14話 元勇者の料理人は料理ギルドの課題を完遂しました!(1)
「料理ギルドに入りたいじゃと?調理店で働いた経験はないのにか!笑止千万!入りたいというのならば、わしを納得させる料理を持ってくるんじゃなあ!どわっはっはっはっは!」
笑い声超うるせえ!
と思いながら勇者は高笑いする筋肉質な老人を見た。
真っ白な眉や、ぼさぼさの太い眉毛と相反する力強い筋肉。聖女の手首くらいありそうな指で、ユーリィを老人は指差す。
ここは料理ギルドの入り口、品の良い洋館のような磨き上げられた床を踏みしめて、勇者はコック姿の老人と対峙した。
「どうしても入りたいんです!お願いします」
(俺の嫁とスローライフするための)資金と、(レアにプロポーズの前に両親に会いに行くための)伝手がほしい。
小さいながらに切実な願いである。
彼はにやにやしながらユーリィと、付き添いのレアを眺め回す。
「そうじゃなあ……では、課題をやろう。課題を上手くこなせたら、ギルドに入れるぞ?うん?」
「やります!」
よかろう、と老人は頷いた。いちいち偉そうだ。
「貴様の料理の課題は『海の幸』にしてやろう。期限は3日。サブマスターの一人のわしを納得させられたら、リーダーに取り次いでやらんでもない」
お前がリーダーじゃないのかよ!
「まあ、生半可な料理では通す気はないが!どわっはっはっは!」
再びの高笑いに、普段はおっとりしているレアがほんのすこし剣呑な雰囲気を漂わせて小さく呟いた。
「……ユーリィ、この人叩いてもいい?」
「だめだレア、行くぞ。分かりましたご老人、では料理ができたらその時に」
ユーリィは頭を下げる。アストレアを引きずってギルドを出て、ぐっと拳を握って気合を入れる。
「……レア、絶対あいつに一泡吹かせるぞ」
「ユーリィ、冷静そうな顔して怒ってたの?」
「怒れるだろあんなの!絶対に参りましたって言わせてやる!そのためには……」
料理のアイデア。恐らく大切なのはそれに尽きるだろう。
ユーリィは頭を捻って、自分にできる最善策を考え始めた。
珍しい素材を使って、素材の味を活かした料理を作ること。
それが、ユーリィのたどり着いたたったひとつの最善だった。
料理人としてのクラスはあっても、基本的には元が戦闘面ガン振りステータスの勇者である。
即ち、元勇者であるユーリィと、元聖女であるアストレアの力でなければ狩れないモノ……魔物料理の作成が、最も合格の可能性があるのではなかろうか。
そう思いながら、少し前に世話になったルミナが「手慰みにね」と改造してくれた新しいフライパン(武器)をひゅんと振り回して、海辺で勇者は気合を入れ直した。
青い空、白い雲。鮮やかに透き通った青色の海に、そろそろ日が沈むかという頃合いの時間帯。魔物たちが丁度活発になる時間帯だ。
「なんだかフライパンの色が変わってない?」
「ルミナさんがくれたんだよ。レアに迷惑かけなくても、これで戦えるんじゃないか?なんか専用の呪文で色々技が使えるとか言ってたし」
「へえ……いいなあ。わたしも、新しい武器が欲しいなあ」
「武器?」
「はたき」
「はたきは武器じゃないな?」
「……フライパン振り回してる人に言われても」
そんな事を言いながら、ユーリィは海辺のボート屋で借りた海釣り用の小さな船を浜辺まで押した。ざりざり、と足の下で透明な波と砂が擦れていく。
狙うは海の魔物だ。でかければでかい程いい。
「でっかいやつを数匹狩って、一番美味い所をメインにして料理すればいいものできそうじゃないか?」
「そもそも、食べられるの?」
「行ける行ける。俺昔食ってたし!」
「えっ……」
「引かないでお願い」
「ふふ、冗談。……それにしても、そんなに大きい魔物がこの海にいるのかなあ?」
「いるんじゃないか?噂だと、人魚が住んでるらしいし。魔力が濃い海なんだよ、つまり。」
「ああ……なるほど。魔力が濃かったら魔物は強くなる、か」
波は穏やかで、日差しは赤い。魔物を釣るなら夜の方がいいので、日が沈み始めたこのタイミングは良い塩梅だった。
二人が海に出ようとした、……その時だった。
不意打ちで、声がした。
「おやあんたたち、これから海に出るのかい?」
振り向く。いつの間にか、……何の屋台だろう。ジュースだろうか。謎の液体を売っている屋台が、音もなく二人の後ろまで近づいていたのだった。
よくある木で作られた屋台。巨大なガラス瓶が幾つか置かれていて、中には毒々しい色から淡い色まで様々な色の液体が入っている。
値札と、商品名が木の板に書かれてぶら下がっている。バレンジ味、アップル味、草味、泥水味……
(物騒な商品名だな!?)
