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a Little Hero Gangster 作者:水夜ちはる
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3/6

「見失っただと? 相手は子供だぞ」
 男は部下をにらみつけて言った。その声には迫力と強さがあった。四十代半ばだろうか、鉄灰色の髪の背の高い男は不機嫌そうだった。
 ダミアン・アンダーソンである。
 ボスであるコネリー・キャクストンを失ったイタリア系マフィアの組織は、ボスの親友であったダミアンを組織の頭に据えた。冷静な判断力を持つ彼は、仲間の信頼が厚くボスに相応しいと思う幹部たちも多かった。

 だが時に彼は冷徹だった。
 組織の繁栄の為、最も少ない犠牲で最も高い利益を得ることができる人間だった。
 コネリーは古いタイプのボスで、人情に厚く、時に利益を犠牲にした。その性格の差はときに反発しあっていたが、お互いを信頼していた。コネリーが組織から失われたあと、ダミアンは自らトップの座に立った。

「しかし、やたら強い女が一緒にいるらしく……東洋人の小娘だそうですが」
 電話で報告を受けた部下の男は慌てるように弁明した。だが、その弁明の内容もダミアンをさらに不愉快にした。

「東洋人の小娘だと? ふざけるな、お前らはガキと小娘にしてやられるのか。キャクストン一家も落ちたものだ。このロンドンで一・二を争うマフィアだったと、それはすっかり過去の年表の出来事か?」
 ダミアンは珍しく苛立って、男を下がらせた。

 キャクストン一家はイタリア本国のバックも手伝って、このロンドンで最大の勢力を持つマフィアだった。だが、コネリーはマフィアのボスとして人望はともかく、冷徹に徹しきれない男で、彼が老いるにつれて香港三合会やアルバニアマフィアらに勢力を奪われていった。

 コネリーはそれでも構わないと思っていた。彼の組織は大きくなりすぎていたと感じていたからだ。だが、ダミアンは違った。彼は野心を持っていた。彼は彼の流儀で組織を盛り立て、他のマフィアと争って力をつけていた。コネリーはダミアンの働きも評価し彼を賞賛した。

 しかし、ダミアンは力を失っていく一家を黙っていられなかった。コネリーが頭を取る限り、その流れは変わらないだろう。彼はコネリーに引退を迫ったこともあったが、コネリーは譲らなかった。

「あなたは後悔しているのでしょう?」
 誰も居なくなったはずの部屋に、女がいた。クラシックなメイド服に身を包んだ彼女はカーサだった。
 気配もなく、この部屋のドアを開けるでもなく、彼女はそこに存在した。

「後悔か。その表現には素直に賛成したくはないが、今俺に必要なことは、後悔ではないと思う」
 彼はそう言うとラッキーストライクを一本取り出して、火をつけた。紫煙が霞む。
「俺には耐えられないのさ。一家がしぼんでいくのを。一人の老人がその身を小さくしていくように、老いていくのを、な」
 カーサはじっとダミアンを見つめた。無言の抗議のようだった。ダミアンは深く煙を吸い込んだ。息苦しさは煙草のせいだけではなかった。



 携帯電話が鳴る。エリーは走るのをやめて、バッグから携帯を取り出した。あの状況下で彼女は私物をきっちり確保していた。
 クリスはそれを見て、驚きの表情をエリーに向けていた。

「パスポートとか、カードとか、なくすと厄介なものが一杯あるからね」
 エリーはあたりを確認して携帯電話を取り出した。マフィアたちは二人を見失って追ってこれていないようだった。
 エリーは着信の番号を見て眉を潜めた。携帯のメモリーにはなく、彼女の記憶にある番号だった。それは彼女をあのホテルへ呼び出した番号である。

「もしもし? まったく素敵なご招待ね。私が予定より早く着いたのはあなたのせいではないけど、鉛のフルコースが出てくるお店だとは思わなかったわ」
『悪かった。だが、無事だったんだな。今ホテルの前を通って、焦ったぜ』
 電波を通して相手の安堵が聞こえた。エリーは直感的に、相手が悪気のある人間ではないと感じた。

