7話 元勇者の料理人と元聖女のメイドの乗った古代船は港に到着しました!
「……なんだ、ありゃあ」
その日の騒動は、平和な水平線に漁師が妙な影を見つけたところから始まった。
「船みたいなもんが近づいてくるが……」
「船にしちゃあ影がおかしくないですかい?親方」
「うーん……?」
彼らは首を傾けてゆっくりと動く影を見ていたが、それが姿を表すにつれ、動揺が走った。
「し、城……!?」
「半球体の上に城が乗ってやがる、あれ、隣国の兵器とかじゃあないですよね!?」
「阿呆、ありゃ古代技術の船だ!俺らじゃあ太刀打ちできねえ程の技術の文明の船だよ!神の船とか言われてるやつだ!」
「さすが親方、物知りぃ!」
「うるせえ!兵隊さんに報告してこい、ほら早く!」
漁師の子分は、すっ飛んで兵士に船影の事を教えに行った。
その知らせが早馬で都に届く頃には、船は随分とその国の縁に接近しており、王は慌てて軍隊を借りだした。
「撃てーー!!」
海軍の船が、次々に砲撃を仕掛ける。
どんな技術かもわからないが、半球状のくせして傾きもせずにバランスを取っている船の周りに、水柱が立つ。
暫く本体に攻撃を当てても凹みもしない。そのうち、船に魔法障壁が張られたか、弾すら届かなくなった。
「攻撃、当たりません!」
「傷一つ付けられません、どうしましょう!?」
海軍を率いる大将軍は、口ひげをしきりに弄っていたが、怒鳴った。
「どんどん撃つんだよ!どんな敵が乗ってるか分からん!撃て、撃て、撃ちまくれ!」
「はっ、はい!」
『ーーーッ』
ーーーキィン。
ふいに耳をつんざくような音がして、兵士たちは一斉に耳を抑えた。
「古代兵器の通信か!?」
「そのようです!通信妨害、できません!何を言ってくるか……!」
謎の城から放たれた音は、暫くすると……声を形作って、言った。
『あっ、あの………』
若い男の声だ。
「貴様、何者だ!」
魔力で拡散された将軍の声があちらに届いたのか、声は暫し沈黙する。
海軍のトップである老人は、その沈黙から読み取れるものを探した。自分たちの立場を証明できなくて考えている?それとも、こちらに対する脅迫の文言でも思案している?それとも……最悪の場合は、攻撃を撃ち込む準備をしているか。
物騒な想像ばかりしていたので、反応が一拍遅れたのは仕方のないことだった。
声は、困ったように告げた。
『えー……あー……ただの、旅の料理人とメイドです。そちらの国に、入れていただければ嬉しいのですが……』
「……は?」
ーーは?
ーーーーはあ?
兵士たちが、『ただの旅の料理人とメイドが古代の船で港に乗り付けてきた』という意味不明な報告を王にしていた頃、城のキッチンではいい匂いがしていた。
「昔の食材まで残ってるとはなあ……古代の保存技術ってすごいよ。これで結構持つんじゃないか?料理して人をもてなすなら」
「そうだねえ、うん。ユーリィのお料理美味しいから、きっとみんな喜んでくれるよ」
「まあ今作ったマフィンは誰かさんが全部食ったけど」
「だめ?」
「………。だめじゃないです……」
勇者はアストレアに弱かった。
淡い桃色の髪をさらさらと揺らして、大きな瞳で見上げられるとだめなんて言えるわけがないのである。
王や兵士たちがどんな形であれ城に来るだろうと思って焼いたマフィンは、嫁の腹に消えたので、勇者は新しいマフィンのための生地を量産していた。
その横で、アストレアがメイドとしての能力をフルに発揮して台所をピカピカに磨き上げる。
砲弾がばんばん飛んできて城にぶち当たっている中、勇者と聖女は古代のテクノロジーであふれた城のキッチンでのんびりしていたのであった。
「そろそろ兵士さんたちが来る頃かなあ」
「港につけて扉開けといたから、来るんじゃないか?」
「……あっ!」
不意にアストレアが大声を出したので、マフィン生地がちょっと飛んでシンクを汚した。
「ど、どうしたんだよ」
「……。私達、巡回のガーディアン全部倒した……?」
勇者は沈黙し、走り出した。
「レア、強化!」
「はあい!」
城の入り口に向かってひた走る。
うわあああ、ぎゃあああ、と悲鳴が聞こえる。阿鼻叫喚だ!
この古代船は、元々無人だった。
無人の船には守護者、鎧でできた巨人のようなガーディアンがいて、中を守っていた。
ユーリィとアストレアは奥までたどり着きはしたが、全部倒してはいない。最短距離にいるやつをぶっ倒しただけだ。つまり……。
「おたすけえええ!」
「くそっ、来るな、くそっ!!」
やばい。
もう何人か倒れている。
「下がってください!俺がやります!!」
元勇者の料理人は、強化されてぎらぎらに光るフライパンで、隣国の兵士たちに襲いかかっているガーディアンをぺしゃんこに叩き潰した。
続いて、元聖女のメイドが光るはたきから迸る光の魔法で、ガーディアンを焼いた。
兵士たちはぽかんとして、二人を見た。
古代船の中から突然人が現れた。
しかも、フライパンとはたきを振り回して、自分たちが手も足も出なかった敵を、あっさり殲滅してしまった。数秒の間に。
フライパンとはたきを振り回して。
「あ、あんたたちに……陛下が、その……逢いたいと……。その、あんたたちが……この城の持ち主の……?」
「はい。ただの旅の料理人と、メイドです」
勇者は爽やかに言った。
……………。
嘘つけ、とその場にいた兵士たちの誰もが思った。
港になんとか入れました。次は、二人がいよいよ隣国へ。王様に会いに行きます。