8話 料理人とメイドはとある村を放っておけませんでした!(1)
「……うわあ……綺麗な村だなあ」
ガーディアンを手早く片付けて2日。
二人と一軍隊は、王都までの中継地だという小さな村にたどり着いていた。
花が美しく咲き乱れ、水車の回る静かな村だ。
この海に面した国、ライメールの王都までは、馬で4日。
故に、中継地での休憩は必至であった。
「そうでしょうとも、そうでしょうとも!」
鼻息荒く、軍隊を率いてきた大臣が言った。
軍隊の本体は村の近くで野営させ、それを率いてきた大臣と、勇者、聖女だけが宿屋に泊まる事になった。
それ故に、三人だけで村の中、別行動している現状であった。
「ここフローティスは小さいですが、観光地として有名でしてな!それはもう良い果実が採れるのですよ、わたくしも実はここのバレンジのファンでして……夕食には美味しいバレンジのパイが出るのではないですかな!」
ツルピカ頭の大臣は、人の良さそうな顔を紅潮させる。卵型の体型も相まってコミカルな雰囲気だ。
この地を愛しているということが心から伝わってくるタイプの好人物で、ユーリィは勿論、隣にいたアストレアも好感を持ったようだった。
「そうなんですか〜、ふふふ、バレンジのパイ……楽しみにしておきますねぇ」
「ええ、ええ!そちらのメイドさんも料理人殿も、是非味わっていただきたく……」
段々と日が落ちていく中で、三人は談笑しながら宿屋に向かった。
…………向かった…………のだが。
「……え?」
期待していた夕食は、あまりに簡素だった。
彼が語っていたパイをはじめとした、観光地らしい食事など何処にもない。
硬いパン。乾燥モロコシをすり潰したらしいスープ。萎びたような野菜のサラダ。それから牛乳。それだけだ。
運んできた娘はやつれた顔をしていて、丁寧に頭を下げたが表情は暗かった。
「……なっ、なっ、なんだこれは!わ、私を馬鹿にしているのですかな!?」
「きゃっ……!」
ダンッ、と大臣が机を叩き、娘が小さく悲鳴を上げる。
「だ、大臣、落ち着い……」
大臣は涙ぐんでいた。
「えっ」
「うっ……うっ……外からのお客人とご一緒して、久々に大好きなパイが食べられると……うぅぅ……」
やっぱりなんかこの人憎めないんだよなあ……と勇者は思った。
しかし、大臣を泣かせてしまった娘はそう呑気にも構えられなかったらしく、ぺこぺこと何度も頭を下げた。
「も、申し訳ございません!……本当に。我が村は、今年……とても状況が苦しくて……これでも、精一杯なのです!」
「精一杯……どういうことか、教えてくれない?……私たちも気になるの」
アストレアのあまあい響きが声から消える。真面目な顔をして娘の手を取った彼女の横顔は聖女然、否、聖職者然としていて。
優しく手を取られた娘は少し躊躇った後に口を開いた。
「……今年は、初夏から暑くて。……蜂型の魔物が……ラジビーが大量に沸いたのです。バレンジも、麦も、全てが食い尽くされました」
「ラジビーだと……!」
大臣の声が裏返った。
「大人十人入れる程の巨大な巣を作り、人を襲う雑食蜂ではないか!くっ、それが私のバレンジや、民の食料を……」
……巣。
蜂の巣。
困り果てて泣きそうな娘と、パイが食べられなくて泣いている大臣を前に、勇者は全く別の事を考えていた。
「なあレア」
「なあに?」
「あのさ、ちょっと手伝ってほしいことが」
「……ユーリィのお菓子がご褒美なら?」
「了解。大皿一杯、いや二杯だ」
「乗った」
「交渉成立」
ぱん、っと軽くハイタッチ。
「すみません、大臣、娘さん。……俺たちがその魔物、今晩なんとかしてみせましょう。上手くすれば、いい事もあるかもしれません」
「えっ……しかし、ご両人……」
大臣は目を白黒させ、真っ白い服の料理人と、メイド服の少女を見た。
「お二人は、その……」
「あー、えーと、戦闘得意な料理人とメイドなんです!俺たち!」
勇者は強引に話を押し切った。
夜が来た。
昼間のうちに、夜に魔物退治をするという事を村の人間に伝えた二人は、夜が迫ると同時に町外れにやってきた。
大臣は兵を動かすと言ってくれたのだが、それは丁重にお断りした。
魔王に比べたら、二人で充分だ。
「気合い入れていこうね、ユーリィ」
「まあ蜂退治くらいなら楽に行けると思うんだ、ただ最後の工程にちょっと気を遣うっていうか……あれ?」
………誰もいない町外れのはずなのに、勇者は幾人もの人影を見つけて緑の目をぱちりとさせた。
若い男ばかりである。数人女も混じっている。
格好から分かる、フローティス村の村人たちだ。
「あれっ」
「あ、来た来た!旅人さーん!」
「あ、ええと、どうも。皆さんこんな時間に何を?」
「手伝いに来たんだよ!二人だけに任せちゃおけねえ、しかも本職料理人とメイドじゃないか?戦闘ができるったってそこまでじゃないんだろ?」
「えー……あー……」
実は魔王を倒した料理人とメイドなんですとは言えずに、ユーリィは適当な笑いで話を変えた。
「じゃあ、皆さんには村近くの警戒をお願いします。俺とレアが取り逃がしたやつが行くかもしれないので」
「おう、分かった!背中は任せろ!」
どやどや、と足音を立てて村の入り口辺りに彼らは固まり、それぞれに気合を入れる。
一匹も漏らすつもりはないけども、とユーリィは密かに決意を固めた。
ラジビーはああ見えて危険な魔物である。一匹ならいいかもしれないが、二匹目、三匹目が村人たちのところに向かったら、どうなるか。
心優しい彼らを、そんな目に遭わせるわけにはいかない。
「ユーリィ、そろそろ」
「了解!」
背中から引き抜いたフライパンを構える。
「……本当格好つかないよなあこれ」
「ふふ。じゃあ今度は包丁にしてみたら?」
「ただの危険人物だろそれ!」
夜が帳を下ろす。
ブゥン、ブゥン、と聞こえていた魔物たちの羽音がやがて、静まった。
前後編です、続きます。