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2話 勇者と聖女でも金稼ぎは必須でした!

 なんだかおかしいぞ。

 と、しがない見回り兵は思った。彼は今日休暇日であった。久々に家から出て酒を飲み、休日を謳歌し、家に帰って妻に叱られた後、その膝枕ででれでれしてからゆっくり眠ってまた仕事に行く。

 そんな普通の幸せを謳歌する休暇のはずだったのだ。


 それなのに。

 国境の小さな酒場……の近くに、とんでもない人だかりができている。

 これは兵士として、看過するのは少し躊躇われた。たとえ非番であっても、だ。


 横にある酒場の店主は商売上がったりという顔をして、店の踊り子たちまで外に出てきていた。


「よう親父、みんなして外に出てきてどうしたんだい」


 声をかけると、禿頭の店主は肩を竦めた。


「今朝方から旅の料理屋だかなんかが来ててね。国境を超えたいっていうんだが、国境を超えるには金がいると言ったら……そこで商売始めちまって」

「ははあ、なるほどなあ。許可を得ねえと商売はしちゃいけねえ、ってばしっといってやらねえと」

「ああ、頼むよ兵隊さん」


 おうよ、と頷いて人混みを掻き分けていく。

 近づいていってみると、その人垣の中心に二人の人物がいた。

 一人は、黒髪童顔の……パリッとした服装に赤いスカーフのコック。

 旅のコックにしては随分と清潔な格好だ。

 もうひとりは、明らかに高位、もしかしたら最高位クラスかも知れないという見た目をしたヒーラー職の少女であった。

 薄桃色の髪と、その人形のような造形美は可憐である。

 彼らは、というか、男の方……コックの方は、焚き火に鍋をかけて何やら料理をしているのだが、そこからとんでもなく良い香りがしていた。


 ミルクのコクある香りと、鶏の出汁を思わせる馥郁とした芳香。

 中に放り込まれた数々の野菜はよく煮込まれ、ぐつぐつと煮えている。その横では少女が、葉っぱで蒸すタイプの餅を不器用な手付きで作っている。


 料理に気を取られた兵士は暫く気づかなかったが、五分ほどしてちょっと首をかしげた。

 はて……何かこの二人、どこかで見たことあるような……ないような……。


 いや、そんなことは今はどうでもいい。


「あんたたち、ちょっといいかい」

「あ、はい」


 青年の方が顔を上げた。

 人畜無害そうな、爽やかな顔。目がくりっとしている事以外は、特徴はあまりないのだが……やっぱり何処かで見たような……見てないような……。


「……あっ!?」


 そこで漸く、兵士は思い出した。

 この男、魔王討伐記念の式典にいたではないか!横の娘も、彼の横に立って誇らしげに王の勲章を受けていた!


「あ、あんたら、勇者と聖女じゃないかい!?」


 彼らはぎくりとした顔をした。

 当然、勇者と聖女の顔によぎったのは、『やべえ捕まる』という意味の表情であったが、まだこんな末端の兵士にまで情報は回っていなかった。

 つまり、彼らが国王陛下暗殺未遂犯であり、指名手配犯である……という冤罪は伝わっていなかったのである。


 まだ。


 その結果、どうなったかというと。


「あんたたち、転職したのかい!?今度は料理人になるのか、勇者食堂ってか!いいねえ、俺にも聖女様が作った餅とか食わせてくれよ!な、いいだろ!」


 兵士は大興奮した。

 その興奮は町の人たちにも伝染した。


 眼の前に、魔王を倒した英雄二人がいる。しかも、英雄が手ずから料理を振る舞うなんていう、物珍しい状況に遭遇した興奮で、辺りは軽く混沌とした状況になった。








「集まった!」

「よかったねえ、ユーリィ」


 あっという間に空になった鍋と、あっという間になくなった蒸した餅。

 それから、それぞれの気持ちだといって投げ入れられた銅貨や銀貨の数々。人々の笑顔と、話し声。

 その中心で金勘定をしていた勇者は、それが国境を超えられるだけの金になったのを確かめて思わず笑顔になった。

 着の身着のままで飛び出してしまい、国境まで逃げたはいいものの、そこから動けなかったのである。


 この国の国境線は、水でできている。

 つまり、海である。余所の大陸まで、聖女の魔力で飛んでいくには少し遠すぎるので、金を稼ぐ必要がどうしてもあった。


「皆さん、本当にありがとうございます」


 ユーリィは深々と頭を下げた。


「いやいや。あんな美味いもの食わせてもらって。それに聖女ちゃんの餅もなあ、うまかったよなあ」

「この美少女が作ったと思うとな、いやあ美味かった」

「そう言われると本望だねぇ。ねっ、ユーリィ?」

「お、俺のなんで!取らないでくださいよ!」

「はっはっは。取らないさ。しっかし英雄さんの料理もな、あんたみたいな人が手ずから作ってくれるとは……」


 褒められすぎてむず痒くなってきたユーリィは、ちょっと照れ笑いをしてから頭を下げた。


「いえいえ……何はともあれ、これで海を超えられます」

「海を超えるって、英雄さん。他所の国へいくのかい?」

「ええ、えーと……ほら、もう魔王も倒しましたし、平和になったので」

「そうかあ。寂しくなるなあ。けどほら、また気が向いたら戻ってきてくれよ、聖女の嬢ちゃんもな」

「えへへ。はあい」

「ただし!今度店出す時にはちゃーんと商売しますって許可得てからな!」

「はい……」


 金は稼げたが、きっちりしっかり怒られた。

 銀貨と銅貨を布で包んで服の中に入れる。風に混ざって、馬の蹄の音がする。


 ほんの少しの団らんの時間を経て、再び逃亡の時間が迫ってきたようだった。


「ユーリィ、そろそろ」

「あっ。……あー、そうだな。追いかけっこがまた始まる前にさっさと離脱!」


 二人は歩き出し、そしてやがて走り出した。

 海の方へ。

 潮の香りのする方へと、ゆるやかに逃亡した。




 その数時間後に、きらびやかな馬に乗った一軍がやってきて二人を探して右往左往していたが、その頃には勇者と聖女は船に乗って大海に出ていた。

 王の軍勢が、小さな町でてんやわんやするのは、また別の話である。

ゆるっとした逃亡劇です。いざとなったら勇者がフライパンを振り回して戦います。

もうちょっとしたら聖女がメイドに変身する予定。

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