13話 元勇者の料理人は幸せ未来計画を立てはじめました!(2)
ーーボクハ。ボクハ消エタクナイ。
ココニイタイ。イタイ。イサセテ。邪魔ヲスルナラ。
「なんかすっごい不穏な囁きが聞こえるんだけど……」
スープを造りに台所へ行ったところで、再びムキムキのガーディアン軍団に遭遇した三人はとっととそれを返り討ちにした。
ルミナは後ろに隠れているだけだったが、アストレアの魔術で広範囲を焼き、ユーリィの剣技ならぬちょっとひしゃげたフライパン技で叩き割ってしまえば二分とかからない。
アストレアがモップを持ってきてメイドの本懐とばかりにせっせと掃除をしている間に、ユーリィはスープを作っていたのだが、不意打ちで聞こえた呟きに顔を上げた。
「ルミナさん、今の聞こえました?」
「……ええ」
「ああいうのって普通誰もいない時に意味深に呟くもんじゃないの?」
「目立ちたがりの可能性があるわ」
「ルミナさん案外ボケてくるよね……」
声は呟く。呟きながら迫ってくる。
ココニイタイ。怖イ。追イ出サナイデ。……取リ替エナイデ。
怖イ。怖イ。
「……取り替えないで?」
「もしかして」
ルミナは呟いて、立ち上がる。一気に走り出した。
アストレアが目を見開いたまま見送る。ユーリィは彼女に後を託してルミナを追いかけた。
「ルミナさん!?スープは!?」
「後で!ねえ、思いついたの!ユーリィくん。この船、『人工知能』が載ってるんじゃない!?」
古代船のオペレーター室。何度か妨害は受けたものの、全て薙ぎ払ってたどり着いた先に、『それ』はあった。
古代の巨大コンピューターだ。未だピコピコとライトを点けて起動している。それを見た瞬間、ルミナの表情が変わった。
「ああ〜!!」
なんて。すてき。
呟いてコンピューターに突進する。撫でくりまわして、その滑らかな肌触りを堪能する。頬ずりをする。
「あ、あの、ルミナさん……?」
「私ね……こういうタイプの古代機械がだいっすきなの……ああ〜……いいわあ……この滑らかな肌触り、少しざらついた排熱部、美しい金属のボディ……最高」
『……わるい■と……じゃ■い……?』
不意に声が響いて、二人は目を瞬かせた。
「……今」
「ええ。喋ったわね、この機械が」
『と■かえな■で、とりか■ないで』
ノイズが形になったような音声が、ぶつぶつと途切れながら言う。
「取り替えないで、ってさっきからずっと言ってますね」
「そうね……怖がらせたのかもしれない、私よく考えたら、そういう事ばかり言ってたものね。……ああ、ごめんね。いい子だから怖がらないで」
あとあのムキムキの彫像ガーディアンを再召喚するのもやめてね。
付け加えてから、まるで人の子にするように愛おしそうにルミナは告げた。
「ごめんなさいね、怖かったのね。私が何度も取り替えるだとか、新品みたいにするだとか言ってたから。でもね、ただの例え話だから。……お名前は?」
『いであ009、です……こ■つな■ばーはIdea090909……』
「そう……イデア。あなたを放り出したりしないわ。大丈夫よ。今発生機能や、言語回路も直してあげるからね」
『……ははおや、のよ■に、か■じます。あ■がとう』
「……母親、か」
彼女は微かに苦笑すると、手早く修理に取り組み始めた。冷えた生乾きの髪も放置して、一心不乱に。
一時間後には、人工知能の修理も、機関部の修理も終えてから、彼女は小さくくしゃみをして気恥ずかしそうに笑った。
「寒くなってしまったわ。……ユーリィくん、スープ、もらえるかしら」
「はい、勿論」
ユーリィは頷いて、それから上着を脱いで彼女に渡した。
「どうぞ、着てください」
「あらまあ、可愛らしい料理人さんは紳士なのね?」
「モテないのでせめて紳士でありたくて」
「あら、なら私と遊ぶ?」
「えっ」
「冗談よ。可愛い紳士さん」
ふっと瞳を細めてから、彼女は台所の方へ歩み去る。
夢見心地になりそうなのを振り切って、勇者は慌てて後を追いかけた。
ぐつぐつと透明に煮込まれた、ちょっぴり塩辛いスープ。
湯気がふわりと香るそれは、微かに海の香りがする。それを口にして、ルミナは目元を少しだけ和らげた。
彼女の横では、天井から降りてきた金属アームがスープを飲んでいる。
