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12話 元勇者の料理人は幸せ未来計画を立てはじめました!(1)

『料理人として生計を立てる』

『絶対成功する!シェフの本』

『最高に美味しい料理を作るコツ』


「……ユーリィ、この本の山、なに?」

「いや、真面目に料理人として生計立てようと思ってさ」

「プロポーズの準備……?」

「し終わったような」

「まだされてないけど」

「……この間しました」

「そうなの〜?」

「と、とにかく!こう、ほら。俺たち元の国には帰れないけど、ライメールじゃ見逃し許可も出たわけだし。のんびりした生活のために頑張るのもいいかなって」


 ユーリィは読んでいた本を閉じる。古代船の一室、二人用のローテーブルを占拠しての勉強会中だった彼は、軽く頬杖を着いた。

 アシュリー王とクリスティーナ王妃の一件から数日。勇者は、聖女とのスローライフのために真面目に料理人として生きる道を模索し始めていた。

 一方でフライパンを使っての戦闘鍛錬も欠かしていなかったから、矛盾と言えば矛盾なのだが。


 ページを捲る音をかき消すぐらいに激しい雨の音が聞こえる。今夜は嵐であった。海の国ライメールの嵐は他所の国にまで伝わるほどに有名だったが、古代船の中にいても船が揺れるほどだ。

 テーブルの上に置かれたランプの灯りも揺れている。


「……勇者としての方が稼げるんじゃないか?とか色々思うけどさ」

「うーん、それは否定できないかなあ」

「ぐっ。で、でもさ、これから二人で生計立てるなら料理人のがいいだろ?レアを危険に晒さないで済むし」

「それはわたしの台詞〜」

「いや俺の台詞です」


 その時だった。

 ごうん、と唐突に轟音がして、古代船の中で動いていたありとあらゆる機構が停止した音がした。


「……えっ?」






「故障よねえ」


 数時間後。

 古代船の機関部を暫く弄くり回してから、その美女はそう言った。

 波打つ美しいハニーブロンドと、赤い唇。革でできたぴったりとした作業服。出る所が出まくったボディは男なら鼻の下を伸ばしたくなる代物だが、勇者は嫁の手前ぐっと堪えた。


「故障……ですか?」

「ええ。この国の嵐は割と激しいでしょう、古代船のメイン機関に雨風が入り込んで調子が悪くなったんじゃないかしらね」

「熱には強いのに……」

「耐熱性はあっても、大体の魔導系機械は水にぼちゃんとしたら壊れるわよ?」

「はい……いででで!」


 どうしても胸ばかり見てしまっていたら、レアにぎゅっと腕をつねられた。

 

 彼女は王宮から派遣されてきた技師だった。唯一の女性技師で、最も優秀な能力を持つ一人だというアシュリー王の太鼓判付きである。

 爪が赤く塗られた長い指先は機械よりもピアノを弾く方が似合いそうな印象があるが、今その指は古代の機関部を開き、油まみれになりながら中を繊細に調査していた。


「直りますか〜…?」

「大丈夫よ」


 心配そうなアストレアに向かって、美女は頷いて見せた。


「このルミナお姉さんに任せなさいな。うふふふん、隅から隅まで撫でて触って治してあげるから」

「言い方がいやらしい……」

「ユーリィ、いやらしいって感じる心がいやらしいって知ってた?」

「勘弁してください」


 まあ冗談はともかく、とルミナは笑った。


「アシュリー陛下から任された宮廷技術者として、ちゃんと修理して見せるわよ。故障部分をまるっと取り替えてでも」

「頼もしいです……」


 不意に、船が小さく震えた。

 風だろうか、と思いながらしみじみ呟く勇者。美女は瞳を細めて満足げな顔をしてから告げる。


「それで少し頼みがあるのよ。数日泊まり込みさせてもらっていいかしら。何処が壊れてるのか正確に把握したいんだけど」


 と。

 泊まり込み!?


