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6話 元勇者な料理人と元聖女なメイドはやっぱり最強でした!

 魔力で編まれた巨大な鍋をかき回す勇者。

 こんな妙な光景は余程の機会でもないと見ることがないだろう。


 中身は溶岩と、小動物の肉と、その辺りに生えていた竜が好みそうな葉っぱ、すりつぶした果肉。

 肉に近い感触を与えてくる木の実をすり潰し、ハーブに近い香りを漂わせる葉をちぎって鍋に放り込んで、とにかく嗅覚に届く事を目的とした代物だ。


「引っかかれ……引っかかれぇぇええ……!」


 暫くすると、煮込まれた葉と木の実が芳香を放ち始める。

 それに反応した竜たちが、こちらに目を向けて次々に舞い降りてきたーー……その矢先。

 勇者のフライパンが一閃した。


 真っ白なパリッとした料理人服、赤いスカーフを靡かせて。


「悪い、ちょっと眠っててくれ!」


 光のようにフライパンが中空に弧を描く。

 竜たちを次々に峰打ちして、地面に落としていく。

 その速度は疾風迅雷、料理人クラスに例えるならば高速千切りを思わせるような処理速度であった。


「……うん、すごいすごい!お疲れ様!」


 アストレアがにこにこしながら言う。飛びかかってくる竜を両手で持ったはたきでしばき倒し、地面に叩き落とす。

 ただし、殺さないような塩梅で。

 できるメイドは下手な被害を増やさない。


「じゃ、……竜たちが気絶したところで。……詠唱頼む!」

「はあい」


 ユーリィは火口の中を、ある程度の距離を取って覗き込んだ。


 その、奥に。

 火口の途中の出っ張りのようになったところに、落ちているものがある。




 ーーそれは、船だった。




 否、船といっても……自分たちが普段乗っているような、木の船ではない。

 金属でできた船。船の上に、城のような建物が見える。かつての古代の時代、魔力で走っていたと言われる古代船だ!


 いつ、あそこに落ちてきたのか。

 なぜ、あそこに落ちているのか。

 それは分からないけれど。謎の技術で今もその銅色の壁は輝き、多少砂埃で汚れてはいるものの剣の表面のような光を放っている。


「ふふ、ユーリィは昔から運が良かったけど……今回も、こういうところで幸運だねえ」

「えっ、俺そんなに運良かったっけ?」

「自分のおうちの壁に勇者の剣がかかってて〜……とか……?」

「あー……」

「旅の途中で、何度か危なくなったこともあったけど〜……首の皮一枚つながるみたいな……?」

「そうですね……」


 完全に安全にならないところは、勇者の勇者たる所以か。

 まあ、なにはともあれ、あの古代船。


(俺の力と、レアの魔力があれば……!)


 動かせるはずだ。


 いちか、ばちか。

 ダメかもしれない。でも、行けるかもしれない。

 息を吸い込んだ。


「詠唱、完了!風属性防御膜展開するね……!」

「おう!」


 アストレアの、普段はあまい声が、いつになく凛々しい。

 はたきを杖代わりにする詠唱はなんともシュールだが、その力は本物だ。いくらヘッドドレスをつけていようと。レースのガーターベルトとロングスカートメイド服だろうと。

 風の膜に守られた二人は、ゆっくりと火口の中へ降りていく。熱を散らして、魔力で身を守りながら。


「……動くかな」

「動かなかったら、動かせばいいんだよ」


 アストレアは瞳を細めてのんびりと言った。

 それは、聖女と呼ばれた莫大な魔力を持つ者の圧倒的自信だった。


「ただ、その前に」


 古代船の入り口に、ユーリィは風に守られた手をかける。

 ぎしっ、ぎしっ、と音を立てるそれを外すと、鍵が馬鹿になっていたのか、轟音を立てて金属製の扉が開いた。

 上がる砂埃。


 ーーその向こうに見える影。


「……ユーリィ、こういう船にはガーディアンがつきものだから、」

「言うの遅いって!」


 巨人族でも象ったのかというような、金属鎧のようなガーディアンが、がっしゃんがっしゃんと体を鳴らして二人に迫ってきていた。





「てりゃあああああ!」


 切りかかった剣、もといフライパンは、がちん!という音と共に弾かれる。

 表面が人の力では不可能、というレベルに凹みはしたが、それで壊れるガーディアンではなかった。

 小さく舌打ちをして、ユーリィは振り下ろされた巨大な刃を躱した。はたきを持って詠唱しているアストレアの方に迫る一撃をフライパンの裏で受け止めて、弾き返す。

 金属同士のぶつかり合う轟音、飛び散る火花!


