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その後、シュネーさんに生活に必要そうな事から簡単に教えてもらいつつ、二人はどんな仕事を引き受けてこの森へやってきたのかを聞いてみた。
話によると、この森の近くにある村からの依頼で、最近付近にゴブリンが出没するようになったので調べて欲しい、というファンタジー世界設定的には良く聞く感じの話のようだった。
この手の依頼は結構頻繁に冒険者ギルドに来るらしい。
今回は村の周囲を探索した後に、可能ならば森にゴブリンの巣が有るのかどうかを確認する予定で、冒険の日程を進めていたらしい。
ところが森を大して進まないうちに、斜面に開いていた洞穴の様な場所に、ゴブリンの巣があるのを発見してしまって。
見張りゴブリンに見つからないよう身を隠して、さて如何した物かと二人で思案している所に、例の肌の黒いゴブリンが不意打ちを仕掛けてきたらしい。
隠密系統のスキルをもった特殊個体で、両手に持った短剣でヴィルは左足太ももを、シュネーさんは右足の膝裏辺りを同時にザックリとやられたと言っていた。
その場はシュネーさんが洞窟に突入する場合に使おうと思っていた、発煙筒の様なアイテムを使って脱出したらしいのだが、逃げる際に左肩を負傷して移動の途中で動けなくなってしまったという事だ。
その後は俺の知っている通り、動けなくなったご主人様を助ける為に一人移動を開始したヴィルが、広場で休憩していた俺と鉢合わせして、色々あって今現在、って感じだな。
俺が気絶させたゴブリン2匹は一体如何したのかヴィルに問いかけてみたが、覚悟の決まっていない俺のかわりにヴィルが止めを刺してくれたらしい。
ぱっと見て12~3歳程度に見えるヴィルだが、戦闘経験は豊富みたいだな。
そのゴブリン滅殺血塗れ犬っころが、異世界知識の勉強中にチョコマカと周りを動き回って、無意識に俺の勉強を邪魔してきやがったので。
取り合えず右手でガッチリと頭部をホールドして、左コブシでグリグリ頭頂部を抉ってやった。
『あーっ! 頭がぁ!』という訴えは聞こえなかったことにする。
シュネーさんが元気になったからといって、あまりテンション上げすぎるんじゃない犬っ子め。
そんな感じでシュネーさん側の事情を掻い摘んで説明してもらいつつ、話のお礼にとストレージから様々な色をしたお菓子袋を取り出す。
これもクッションと同じくハロウィーンイベント時限定のアイテムで、加工する事で特殊な装備等を作る事が可能な素材だ。
見た目通りにそのまま食べる事もできて、HPと満腹度を少量回復させる効果がある。
俺はこの世界に来る前日にイベントをこなしつつ【軽衣服】の熟練を上げていたので、ハロウィーンイベント関連のアイテムがストレージにたっぷり入っていた。
リボンで装飾された紙袋を開くと、中には色とりどりのクッキーが詰められていた。
ゲームでは袋のまま使用する感じだったが、流石にこのまま丸呑みは出来ないよな。
とりあえず茶色いクッキーを一枚摘むと、俺の腕の中ですっかり大人しくなっていたヴィルの口に、ズボリとクッキーを捻じ込んでやる。さあ良く噛んで食べろよ。
……何だか餌付けが習慣になってきたな。一応犬だし良いか。
その後、シュネーさんに通貨の単位やこの国の情勢、付近にはどのような村や町があるのか等を、ボリボリとお菓子を摘みつつ脳内に詰め込んでいく。
こりゃ学校の勉強より大変だな……まぁ実りのあるお勉強なのでやる気はモリモリだが。
そんなこんなで、大分話し込んでしまった。
大体日常で使うような知識の説明を聞き終わった所で、凝り固まった首をゴキゴキと回して息を吐く。
久しぶりにこんなに真剣になって勉強したなぁ……
やり甲斐があると集中力が持続するもんだな。普段の俺からは想像もできない。
もしかしたら、知能や魔力のステータスが高いこのキャラの、ステータス的恩恵があったりするのかもしれないが。