突っ込まないでおこう。
屋台を引いていたのは背の高い黒髪の女性で、眉がきりりと凛々しかった。
気配もなく、音もなく。唐突に現れた彼女に、心臓が飛び出しそうになった。
「あ、ええと、あなたは……?」
「ただの通りすがりだよ」
超美人な通りすがりだ。これが恋愛小説ならフラグが立ってそう。
「夜の海に出ようとするたあ危ないね。魔物が出るよ?」
「その魔物を狩りに行くんです」
「狩りに……その格好で?」
女性はじろじろと二人を見る。ははあん、と口の中で小さく呟いた彼女は、からりと笑った。
「分かった。もしかしてあんたたち、料理ギルドの人じゃないかい。サブマスターに無茶振りでもされた?」
「えっ」
言われた言葉に、思わずぱちりと瞬く。
女性はその反応を見ると黒髪をざっくりとかき上げて再度笑顔になる。色づいていない唇が健康的で美しかった。
「ああ、やっぱりだ。……海の幸で課題を作れとでも言われたのかい?」
「な、んで、そこまで、」
「そりゃあ、あたしが料理ギルドの下働きだからさ。今は屋台で、資金稼ぎ」
ぽん、と大きな手がガラス瓶を叩く。中に入った液体が揺れた。
「あのサブマスターの『海の幸の課題』はねえ、端的に言うとお断りの意味なのさ。あの人の納得する海の幸の料理は、ずっと昔に決まりきっちまってるんだからね」
「……どういう事ですか?」
勇者は真顔になって尋ねた。
「まあ、とりあえず魔物を狩って料理の材料を取ってくればいいさ。その後……サブマスターを納得させたいなら、奥の入江に行ってみな。そこで、『グロリア』って呼びかけてみるといいよ、運が良ければ捕まるんじゃないかい?珍しい、いい料理の材料を時々くれる子でね」
謎の女性はウインクした。
さばさばしていて、姉御!とついていきたくなるような表情。太い眉も相まって、女性でありながら少年的な魅力を感じる。正直超魅力的である。
思わずふらっと引き寄せられそうになったユーリィの袖を、レアが掴んだ。
「ユーリィ?」
「あっ、はい」
「ははは、やきもち妬かせちまったかね?同じ料理ギルドに所属できた時に縁があったら、またあたしとも遊んでおくれよ。あっ、景気づけにカツ味のジュースでも飲むかい?」
「カツ……味……」
「揚げ物嫌いかい?」
「ジュースはちょっと!」
「あっはっは。だよね、あたしも嫌だよそんなの。それじゃまたね、ユーリィ、アストレア。」
彼女はひらりと手を振って、屋台を引いて去っていく。
勇者は彼女から目を離して、小舟が揺れる夜の海を見た。陽の光の一筋が、海へ沈んでいく。
どこか遠くの方で、長い長い触手のような何かが、水面に浮かんで、消えていった。
「そういや、レア」
「うん?」
「……俺たち、名前……教えたっけ……?」
ーーその時だった。
さばあっ、と、凄まじい水音がして、二人の疑問は一旦棚上げとなった。
漂わせていた小舟に、巨大な吸盤がついた足が絡みついていた。