『確認したいことがある』
「クリスティアン・キャクストンの安否でしょう?」

 エリーの言葉に、電話の向こうとこちらで驚きの表情が飛んだ。
 エリーが受けた依頼は、ある少年を保護してほしい。それだけだったからだ。
 クリスも電話の相手もフルネームを名乗ったことはない。だがエリーはその名を正確に口にした。

「無事よ。あなたが依頼したかったのは、彼の保護でしょう? まあともかく、ホテルの前を通ったなら、近くに来ているはずよね? そろそろ時間だし、場所は違うけど、お互い顔合せといきましょう」

 エリーはそう言うと、通りの名前と近くにある建物を告げた。
 電話の男は車を回す、と言って電話を切った。

「エリー、なんで僕の名前を知っているんだ?」
 クリスは警戒心を抱いて質問した。エリーが敵だとは思わない。だが、エリーは彼のことを知っている風だったからだ。

「クリスティアンと言う名前と、殺し屋に狙われている、と言う条件で、私が知っているのはキャクストンという姓を持つ人物しか知らないわ。最も実際に会ったのはこれが初めてだけど」
「だから、なぜキャクストンっていうのを知っているんだ!」
 エリーはクリスから視線を外して通りを眺めた。

「キャクストン一家……いえ、コネリーさんには昔仕事でお世話になったことがあるのよ」
 エリーの声は少し寂しげだった。エリーはコネリーが死んだことを知っていたからだ。

「コネリーさんから少し前に手紙をもらっていたわ。『もし私に何かあれば、息子を助けてやってくれ』ってね。しばらくこっちに来ていなかったし、事情を知らなかったけど、まさか殺されるなんて思いもよらなかった」
「父さんがそんなことを……でも、エリーは学生でしょ? なんで父さんと関係が」
「イギリスじゃどうか知らないけど、日本じゃ学業だけしかしてない大学生なんてほとんど居ないわよ」
 エリーは軽く笑ってごまかした。殺し屋をバイトにしているなんて、日本の大学生で居るわけがないとクリスは思った。少年は反論しようとしたが、それは大きな排気音で遮られた。

 二人が驚いて車道を見ると、深緑のXJRが横付けしていた。イギリスが誇るジャガーの高級車の一台だ。
 クリスは身体を強張らせ、エリーは注意深く運転席を見た。しばらくして、XJRからサングラスをかけた長身で明るい赤毛の男が現れた。サングラスを取ると、意外にも愛嬌の良いたれ目が覗いた。どちらかと言えばシャープなエリーの目とは対照的である。

「アルバート! 良かった無事だったんだね!」
 クリスが明るい声で、勢いよく彼に駆け寄った。エリーは敵ではないことを知って、少し緊張を解いた。

「よう、クリス。なんとか生き残っているみたいだな」
 その声からエリーは電話の主がこの男だと判断した。

「僕が失敗したんだ。やつらに気付かれてあのホテルに逃げ込んだ。まさか市民を巻き込んでまで、やつらが僕を殺しに来るなんて思わなかった」
 クリスは声を沈めて言った。沈鬱な少年の表情が痛々しい。彼らは明らかにクリスの命を狙っていた。居合わせた店員や客が犠牲になった責任の一端を彼が背負っているのは明らかだ。

「殺したのは彼らよ。貴方は狙われただけに過ぎない」
 エリーは感情を殺した声で言った。それは彼女なりの配慮だったかもしれない。そっけない一言だったが、クリスの心は少し軽くなった気がした。

「それより、あなたが依頼者ね。まったくあんないい加減な依頼もないわ。突然見知らぬ番号から電話がかかってきたと思ったら、『キャクストンの息子が危険だ、護衛を手伝ってくれ。十四時にバートンホテルへ向かうからそこで待ち合わせだ』なんてね」

 依頼者アルバートは悪びれず笑った。
「だが、あんたは断れなかったろ?」
 エリーは憮然とした表情でアルバートを見つめた。
「ま、乗れよ。つのる話は移動しながらでいい」
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