ふと横を見ると、胡坐をかいて座っている俺の腕の中で、ヘッドロックをされた状態にも関わらず、固い義足と脇の間に頭部を捻じ込むようにして……ヴィルがグゥグゥと寝こけていた。
しかも顔がめり込んでいるのは俺のわき腹だ。くそっ寝息が暑苦しい。
このヤロウ……何時の間に熟睡してるんだ……
重くはないから別に良いんだが、お前には獣的な警戒心はないのか警戒心は。
俺は腹立たしいほどに気持ち良さそうな寝息を立てている、ヴィルの犬耳の根元辺りをゴリゴリして嫌がらせしていると、シュネーさんが申し訳無さそうな顔をしつつ、俺に頭を下げてきた。
「ヴィルがご迷惑をお掛けしまして……私以外に、こんなに懐いているのを見るのは初めてですよ」
「初対面で土下座されて、お許し下さい的な事言われた仲なんだがな……」
そりゃーむやみやたらに恐れ奉られるよりは、今くらいの距離感のほうが大分マシだとは思うんだがな。
逆に緊張感がなさ過ぎるのも、それはそれで問題なんじゃないのだろうか。
ムゴムゴと唸るばかりで、全く起きる気配のないヴィルの後頭部を眺めつつため息を吐く。
まぁ色々と動き回って疲れていたんだろうが、ご主人様を差し置いて寝るとはいい度胸だなコイツ。
奴隷に先に寝られてしまうという暴挙を食らったシュネーさんは、まったく気にする素振りもなく、逆に自分の横に置いてあったマントを、毛布代わりにヴィルの上に被せてあげている位には良い人だ。
そして今後の予定はというと、夜が明けるのを待ってから一旦村へ引き返して、その後人数を集めて再度ゴブリンの巣を叩くという方針を取る事になっている。
俺とヴィルが戦ったゴブリン達が、ある程度統率した動きをとっていたのは……恐らく例の黒い特殊個体ゴブリンが原因である可能性が高いという話だった。
他にも特殊個体が居る可能性を加味して、二人で乗り込むのは危険だろうという事になったのだ。
俺が役に立てる状況ならば、もうチョット他の手段も取れたと思う……いろいろと申し訳なくなるな。
「ジルバさんも良かったら少しお眠りになってください。私が不寝番をしておきますので」
「そりゃちょっと眠くはなってきてるけれど……シュネーさん、体の方は大丈夫なんですか?」
俺の自家製ポーションがどの程度まで対象を回復させているのかが判らないので、シュネーさんの体調が気に掛かるのだが。
俺の言葉を受けたシュネーさんは力瘤を作るような感じで右腕をグイっとL字に曲げると、ニッコリ笑ってコチラを見る。
「傷を負う前よりも、逆に調子が良い位なんですよ!」
「本当ですか? 俺に気を使って無理したりしてないですか?」
俺は一応確認するつもりで聞いてみたのだが、なんとシュネーさんはその場でぴょんと飛び上がると、左手一本で逆立ちをしつつ『ほら、こんな事出来るくらいには元気ですよ!』とお返事を返してくる。
しかも先ほどまで深い怪我を負っていた左手でだ。
いやいや元気だとかそういう次元じゃなく、普通に凄いんだが。バランス感覚すげぇ。
そこまでやってもらってお断りするわけには行かないよな。
俺はシュネーさんに頭を下げ、少し睡眠をとらせてもらうことにした。
一応の保険で、中位ポーションを一本と例の毒見済みなミックスジュースのパックを一つ、シュネーさんの両手に握らせておく。
ヴィルが俺のわき腹に顔を埋めたまま、服をガッチリと握って離してくれないので、仕方なく背後にカボチャクッションを出して設置し、腹の上にヴィルの頭を乗せた状態でクッションに身を沈ませつつ、ゆっくり両目を閉じる。
俺が思っていたよりも身体は疲労していたようで……
ヴィルの少し高めの体温と、シュネーさんが静かに武器を手入れする音を聴きながら……
ああ、そういえばこの犬っころから手袋返して貰ってないなぁ、なんて思いつつ……俺は深い眠りに落ちていった。
追記 投稿後発見した誤字を修正。