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1話 つまりクラスチェンジは無駄でした!

「えっ、嘘」


 それが勇者の第一声だった。

 魔王を倒し世界を平和にしてから一ヶ月。戦いの中で何となくいい雰囲気になった聖女と共に、隠居生活しようかなーと思っていた矢先。

 王家から宮廷に呼び出されたと思ったら、兵士たちに槍やら銃やらを向けられた。


「何が嘘なものか。勇者……いや、今となっては、このオーレオール王国の癌、ユーリィ・グラディア。」


 壮年の騎士団長の口元が歪む。

 それは、今まで上に君臨していた目の上のたんこぶを漸く叩き潰せる、と確信している者の笑みだった。弱い立場になったものを嬲る笑みだった。


「貴様には、陛下の暗殺計画立案嫌疑がかかっている!」

「いや、だから俺は、」

「貴様、酒場でこの間魔術師や召喚士、そこの娘と一緒に密会をしていたのだろう?」

「ただの酒盛りです……」

「勇者一行がただの酒盛りだと!?そんなはずがあるか!勇者一行の事だ、強大な敵を打ち倒す計画に決まっている!ただの酒盛りなんぞしない!」

「お姫様はお手洗いいきませんみたいな理論振りかざされても…」

「ええい、黙れ!言い訳なんぞ聞いてないわ!」


 横で、アストレアが微かに眉をしかめる。基本的にぼんやりとした聖女様でも、この場所の緊迫感は何となく察したようだった。

 さらさらの桃色の髪に、おっとりとした妖精のような顔立ち。白いローブを纏った奥に隠された大きな胸が魅力的な娘だが、柔らかい声に反して案外性格がきつい。


「……つまり、わたしたちが邪魔になったんだね?」

「邪魔などととんでもない。貴様らがこちらが邪魔になったのだろう?」

「その問答は長くなりそうだからいいや。……それで、つまり……王様は、ユーリィをどうしたいの?殺すの?……それなら、わたし……」


 怒るよ。

 む、と寄せられた眉に迫力はないが、杖の先に白い輝きがぎらぎらと宿り始める。


 やっべえ。


 勇者は慌てた。もうどうしようもなく慌てた。

 一緒に旅をした魔法使いやら、召喚士やらの魔法もとんでもない破壊力だったが、回復魔法主体のアストレアの魔法は人体にどうしようもないダメージを与えるのが得意である。

 光で目を潰したりだとか。

 永続麻痺で全身不随にしたりだとか。そりゃあもうえげつない。


「ちょっ、待って!レア、ストップ!」

「……やだな~……なんにもしないよ~。ここで魔法使ったら、容疑が確定しちゃう」

「……うん、分かってるならもうちょっと大人しくしてくれな」


 息を吸って、吐く。


「……ええと、つまり……俺たちを投獄しようと?」

「そういうことになる」

「俺だけとかだめですか?レアは見逃してもらえませんか?」

「無理だな」


 なるほどなるほど。よくわかった。

 とばかりに頷いた勇者に向かって、改めて槍が突き出される。


「皆の者!勇者と聖女を捕らえよ!牢屋へ連れていけ!」


 もう一度息を吸って、吐いた。

 勇者は大声で叫んだ。


「わかりました!じゃあ、勇者辞めます!」




 玉座の間が凍った。




「………えっ」

「勇者辞めて一般人に戻ります!クラスチェンジします!」

「えっ、いや、えっ?」


 騎士団長がめっちゃくちゃに動揺している。


 クラスチェンジとは。

 この世界に存在する、自らのパラメータ……つまり、能力値を弄る大きな決断である。

 簡単に言うならば転職だ。今までに得てきたスキルではなく、新たなスキルを得るために大半の能力値の者は、能力の殆どを捨て去ることになる。


 薄い布の奥にいた王様が思わず顔を出してきた。

 勇者が勇者を辞め、クラスチェンジするという動揺が顔に現れている。


「勇者よ……勇者を辞めてどうするつもりなのだ」

「陛下。俺は料理人になります!そもそもうちただの飯屋でしたし!たまたま勇者の剣があっただけで!」

「うん?」

「ほら、戦闘できなくて弱いなら担がれません、陛下にご迷惑をかけません!平和な世の中なら、俺はもう要らないじゃないですか!」

