4話 元聖女のメイドは先住民をしつけしました!
「……ねえユーリィ、ここ……」
「うん。無人島だなあ」
草木が生い茂った、緑深い島。
逃げ出して木々の間に入り込んだはいいものの、行けども行けども人の気配はない。ついでに白い砂浜とビーチはあれど、その浜に船がつけられるような場所はどこにもない。
つまり、船が来ることがないということだ。
ちょっとした調達にも使われない、海の上の孤島。
文字通り孤立無援の島。
「……あのね、ユーリィ……分かってると思うけど」
「お、おう」
「わたしの魔力じゃ、大陸まで飛べないからね?」
「ですよね……」
逃げ出したはいいが、今度はここから出る手立てがない。それどころか今夜の寝床と飯にも困る。
そういう状況だった。
しかし。
「じゃあ、ご飯のこと考えよっか」
「えっ」
「あ、寝る場所も整えておくね。ベッドメイキングはメイドの得意技でしょ?作るよ、ベッド」
「ベッドメイキングってそういう意味じゃないと思うけどな!?」
俺の嫁めちゃくちゃたくましいじゃん……と思う勇者であった。
序に豪胆でもあった。
「じゃあ、私は魚を獲ってくるから」
「うん???」
「ユーリィは食べられそうな木の実とか探して」
言うなり、あっさりメイド服を脱ぎ捨てようとする。そうだった。こいつそういう所があった。
他の人間の前だと恥じらうくせに、ユーリィの前だとほとんど恥じらいがないみたいな所だ。
彼女はロングのスカートをたくし上げて腰のところで結んだ。続いて、レースのガーターベルトも外して素足を晒す。
髪はまとめあげてアップに。薄桃色のさらさらの髪が、真っ白な項で揺れている。
あああ……曲線美が目の前に……足がきれいで、白い……
「お、おおおおおい!」
「え?なあに?」
うっかり思考停止しそうになるのを必死で我慢したのに、口は思うように回らない。
それもこれも仕方ないのだ、いい雰囲気になったし、嫁宣言も許してもらえるけれど、まだ実際には結婚してないし。やることもやってませんし。
「ちょ、ちょっと、待っ……!」
「もうー。だから、なあに?」
わたしはこれから魚を獲るんだけど、という強い意思を見せる視線に、ユーリィはちょっと躊躇った。
俺の嫁がこれだけ魚を獲りたがってるのに止める理由があるのか?いや……でも……。
「先住民とかいたらどうすんだよ!」
「えぇー……?いないよ〜、きっと。だって人の気配しないもの」
「戦えるから忘れてるかもしれないけど、今のお前と俺は料理人とメイドだから!人の気配感知とか、そういう能力は落ちてる可能性が……」
言い終わる前に。
がさがさ!と草木を盛大にかき分ける音がした。
「えっ」
「ああー……こういうのなんて言うんだっけ〜……フラグ?」
フラグ。
目の前に広がるのは、どこから集まってきたのか変な昆虫みたいな形の木のお面を被った先住民たち。
槍を持って、色鮮やかな染料で体中に模様を描いたその姿は、言葉が通じるとは到底思えなかった。
「あー……ええと……オレタチ、ソトカラ、キマシタ……通じる?」
「………」
「その……急に来たのは、すみません、ちょっと俺たちにも、事情が……」
「ウラー!!!」
「うん、全然通じてないな!!レア、魔法の援、護………」
振り返った勇者は、仁王立ちになった嫁を見た。
「気をつけ!!!!」
力篭った声が、空気をビリビリッと震わせた。
まるで雷鳴に撃たれたかのように、先住民たちが動きを止める。
「伏せ!!!!」
うわあ、こいつこんな声出せたんだ……と思いながら、ユーリィはしつけ役メイドと化したアストレアを眺めた。
先住民たちはその力のある声に抗えずに気をつけをしたあとで跪く。
暫く彼女はその場で仁王立ちしていたが、少しすると、今までの厳しい面持ちがウソのようなふわあとした笑顔を見せた。
「わ〜、すごーい。……メイドってこんな力も仕えるんだね、ね、ユーリィ」
「お、おう……」
「そうだよねえ、お坊ちゃまとかお嬢様のしつけも、メイドのお役目だものね。うんうん」
「随分と元気なお坊ちゃま方なことで……」
ユーリィはぼやきながら固まっている先住民たちを見た。
「で、……これからどうするよ?」
「え?えーっと……」
「マテ、オレタチ、コワクナイ」
「んっ」
勇者は一つ瞬いた。先住民の中でもひときわ背の高い一人が、必死で口を動かしている。
アストレアの気迫と魔力に縛られているのによくやるなあ、と彼は素直に感心した。
「……怖くない?」
「コワクナイ。ハラ、ヘッテルダケ。」
「つまり、俺たちを食料に……?」
「…………」
「あっ、そこは否定しないんだ!?」
けど、そうかあ。
「腹減ってるのか。じゃあきっと、俺を食べるより俺に作らせる方が美味いものできるぜ!あと、頼みがあるんだ……いいかな?」
ユーリィは言った。なんとなく、なんとかなるんじゃないかな、という予感があった。
獲ってきてもらった大量の魚。
それを塩水にさらして、捌いて。フライパンで軽く炙る。島で採れるというハーブで匂いを消して、あとは出すだけ。
ちょっぴり炙られた、生身の部分は透明感のある炙り刺し身のできあがりだ。
簡単な工程だけれど、調理人としてのクラスと腕があれば絶妙な塩味と、巧妙な炙り加減を実行できる。
それをよだれを垂らしそうな顔で見ていた先住民の青年に、ユーリィはそっと自作のそれを差し出した。
指で摘んで食べる青年。むぐむぐ、と頬張って、一拍の沈黙。
「……どうでしょう」
「……トテモ、ウマイ……ウマイ、ウマイ」
静かに繰り返す様子から、喜んでいるのがわかる。
側にいたアストレアがほっと笑顔になって、ユーリィが焼いた魚を皆に配膳し始めた。早すぎず、おそすぎず。少しお腹が減ったタイミングで素早く配膳していく。
さすが敏腕のメイドである。
「はい、どうぞー。……ところで、ユーリィ。みんなにご飯を作ってあげて、どうするの?」
「まあ、俺たちが食べられるのが嫌っていうのもあるけどさ、頼みがあって……」
「タノミ。ナンダ?ウマイ、メシノ、レイスル」
料理は世界共通の言語なんだなあ、とユーリィはしみじみした。
それから、単刀直入に話題を突っ込む。
「この島から出たいんだ、……出る方法とか、出られる手段とか、知ってる?」
先住民の青年は少しばかり黙ってから、ゆっくりと島の中心の方を指差した。
「ヒトツダケ。」
「ひとつだけ?」
「コノマワリ、シオ、ナガレ、ハヤイ。ダカラ、ソラカラ、デル」
「うん……空から……?」
「カザンニハ、ドラゴンノス、アル。ツカマエテ、トベ」
ドラゴンの巣。つかまえて、飛ぶ。
それだけを聞くだけでも、随分とハードな道のりだ……とユーリィは思った。
勇者と聖女なら、なんとかなったかもしれない。でも、こちとら料理人とメイドである。
料理人とメイドでドラゴンに勝てるのか?果たして脱出できるのか……?
「はい、ユーリィ。あーん。……そんな不安そうな顔しないで」
「……頑張ってみるよ」
勇者は嫁の『あーん』してくる刺し身をもぐもぐと食べながら、不安を持て余していた。
次回、ドラゴンテイムに挑戦する料理人とメイド。字面だけ見るととっても無謀ですね……。