 勇者と聖女は、別の意味で動揺した。


 ーー……何処かで、何かがウィンと小さく音を立てたことに、この時は誰も気づかなかった。




 

 


 一連の騒動に繋がる最初のトラブルは、風呂場で起こった。

 古代船の風呂場は、ちょっとした温泉のような造りである。大理石のバスタブに、金色のシャワーはこの船がかつて貴族のものであった事を思わせる。

 大体の場合は心地良い温度のお湯が勝手に出て来る……出てくるはずだったのだが。

 機関の一部を復活させたルミナが、油汚れを落とすと言って風呂を借りていた、その時に事件は起こった。


「きゃあああああ!」

 

 まだ数分一緒にいただけだが、彼女らしからぬ悲鳴。

 慌てて駆けつけた勇者は、ルミナがタオル一枚の姿で脱衣所に飛び出してきたのを見てしまった。

 濡れた項と赤い唇、張り付いた髪が壮絶に色っぽい。死にそう。理性的な意味で。


「ちょ、ちょっと、どういう事!?」

「え?何がです?」

「風呂の中よ!見て!」


 勇者は風呂場に飛び込んで、そこで……何故かムキムキの彫像ガーディアン軍団を見た。


「なんで!?」

「こっちが聞きたいわよ!」


 ボディビルなポーズのままストップモーション。

 一斉にこっちを見るガーディアンの目が赤い。


『UGAAAAAAAAAA!!!』

「本当になんで!?」


 風呂場に今までガーディアンが出た事なんて一度もなかったぞ!?

 そう思いながら、腰を落として足を開く。片手を掲げる。

 きらめく粒子。足元からわきあがる風。

 光が青く凝固する。光るフライパンを作り出す。それの形が整った瞬間に頭を次々に叩き割って、破片をその辺りに撒き散らす。

 一体壊したら跳躍、次へ。一体、一体、また一体。

 全力で動き回った結果、光るフライパン自体がちょっとひしゃげた感覚がした。

 

「ッーー、らあああッ!」


 最後の一匹を叩き割る。ごろん、と地面に転がるガーディアンの残骸。

 それを確認してから、ユーリィはルミナを振り返った。


「っふう……大丈夫でしたか?」

「……あの、本当に……あなた、ただの料理人?」


 戦闘が三分ほどで終わったのと、アストレアが駆け込んできたのは同時だった。


「何かあったの!?」

「ああ、実は……」


 彼が話をしようとした瞬間、聖女はルミナの異変に気がついたようだった。


「あっ、ユーリィ、話の前にバスタオル取って!大きいの!」

「う、うん?」


 ルミナさん、すごく寒そうに震えてる。水でも浴びたんじゃないかな。


「あと、あんまり見惚れてると一時的に盲目にさせるよ」

「すみませんでした」


 ユーリィは速攻でバスタオルを取ってアストレアに投げた。

 アストレアはそっとタオルでルミナの体を包む。その体を綺麗にむらなく拭っていくのはメイド故の手腕か。

 それにしても眼福だな、この光景。と、刺されそうな事を考える。薄桃色の髪の美少女が、金髪のスタイル抜群美女を甲斐甲斐しくお世話している図。

 そんな勇者の内心には気が付かず、アストリアは人差し指をそっと立てて、軽い詠唱を一つ。


「空よ、彼の者に温もりを与えよ」


 暖められた空気がルミナを包み込む。そこで漸くユーリィは、ルミナが歯の根も合わない程に震えているのをちらっと見た。

 白いバスタオルの下の肌は青白く、温度が感じられない。


「ルミナさん、何があったんです……?ユーリィは向こうを向いてて」

「あっ、はい」

「……ガーディアン軍団の前に、水が……」

「水?」

「氷っ、みたいに……冷たい、水が出てきたのよ……」


 ユーリィは首を捻った。


「本当にすみませんでした。けど、今まで風呂場でそんな温度の水出てきた事がないんですが……故障ですかね、やっぱり」

「今までなかったなら、故障でしょうね……」


 彼女は未だに歯の根が合わず、温かい風に包まれてもぶるぶると震えている。

 それが伝わってきて、勇者は思わず声をかけていた。


「……あの。ルミナさん、よければ……一緒にスープでもどうでしょうか。そのまま作業していただくのも、申し訳ないですし」

「……スープ……?」

「はい、俺、料理人なんで」


 勇者は言った。

 

 ルミナは少しだけ笑った。


「あんなに強いのに?」

「強い料理人ってのもアリじゃないかと……」

「そうね。……そうかもね。……スープを作ってくれるなら、お姉さんはりきっちゃおうかしら。可愛い料理人くんのために、全部新品に取り替える勢いで修理するわよ」


 ふふ、と濡れた唇で微笑む様はやっぱり壮絶に色っぽくて、勇者は再び理性が本能と熾烈なきバトルを始めるのを自覚した。

 勿論、嫁の手前表には出さなかったけども!


 ーーーウィン、と、どこかでまた小さく音がした。

後編は変な出来事の解決編になります。よろしくおねがいします。

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