十話 最低限の特訓を
新キャラでるゾ~
シグルス・グリフダート
その男は紛う事無き天才だった。
幼少期から既にその才能で他を圧倒し、10歳になる頃には大人でも彼に敵う者は居なくなっていた。
魔力の扱いに長け、体術でも右に出る者は居ない。にも関わらず決して驕ることは無く、常に謙虚な好青年として周囲からの評価も常に高い存在となり、いつの間にか王国一の戦力と呼ばれるようにまでなっていたのだ。
国中の少年は彼のようになることを望み、少女は彼のような男性と共にありたいと望んだ。
日本で言うアイドルのようなものである。
民衆は彼に多くの期待を寄せ、彼もまたその期待に違わない活躍を見せ続けていた。
そしてこれからも多くの人の憧れとして、その輝かしい人生を歩み続ける事に違いないだろう。
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「大変だねぇ~」
芝生に寝転がり、ふわぁっと欠伸をしながら言う。
「大変? 羨ましいならわかるが、何故大変なんだ?」
「他者に期待され続けながら生きるなんて、俺には到底無理な話だから。
いくら完璧超人になれてもそれだけはごめんだね」
「わからなくもないがなぁ……」
顎に手を当て考える。
「やっぱ俺はキラキラ輝いてみたい人生だったぜ?
こうも女っ気がねぇとなぁ……」
「俺にはアンタの方が男らしく見えるよ、ノイ」
ジョリ、と無精ひげを撫でながらこちらを見るノイ。
「そりゃ物好きな事で、お礼に午後は体力作りと行こうかカケル」
「うへぇ、褒め損だったなこりゃ」
軽口を叩く程にまで仲良くなった二人だが、これにはある事情があった。
先日の魔物の襲撃を受けて、カケルはこの世界での自分の無力さを痛感した。
誰かを守るなんて大層な事は言いはしないが、せめて自衛手段程度は欲しいと考え、戦闘のノウハウをノイから教わろうと決めたのである。
身近に戦闘の心得があり、かつ教えてくれそうな人間は彼しか居なかったからだ。
訓練を付けてもらいたい旨を伝えると、ノイは案外あっさり了承してくれた。
カケルの考えでは、ノイの実力は高い方だと思われた。
襲撃後、合流したノイの姿には目立った傷が無い事に気付いた事から推測したのだが、事実怪我人が多数出た点などから考えてもその推測に大筋間違いはないだろう。
それから二週間程経ち、カケルの傷も癒えた頃に訓練を始めたのだが、ここで幾つか問題が生じた。
まず初めに、カケルには扱える武器の類が何一つ無いのだ。
剣道でもやっていれば剣を使えたかもしれないし、なにかしら武術でも習っていれば基礎があったかもしれない。しかしカケルがやっていたのはバスケットボールだけであった。
とはいえ体はアスリート体型と呼べる程度には鍛えてあったし、それなりにフットワークも軽いつもりだったが、戦闘において必要な技術や心構えなんてものは教わっていない。
なのでまずは戦闘スタイルから固めていくことにしたのだが、今更武器を使うにも無理がある。
余程才能があるなら話は別だが。
そこでどんな戦闘手段を選んだかと言うと、徒手空拳。要は何も持たず身一つで戦うと言う事にした。
とは言え流石に攻撃を受け止める手段が何も無いのも厄介なので、小刀程度の刃物は持つことにしたが基本はそれだけである。
喧嘩すらほぼ経験が無いカケルにとって殴る蹴る等の行為は余り慣れていなかったが、幸いな事に、体を動かすという点においてカケルは非常に優れていたようだ。
運動神経がいいと言ったらそれまでだが、何をやらせてもそれなりに出来るのがカケルの特徴であり、加えて記憶力も良い方だったカケルは、ノイの動きを出来るだけ映像として覚える事で立ち回り方を染み込ませていった。
故にそれが功を奏し、ノイの教えた戦闘におけるある程度の形等に関してはかなり呑み込みが早く、今はそれを更に洗練させていく過程まで進んでいた。
しかし問題はまだある。
カケルには魔力が使えない、というよりも正確には使い方が分からないという事。
それもそのはず、地球での生活において魔力が必要になる場面等無い上に存在すら空想上の話だったのだ。
なので、まずは魔力の流れを掴む所から始めたいのだが――
「あいにく俺は魔力に関しては感覚主義でな……
使い方となると教える事が出来ないんだよ」
とノイは早くもお手上げの様子。
つまり魔力の使い方に関しては他の人間に教わるしかない。
しかし使い方と言っても、この世界の人にとって魔力とは使えて当たり前の物である。