「フライパンとはたきだとシュールだねぇ」

「こいつら割と硬いぞ、強化くれ」

「はあい」


 戦う料理人は、気合を入れ直した。

 詠唱の間、アストレアに敵を近づけまいと縦横無尽に翻弄する。


「レアー!」

「わかってます、わかってます」


 アストレアの得意な魔術。それは回復系である。回復し、強化し、敵の体組織を完膚なきまでに破壊することもできる、治癒の魔術。

 メイドになったことで、多少使える技術に制限が出たようだが……その魔力量は限りない。故に、強化の力もまた、技の単純さに反比例するような強力さだった。


 光の帯が、体にまとわりついてくる。

 足元から上へ、上へ。最後にフライパンに巻き付いてーーーー巨大化させる!

 

(剣だったら様になるんだけどなあ……!)


 フライパンなのでさっぱり様にならない。

 はたきを持ったメイドに強化を受けた、ぎらぎらと青白い炎をまとわせたようなフライパン。


 それは一撃で、光の尾を引いて、ひどく柔らかいものでも潰すようにガーディアン数体を一気に叩き潰した。



「……あんまり戦闘能力変わってなくねえ?」



 勇者は呟いた。



「やっぱりクラスチェンジは意味がなかったかあ……」

「ついでに、さっきの過保護にも意味がなかったねぇ……」


 聖女がまったりとつぶやく。

 二人はそのまま、古代船の奥へと歩んでいった。


 聖女は魔力を纏って光るはたきを、勇者はぎらぎらしたまま巨大化しているフライパンを携えて。









 ーーー最奥には、光を失ったコア。

 次々遅い来るガーディアンをぺしゃんぺしゃんと潰しながらたどり着いた奥には、どうやって生き延びたのか、緑のみずみずしい蔦で覆われた心臓部が存在していた。


 緑に溢れた場所だ。古代の技術で、温度も一定に保たれているらしく、風の加護を解いても問題がなさそうだった。

「温度が低いなあ……どうやってるんだろ」

「再現できるんじゃないかなあ……船の内部を参照したら」

 アストレアは、奥に歩み寄る。魔力のコアに、ーー……一気に、力を叩き込んだ!


 辺りの壁の、死んでいるように沈黙していた回路が一斉に輝き出す。


 巨大な船を回す魔力を一瞬で供給する、その力。

 ああ、やっぱりこいつは聖女なんだなあ、とユーリィはぼんやり思った。

 


 次の、瞬間。



 がこん!と音がして、辺りから砂埃がこぼれ落ちてきた。

 真っ暗だった窓の外が、青く、明るくなる。


 駆け寄る。

 火口の空が、広く見えた。


「……う、浮いてる……」

「古代船だもの。一時的な浮力だけど〜……海に出るくらいなら、行けるかなあ……?水の上に着水したら、普通に走りまーす」


 宣言をしてから、アストレアは魔力を叩き込んでいる片手に自らのもう片方の手を添える。


「ちょっと、頑張ってるから……ユーリィ、応援、してくれる……?錆びついた回路に、無理矢理魔力を通してるから……」

「わかった」


 そっと、手を重ねる。

 調子に乗って、後ろから抱きしめてみたら、軽く睨まれた。

 柔らかい優しい香り。アストレアの香りだ。


「くすぐったい……」

「応援の代わりってわけじゃないけど俺にもメリットあっていいと思わない?」

「……はいはい」


 二人分の魔力を受けた古代船は、ゆっくりと、しかし確実に上昇し、海へと出た。

なんだかんだでなんとかなって、島を脱出しました。楽しんで読んでいただければ幸いに思います。

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