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a Little Hero Gangster  作者: 水夜ちはる
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 反射的にダミアンはそれを打ち抜く。だが、それがダミーだと知って、彼は一瞬判断を迷わせた。アルバートはそのすきに転がるように部屋に侵入して、銃を立て続けに撃った。ダミアンの手が一瞬止まる。

 クリスは迷わずカーサに向かって走った。


 だがそれはダミアンの罠だった。ダミアンの狙いは初めからクリスだった。彼が消したいのはアルバートでもエリーでもない。クリスなのだ。それをアルバートは失念してしまった。


 ダミアンの銃口がクリスを狙った。

 クリスとダミアンの銃口の間にガスランプがよぎる。だが、ダミアンは構わず銃を撃った。


「まずい!」

 アルバートとエリーは同時に叫んだ。


 エリーはクリスに飛びつき、アルバートはダミアンに向かって引き金を引く。だが両者とも一瞬遅い。

 絶望的な瞬間が永遠のように感じた。


 ダミアンの放った銃弾は、ガスランプを貫き、クリスへ吸い込まれようとした。

 だが、黒い影が彼を覆った。


 それはシックなメイド服だった。

 一瞬遅れて銃声がこだまする。


「クリス……無事ですか?」

「カーサ? カーサ!」

 声をかけたカーサは苦しそうな表情で笑っていた。銃弾をクリスの変わりに受け止めたのは彼女だった。銃弾は彼女の体の中央に吸い込まれていた。


「く……そ……」

 ダミアンの怨嗟の声が聞こえた。アルバートの弾丸は彼の胸を貫いていた。

 一瞬遅れて血を吐く。致命傷だった。


「カーサ、カーサ! 大丈夫か」

 クリスは焦ってカーサを抱いた。彼女もまた、致命的な傷を負っていた。青白い顔で微笑んでいた。

「クリス、早くお逃げなさい。ここはもうすぐ……」

 そのときだった。ガスランプから激しく炎が舞い上がった。漏れたガスに引火したのだ。幸い爆発はせず、一瞬でガスは燃え尽きたが、炎はあたりに飛び散り古い木造の建物に燃え移るのは早かった。


「こりゃ、やばいぞ……」

 アルバートは低く唸った。銃撃戦であちらこちらの窓が割れており、夜風が舞い込んでいた。物が燃えるに条件が良すぎる。


「クリス、立って!」

 エリーがクリスのそばに寄り、少年の手を引いた。だが彼はイヤイヤをする子供のように抵抗して彼女の手を振り解いた。


「カーサ! 君も逃げるんだ」

 クリスは無理を言った。カーサの傷では走れないことは誰の目にも明らかだった。

「クリス……人はいずれ死にます。モノはいずれ壊れます。形あるものはそう言う運命を持って生まれてくるのですから……」

 カーサは悲しげに微笑んで訴えた。


 クリスは彼女の言葉にはっとなった。彼の古い記憶。幼い日に聞いた言葉。

 カーサは永遠ではない。

 人であれ、館の精霊であれ……


 クリスは心を痛めた。締め付けられるような痛みに彼はうめいた。物を失うときの罪悪感。約束を果たせなかった後悔。それは痛みとなって返ってくる。それは罪と罰の因果応報。


「さあ、クリス!」

 エリーは強く彼を引いた。

 エリーはカーサから視線を離していなかった。エリーは気づいているようだった。言葉ではない何かで、カーサが人間ではないということを。

 カーサもエリーを見つめた。カーサは少女に強いものを感じて、最後の願いを声にした。


「クリスを頼みます。あの子は母親も父親も失って、この上生家も失えば、もう寄る辺がありません。出来ればあの子を助けてやってください」

「必要ないと思うわ」

 エリーは短い言葉で言った。カーサは驚いてエリーを見つめた。


「クリスはもう助けを必要としていないもの。もちろん、大人が必要なときもあるでしょう。間違ったこともすると思う。だけど、間違えないで歩くことだけが、正解じゃないと思うわ。クリスは自分の意思でここへ来た。彼の決断よ。彼はもう大人へと変わりつつある」