「う、む……」


 突然の勇者による勇者辞めます宣言に動揺する玉座の間。

 そういえばこの勇者、めちゃくちゃお人好しで有名だったな……と騎士団長は思った。


 国王の声は完全に震えている。


「で、では……この場でクラスチェンジしてみせよ。己の技術を、能力をわしの間で捨て去って見せるがいい」

「はい、陛下」


 ユーリィは頷き、剣をそっと置いた。




 その足元から、真っ白な魔法陣が、広がる。能力を意味する力の本流だ。

 さすが勇者たるもの、その大きさは部屋が一つ飲み込まれるほどに大きい。普通の人間なら足元に広がる程度で精一杯である。

 風がユーリィの黒髪を吹き上げる。伏せられていた緑の瞳が開いて、吐息がこぼれた。

 魔力で編まれていた鎧が解けていく。

 魔力は、別の形を形作っていく。


 まるで変身ヒロインの如く光に包まれる体。

 一瞬の後、真っ白なパリッとした衣装と赤いスカーフの料理人の姿に、勇者は変化していた。


 舞い散る光の粒。

 魔法陣は消え去り、強さも最早一般人同様となったであろう勇者は、ゆっくりと立ち上がった。


「俺は、陛下にご心配をおかけしたいわけではないのです。俺を王に戴こうとする人たちも、勇者がただの料理人になったといえば諦めてくださるでしょう」


 その声に嘘はなく。

 その行動にも曇りがない。料理人になっても、やはり勇者は勇者たる志を持っていた。


 そう、玉座の間にいる幾人かが思った、次の瞬間。

 図ったように矢の雨が勇者に向かって降り注いだ。


 王ではなく将軍が、いつの間にか矢をつがえさせていたのである。

 

「はっはっはっは!勇者よ、目の前で防具と剣を外し、殺されないとでも思ったか?」


 アストレアが目を見開く。

 振りかざした杖の先端が真っ白な光を星のように放つ。


「ユーリィ……!」


 しかし、アストレアの呪文の詠唱は間に合わない。

 降り注いだ幾千の矢は、彼の体を突き刺し貫き、血まみれにする……はずだった。







 彼は片手を振り上げた。

 片手に、光が凝固する。それは一瞬で光るフライパンに変化した。


 青白い光をまばゆいまでに放つフライパンに次々と落とされる矢。カンカンカン!と金属質な音が玉座の間にこだまする。数秒を経て、アストレイアの使う魔力の障壁が展開され矢を防ぐ。


 フライパンがスイングし、その瞬間に放たれた光の波が、兵士たちを吹っ飛ばした。



 ーー……勇者だったときと変わらない強さで。


「あれっ……おかしいな」


 勇者は呟いた。


 力の程が変わらない。

 なんだか体感能力があまり変化した気がしない。フライパンを握ると、剣技も使えることだし。

 勇者はなんとなく冷静に思った。

 ああそうか……コップ2つ用意して、溢れた分の水捨てても中身の量変わらないもんな。

 ということは……つまり……?


 彼は一足早く周りより先に事態を理解し、あっという間に聖女を片腕で抱えると、一足飛びに逃げ出した。


「きゃっ!ユーリィ、もうちょっと優しく抱っこしてくれても……」

「じゃあ横抱きで!ごめん、ちょっと我慢して!」



 腕の中で、華奢な少女の体を簡単に抱き直せる。

 跳躍すると一足飛びで窓際まで行ける。料理人なのに。料理人なのに!



「こんな馬鹿な料理人がいるか!勇者よ!貴様はやはり指名手配じゃ!」

「勘弁してください王様!俺ただの料理人なんでーー!」


 クラスチェンジをしたら弱くなって色々な柵から逃れられるかもと思ったのに、そうでもなかったようだ。

 ぜんっぜん、そうでもなかったようだ!

 飛んでくる矢をフライパンで全て余裕で跳ね返しながら勇者は全力逃亡した。





 その数日後、料理人になった勇者と、聖女は国をこっそり抜け出す算段を立てる。

 この時二人は、この先二人の身に何が降りかかるのかを、まだ知らなかった。

読んでいただきありがとうございます。

初っ端からどうしようもなく混沌としていますが、楽しく読んでいただければ幸いに思います。

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