『とてもおいしいです。おいしいという状態であると分析できます』
「あ、ああ……」
「良かったねえ、褒められてるよ、ユーリィ」
「う、うん」
「本当に美味しいわよ、ユーリィくん。料理ギルドにでも入ってみたら?料理の依頼も来るだろうし」
「料理ギルド?」
「あら、知らなかった?城下町にあるわよ。……本当に美味しいわね」
『はい、おいしいです』
イデア、機械なのにスープ飲めるんだ。と思ったがユーリィは敢えて突っ込まなかったし、レアはにこにこしていた。
一口二口と海の味を味わっていたルミナが微笑む。
「……懐かしいわ。……母のスープに、似ていて。ライメールは海の国でしょう、だからこういうスープを飲むことが多かったの」
「さっきも、人工知能……イデアに、お母さんみたいとか言われてましたよね。ルミナさんのお母さんなら、さぞかし美人なんだろうなあ」
言った途端に隣からちょっと不穏な気配を感じる。
やきもちだろうか。可愛いなあ。可愛いけどさっきの会話は教えないでおこう。
「そうね、私よりも美人だと思うわ。……なんていうか、心根が」
「心根?」
「ええ。いいことはいい、だめなことはだめ、と真っ直ぐ言う人。……まあ、そのせいで喧嘩別れしちゃったんだけれど」
彼女は髪をバスタオルで拭ってから、もう一口スープを口にした。潮の香りのするスープを。
「技師になる、って飛び出して、それっきり逢えていないの。……夢を叶えたよって言いたいのに、言い出しにくくてね」
「え、……どうして」
「……振り切って飛び出したのに今更、夢を叶えた事を祝福してほしいだなんて、虫が良すぎるじゃない?」
「……そんなこと」
ないと思う。
「……きっと、ルミナさんのお母さんだって、逢いに来てほしいって、思ってますよ」
そう言いながら、ユーリィは実家の事を思い出した。
小さな飯屋で、壁に錆びた剣が飾り物としてかかっていた。父と母が切り盛りする、ボロで小さい下町の定食屋だった。
でも、そこへ来る人たちは温かくて、父母は優しくて、可愛がられて育った。
壁にかかっていた剣をたまたま使って、勇者になった。両親には、いつか帰るからと言って旅立った。でも。
帰れなかった。帰れなくなってしまった。元の国に戻るには、王に言って誤解を解いてもらうしかないだろうが、今はその手立ても資金も、ない。伝手もない。
「……逢いに来てほしい、って思ってるかしら」
「はい、……きっと」
はっと我に帰ったユーリィは、笑った。
不意にそっと手を握られる。アストレアが、こちらを見ていた。
「……ユーリィ」
「なに?」
「……ふふ、ううん。後から沢山よしよししてあげるね」
読心術か?
ツッコミたかったのに、突っ込めなかった。アストレアの手の温もりがあまりに温かくて。
ああ、なんでもお見通しだ。
そっと手を握り返す。細い白い指なのに、とても頼もしく感じるのは、どうしてだろうか。
数日後、町でルミナを見かけた。
彼女と同じハニーブロンドに、少しだけ白が混ざった女性と、はにかんだような表情で話をしていた。
何をはなしているのだろう。ぽつり、ぽつりと動く唇は、それでも微笑んでいて。
ああ、逢えたんだ。
彼女は何を、母親に話すのだろう。母親のようだとイデアに言われた彼女が。あんなに大人っぽかった彼女が。
娘の顔に戻って、照れたように笑っていた。
それが、なんだか自分の事のように嬉しくて、暫く足を止めて。
それでも、声をかけずに通り過ぎた。
自分も、会いに行こう、いつか。そのために、今を頑張ろう。
アストレアとの幸せな未来のためにも。
「ユーリィ、ユーリィも、いつかご両親に……」
「うん、また会いに、戻れるように頑張るよ」
「ふうん、じゃあわたしはその時はご挨拶しなくっちゃ」
「んっ?」
「ユーリィをください、幸せにします、って」
「それ俺の台詞」
「わたしの台詞です〜」
話しながら、人で賑わう城下町の角を曲がる。
アストレアが、小さく声を上げた。
「あ、あったよ、ユーリィ」
「おう」
ユーリィは顔を上げる。目の前には分厚い硝子の扉。その横には一枚のボードが立っていた。
『ようこそ、料理ギルドへ』
次は料理ギルドに向かいます。よろしくお願いします。