 エリーは柔らかに微笑んでいた。もう少年は手を引いて連れられる子供ではない。

 カーサは自分の足で立つクリスを見つめた。さみしさと喜びが入り混じった表情に、一筋のしずくが流れた。彼女の目にはクリスの背中に大人へ旅立つ、翼が見えたような気がした。




 ざわめくヒースロー空港でエリーは時間を気にしていた。

 今日は白いジャケットにジーンズと言った、ラフな姿だったが、すらりとした彼女には良く似合っていた。エリーは少し待ちくたびれた様子で彼女は腕時計を見た。チェックインの時間はあと一時間と迫っている。


 と、そのときエスカレータを駆け上がりながら、彼女の名を叫ぶ少年がいた。

 もちろんクリスである。その後ろにはアルバートの姿もあった。

「遅い。見送りに来るつもりがあるなら、もう少し早く来なさい」

 エリーは腰に手を当てて文句を言った。


「エリーが悪いんだろ、いきなり帰国するなんて言うから……」

「いきなりじゃないわ。このチケットは日本を出る前に取ったものだもの」

 アルバートの反論に、エリーはしれっと言った。たしかに彼らにそれを伝えていなかったのは事実だが。

「これだよ、まったく……」

 うんざりした様子でアルバートが言った。エリーは軽く笑い、アルバートも苦笑いを返した。


 エリーはクリスがずっと黙っているのに気がついて、彼の顔を覗き込んだ。

「どうしたの、クリス? 私が日本に帰るって驚いた? 夏の休みが終われば学校もあるし、日本の友達だって待ってるわ」

 クリスはエリーに目を合わせなかった。

「そうじゃないんだ」

 クリスは何か言いたげだった。


 エリーは口を閉じて彼の次の言葉を待った。

「なあエリー……」

 彼は首を横に激しく振った。


「じゃない! ミス・エリ・モリカワ。今すぐは無理だけど、僕が大人になったら、認められる歳になったら、結婚してくれないか!」

 彼の表情は真剣だった。少しだけ涙ぐんでいるのは緊張の性だろう。彼は今まで生きてきた中で、一番の勇気を振り絞っていた。もしかすると銃弾の中をかいくぐるより生きた心地がしなかったかもしれない。


 だが、肝心のエリー――本名を森川恵理。彼女の反応は少し驚いたままで固まっていた。


 出発ロビーのざわめきがいやに耳につく。

 我慢できなくなったアルバートがクリスの後ろで笑い始めた。


「悪い、悪い。笑っちゃ悪いよな、クリスはこれでも真剣だぜ? どうするよ、エリー」

 恵理は表情を変えられないまま、クリスとアルバートを交互に見た。しばらくすると、彼女の頭の中も整理されてくる。


「そうね、あなたはいい男だから悩むわね」

 彼女は目を細めて笑った。


「十年後、あなたが今以上にいい男だったら、そのときは考えてあげてもいいわ」

 クリスはあくまで真剣な目つきだったから、冗談で返すのは悪い気がしたが、恵理は冗談を交えたニュアンスで彼に答えた。


 クリスは少し不満気な表情を見せたが、しぶしぶ納得するしかなかった。

「そんなに惚れているんなら、日本について行ったらどうだ?」

 アルバートも冗談交じりに行った。

「いや、それは出来ないよ。僕はもっと強くならなくちゃ。アルバートやエリーに負けない大人になるためにね」

 少年は力強く言った。

 エリーはそれを見て、男の子は強いなと感心し、クリスの成長を純粋に願った。


 三人はしばらく談笑し、そしてエリーのフライトの時間が近づく。

 恵理は出発ゲートへ向かいながら行った。


「じゃあアルバート、クリスをよろしく。立派な……いや、貴方に頼むと変なクセが付きそうね」

「どう言う意味だよ」

「そう言う意味よ」

 恵理は笑うと、クリスに手を差し伸べた。


 クリスは無理に笑って、手を差し出し握手をする。

「また、来るわ。そのときは歓迎してくれるよね?」

「もちろんさ。次の時はあんな粗相はないようにする」

 それは一味に襲われたときのことを言ってるのだろう。恵理は小さく噴出した。クリスも笑い、二人は笑顔でお互いの成長と再会を誓った。


 クリスは恵理の姿が見えなくなるまで、ゲートで見送り続けた。

 それは後悔ではない、再開と言う未来への誓いのために――。

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