなきゃ日常的に会話している言語が苦手になるはずがない)
とまた考え込んで、カケルはハルに一つ確認する事にした。
「ハル、 you can speak English?」
(どうだ……?)
「……? ゆーきゃん? どういう事?」
「――!」
ビンゴだ。 そう思った。
カケルが確かめたかったのは英語の伝わる範囲。
日本でもこの程度の言葉なら中学生辺りで既に通じる――つまり少なくともここフーサン国では、英語の浸透率が元の世界と比べて著しく下がってることが分かった。
そしてカフェのサンドイッチとコーヒー
これらの単語も、恐らく詳しい意味を理解して使ってるわけではないだろうと推測するカケル。
(けど何でだ? それらの単語があって文章としての英語が伝わらない意味って……?)
んんんんんと新たに出てきた疑問に頭を抱えるカケル。
「いやぁすまん。 駄目だ何も答えが出んかった。
聞いといてごめんな」
「いやいや。 気にしなくていいよ」
そう言って対面に座って本を読み始めるハル。
(少なくとも収穫はあったけど……こんな調子じゃ後四冊読むのも疲れそうだなぁ……)
まだまだ知るべき事は多そうだ、と大きくため息をつくカケルだった。
この図書館のイメージは、ドイツのシュトゥットガルト市立図書館を全体的に木製にしたような感じです。
気になる方はぜひ調べてみて下さい。