皆が幼少期の頃に立ったり歩いたりが出来るようになる様に自然と使い方が身に着く物なので、今更どうやるか教えろと言われても難しいものなのだ。
「とは言え魔力が使えないとまともに戦えない可能性すらあるぞ……
身近に魔力の扱いが上手そうなやつって……居ないよなぁ」
簡単に家を崩し、人を一突きで絶命させるような魔物があれ程大量に現れる事があるのだ。
珍しい事態だったと言えばそこまでだが、いざその事態に直面するとどうだ。
力の持たない自分を含めた一般市民は、ガタガタ震えて守ってくれる存在に縋る事しか出来ない。
いや、守ってくれる存在が居るだけマシだろう。実際衛兵は数の暴力に屈し、騎士団を訪ねた時にはそんな存在すらも無く、あの化け物相手に命を握られ弄ばれただけだ。
あの時シグルスが来なければ、と言ってきたハイトと呼ばれる少年の言葉がどれほど正しかったがよく分かる。
今ここで生きている事は奇跡と言っても過言では無い。
奇跡的に化け物が殺すことを先延ばしにし、奇跡的に攻撃を避け続け、奇跡的に最高のタイミングでシグルスが来てくれた。全てが運の上に成り立っている。
だからこそ実力で命を繋げる力を欲し、その為に必要不可欠な魔力を使えるようになりたいのだが……
考えてもそんな都合のいい人材が出てこない。
そうやって思案しているカケルを見たノイがよし、と言ってカケルの肩を叩く。
「俺に一つ案がある!」
「案? それってまともな奴?」
「そりゃそうだとも! ちっとばっかし癖はあるけどな!」
「まともじゃなくね?それ」
そう言い残しノイは何処かへ行ってしまった。
その後ろ姿に不安を覚えるカケルだが、
「まぁ魔力が使えるようになるならいいか」
何とか自分を納得させる様にそう呟いた。
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そんなノイは現在ある建物の前に立っている。
彼はニイッと笑った後にす~っと息を吸い込むと、思い切り建物のドアを開け放ち、
「お~い、ユウナ居るか~!!」
「ひよっ!!!?!??!」
建物の中は薄暗いが、武器や杖が置かれている事が窺えた。
どうやらここは武器を取り扱う工房のようだ。
中には、先程何とも奇怪な声を上げてビクッと跳ね上がり驚いた様子の女の子と、
「ノイ……テメェもう少し静かに入れねぇかって毎回言ってるよな?」
「ははは! 悪い悪い!
ユウナの驚き方が毎回面白いもんでつい、な!」
裸電球のようなライトの元で作業をしていたであろう様子の、耳を塞ぎながら顔をしかめるスキンヘッドのムキムキマッチョな中年の男性が居た。
「ったく、でユウナになんか用でもあんのか?」
「ああ、そうだ。
なぁユウナ、お前にちょっと頼みたいことがあんだけどよ……」
「は、はい……?」
「魔力の使い方を教えて欲しんだ」
「おいおい、ユウナの技盗もうってんなら俺が許可しねぇぞ」
マッチョがそう言って話を遮ってくるが、
「あぁいや、そんなんじゃねぇさ。
言葉通りの意味で魔力の使い方を教えて欲しいんだよ」
「ああ? どういう事だ? お前は十分に魔力を使いこなせてるだろ」
「教えて欲しいのは俺じゃないさ」
「て言うとガキ相手にでも指導してくれってか?」
「いんや、全然ユウナと同じ位の奴」
「はぁ!? その程度なら魔力位扱えるだろ!?」
自分を挟んで会話が飛び交うもので、ユウナと呼ばれた少女は発言者を交互に見ながらなんとか状況を把握しようとする。
「それがてんで使えねんだこれが。
というか魔力があんのかどうかもわからないらしい」
「な、なんだそら」
謎が深まっていくばかりのマッチョを無視し、ユウナに近付き肩に手をポンと置くノイ。
「な、なんですか……?」
「そう言う事だ、頼んだよユイ」
「どどど、どういう事ですか~~!!!」
あわあわする少女に肩を置きニヤニヤする壮年、そして腕を組んでうなるマッチョ。
カオスである。
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「アイツマジで大丈夫だろうな……」
カケルは未だ悩んでた。
「考えても仕方ねぇか、今は出来ることをするだけだ」
そう言って無理矢理自分を納得させる。
しかし、カケルにはまだまだ解決できてない疑問が沢山あった。
(何故日本語が使われているのか、何故日本語を話すのに日本名ではないのか、地球との環境の相違点についても気になる。
なにより――何故俺がこの世界に転移させられたのか。それを知る必要があるな。)
カケルの脳はまだ回り続ける。