十一話 付与魔術師の少女
さてさて、この子がどういう立ち位置になるか。
「で、これはどういう状況なんだ? ノイ」
半目でノイを睨んで質問するカケル。
何時ものように仕事後にトレーニングをしようとノイの元へ行くと食堂で待つように言われ、言われた通り食堂の椅子に座って待っていたのだが、意気揚々と戻ってきたノイに思わずそう言いたくなる状況が出来上がった。
「言っただろ、案があるって!
この子にお前が魔力を使えるようにしてもらうのさ!」
対してノイは得意げに腕を組んで言い放つ。
そしてカケルの目の前に居るのが、
「えと、どうやらそうみたいです……」
綺麗な水色――よりももっと透き通った空色の髪色で、少し目じりの下がった常に困り顔をしてるように見える可愛らしい少女だ。
その少女はと言うと、以前ノイが押し掛けた場所に居たユウナという少女なのだが、そのユウナが困ったように同調していた。
「はぁ……なんか巻き込む形になって悪いな」
「あ、いえいえ! むしろお役に立てるかどうか……」
うつむき加減にもじもじしながら言うユウナ。
その様子にますます申し訳なく感じてくる。
「ユウナはな、この街でも指折りの付与魔術師なんだぜ?
俺の武器もこいつの魔術を加えてもらっててな、実力は折り紙付きだ。
俺が保証するぜ」
自分の事のように自慢するノイに呆れを覚えるカケルだったが、その言葉を聞いて改めてユウナを見てみる。
かなり小さく華奢な見た目からは想像出来ないが、魔術とはそもそも見た目で分かるものではない。
もしかしたら見た目で測ることも出来るかもしれないが、カケルにはてんでさっぱりだ。
だがノイがその実力に太鼓判を押すのだから確かな腕前なのだろう。
「そんじゃユウナ、後は頼んだぜ」
「っておい、お前は一緒じゃないのかよ!」
「だって俺魔力使えるし。
見ててもどうせ暇だし」
尻を掻きながら腑抜け顔で返すノイに思わず青筋を立てそうになるが、拳を握り落ち着く。
「ほんじゃ、また後でな」
さっさと手を振って行ってしまうノイを見て盛大に溜息を吐く。
奴はそういう人間なのだ。仕方が無い。
「さて、じゃあひとまずは自己紹介からかな?
俺の名前はカケル。よろしく頼む」
「わ、私はユウナです。
一応この街でお父さんと一緒に工房をやってて、そこで付与魔術師として働かせてもらってます」
「それなんだけどさ、付与魔術ってどんなのなんだ?
武器の性能を上げたりって事か?」
「基本的にはそんな感じです。
簡単なものだと、刃こぼれがしにくくなるようにしたり錆びにくくしたりみたいな……」
「へぇ~、便利なもんだな」
この世界にゲーム的なシステムがある事に驚く。
「とと、何時までも立ち話ってのもあれだな。
何処かに移動する必要でもあるか?」
「あ、う~ん……そうですね。
じゃあうちの工房の裏庭に行きましょう。
魔術的要素のあるものも多く取り扱っているので」
「了解。それじゃ早速行こうか」
これからの予定を決め、二人は工房に向かって歩き出した。
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工房を着くまでの間に二人は様々な事を話していた。
特にこれからは一応先生と生徒のような関係になるので、お互いの事をもっと知っておこうという利害が一致した為か、意外にも会話は弾んでいた。
「えぇ~! カケルさんって私と同い年だったんですか!
落ち着いてるし、大人みたいだから年上だとばかり……」
「いやいや、全然全然」
カケルの年齢を聞いて大げさなまでに驚くユウナ。
だがこの世界に来てそう言われたのは初めてで、むしろ子供っぽく見られていた事もありつい照れてしまう。
思わず顔を背けて手でそんな事無いよとジャスチャーする。
「そう言えばサラスの事も知ってるんだっけ?」
「あ、はい! 同い年だしよく一緒にご飯を食べたりしてるんです」
「へぇ、そうなんだね。
アイツ最初は俺の事年下だと思ったみたいでさ」
「私もです! 同い年ってわかった時はすっごく驚いてて……
口をあんぐり開けて面白い顔だったんですよ」
「その顔、もしかしたら俺にした顔と同じかも」
ふふふと口に手を添えて笑うユウナにつられ、サラスには悪いが本人の居ないところで彼女をいじって笑ってしまう。
初対面の時は互いに少し緊張が見られたが、会話も弾んですっかり打ち解けた印象だ。
「そうだ。
同い年なんだし敬語とか使わなくていいよ」
「あ、じゃあそうしま……じゃなくてそうする!」
眩しく笑う彼女に思わず見とれてしまう。
距離が縮まった感覚に気恥ずかしくなって、何か話題はないかと口を開く。
「あ、そうだ……えーっと、俺なんて呼べばいいかな?」
話しかける時に今まで名前を呼んでない事に気付き、呼び方に戸惑うカケル。
頬を掻きながら聞いてくる彼に、
「好きな呼び方でいいよ、お任せします」
「えぇ~。
じゃあ……ユウナ……ちゃんかな?」
「はいっ」
おどけた様子で呼び方を任され、迷った挙句呼び捨てにする勇気が出なかったカケルはちゃん付けで呼んでみる。それに対し、ユウナは手を小さく上げる仕草をしながら返事を返してくれた。
その姿を見たカケルは思わず、
(か、可愛いなおい……)
と愛らしい姿にたまらず衝撃を受ける。
が気取られぬようその衝撃を何とか抑え込んで会話を続行する。
「ユウナちゃん、今と最初とじゃ結構印象変わるね。
割と人見知りするタイプ?」
「あぁ~、うん。そうなの。
それなりに激しい方でさ、中々打ち解けられなくて……
カケル君は同い年だしなんとなく雰囲気も安心するっていうか、ここの人ってちょっと荒々しいからビクビクしちゃうんだ」
と告白するユウナ。
確かに最初はオドオドしていたな、と思い返す。
「ってユウナちゃんどっかから引っ越してきたの?」
「え!? う、ううん、元々この街の出身でずっとここで育ってきたよ。
ただ小さい時は家によく居たから……」
「……? そっか。まぁ確かにここの人は皆声デカいし、ヤケに元気だしなぁ」
ユウナの返答が変に動揺していた気がしたが、思い当たる節が無くも無いと同意を示す。
そのような感じでしばらく会話をしながら歩いていると、ユウナがそろそろだよと声をかけてくる。
「ほら見えてきた。
あの変わった煙突が立ってる建物が私の家なんだけど……」
「えーと……――なんていうか特徴的な家ですね……」
「ま、まぁ工房兼家だから仕方ない部分はあるんだけどね……?」
と何故二人が少し言葉に詰まった理由はその建物の風貌にある。
形自体は少し大きめの至って普通な家なのだが、問題はユウナの言った煙突にある。
屋根の上にある煙突は少々特殊な物だった。
一直線に生える煙突が最も一般的、と言うよりは当たり前のイメージなのだが、ユウナの家の煙突はグネグネ曲がったり途中で新しい煙突が飛び出していたりと、要は奇抜な様相なのだ。
「うん……まぁそういう家なんだなぁって、思っとく」
「気遣いが心に染みるよ……」
それなりに苦労している様子のユウナに同情する。
何となく不安な気持ちを思い出すが、ここまで来た手前もう後戻りは出来ないとカケルは腹をくくるのであった。
「がんばろ……」