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犬耳娘のご主人様であるシュネーさんの傷を完膚なきまでに癒しまくった事で、意味ありげに自信たっぷりな俺の行動に実績が伴った。これでホッと一息つくことが出来る。
先ほど犬耳娘の頭頂部にポーションをぶっ掛けた際に、どの程度の傷なら治るのかは大体把握していたが、大分重症にみえたシュネーさんの傷でも一発で完全に完治するくらいには、俺お手製のHP回復ポーションの効能は高いらしい。
コレをチマチマこの世界で売ったら小銭になるんじゃないかな?
俺の生産スキルでも飯の種くらいは稼げそうでひとまず安心だ。
何はともあれ先立つ物はお金だからなぁ……
延々とカロリーバーで生きていくのはちょっと遠慮したいし。
あの携帯食って別に不味くないし、無駄に色々味の種類がある『設定』だからな。
適当に取り出して言ったら違う味のが出てくるんじゃないかと思う。
本当ーにあのヒョロっとした神の使徒とやらは、無駄にクオリティの高い仕事をしてくれてるよ。
ゆっくりと手足を動かして傷のあった部位の調子を確認しているシュネーさんと、それを嬉しそうに見ている犬耳娘を眺めつつ、取り合えず今回行った救助活動の報酬を受け取る為、さてさてどういった感じで二人に切り出そうか、と思案し始めたまでは良かったが。
俺が何かを言うより前のタイミングで、シュネーさんが両足を揃えて膝から曲げ……土下座のポーズを取った。
それにシンクロするように犬耳娘も再度土下座アクションを開始し始めた。
……犬耳娘といいシュネーさんといい、異世界なのにこのポーズ=謝罪みたいなノリが定着してるのは何でだ? あれか、俺達が来る前に召喚された日本人が広めたとかそういった感じか?
ビシっと地面に両手を揃えて、見た目的にも美しく感じる土下座を華麗に決めたシュネーさんが、がばっと顔を上げ俺に緊張した面持ちで声をかけてくる。
「本当にありがとう御座いました! 出会ったばかりの私などに、あの様な貴重な魔法薬を……!」
「とりあえず足を崩してくれよ、一応病み上がりっつうか傷塞いだばっかりなんだし……まぁ、喜んでくれてるなら俺としても嬉しいよ」
「で、ではお言葉に甘えて……」
正座の状態から足を崩して横座りの状態になるシュネーさん。
その横に犬耳娘がくっ付く感じで腰を下ろした。
ひとまずは落ち着いて会話が出来る状況になったかな。
友好の証として、先ほど犬耳娘に飲ませたぶどう味のジュースを2本取り出して、二人に差し出しておく。傷の治療に飲み物も完備。
うん、これで友好ポイントの稼ぎはばっちりだろう。
犬耳娘は見覚えのあるビンだと判ると、ささっと2本のジュースを俺の手から受け取り、シュネーさんに差し出しつつ『凄い美味しいんですよコレ!』とか言っている。無駄に元気だなこいつ。
俺に向かってシュネーさんが、飲んでもいいのでしょうか? と云う感じの目配せをしてきたので、一度頷いてどうぞと言った感じの目配せを返しておいた。
「では、ありがたく頂きます……美味しい……あっ改めて自己紹介をさせて頂きます、私の名前は【シュネー=トライベン】といいまして、七等級の冒険者をやっています……ほら、ヴィルも自己紹介しなさい」
「はい! 私は犬人族の【ヴィルベル】といいます! シュネー様の戦闘奴隷で九等級の冒険者です!」
シュネーさんが自己紹介をしつつ、首元から何やら鎖に繋がった認識票のような金属の板っぽい物体を取り出して、俺の顔の前に掲げてきた。コレが七等級冒険者とやらの身分証とかなのかね。
犬耳娘改めヴィルベル……言いにくいからシュネーさんにならってヴィルで良いか。
ヴィルも同じように首元から認識票を取り出して俺に見せてきた。
まぁ見せてもらっても良く判らないんだがな。俺も冒険者だと思われてるのかなこれ。
一応両方を見比べてみたが、ヴィルの物は茶色っぽい色をしていて、シュネーさんのは光沢のある金属だな。
「もし宜しければ、お名前を聞いても?」
「あー……それなんだが……助けたお礼として貰うつもりだった報酬と、ちょっと関係があるんだ」
「報酬? お名前がですか……それは一体どのような?」
シュネーさんが首を傾げてコチラの言葉を待っている。
とりあえず男だった頃の名前を名乗ったらいいのか、それともこの『ゲームキャラクター』の名前を名乗ればいいのか、そこから決めて行かないと。
んーむ、普通に『時雨 智也』を名乗ると、俺やクラスの奴らを呼び出した魔法使いとやらに、こっちの事を把握されてしまう可能性があるかもしれないな……
とりあえずは、このキャラの名前を使う方向で進めていくか。
キャラ名で呼ばれても、こいつの名前なら即座に反応できると思うし。
それ位の時間をかけて育ててた、ガチメインキャラだからな。
「ちょっとしたお願いをしたいだけなんだ。別に難しい事じゃないと思うんだが、ちょっと変な頼み事っていうか……ああ、俺の名前は【ジルバロート=シクザール】一応剣と魔法を併用して敵を倒す戦法を使ってる」
「改めて御礼を言わせていただきます、ジルバロートさん」
「ああ、長くて面倒だったら【ジルバ】で良いよ……それで、お願いって言うのは、だ」
「はい……なんでしょうか」
俺が真剣な表情でシュネーさんとヴィルの前に座り込んだのを見て、二人とも緊張した面持ちで姿勢を正している。そんなに硬くなられても困るんだが……まあいい、俺が今一番欲しい物を頂くとしよう。
「簡潔に述べるとだな……俺は自分の名前以外には、自分の能力や戦い方以外は全く判らない状態なんだ」
「なんですって!? 何かが原因で記憶を喪失したとかでしょうか!? 等級証もお持ちでないと?」
問い詰める言葉へ無言の頷きで答えた俺に、息を飲んだように声を詰まらせながら詰め寄ってくるシュネーさん。ヴィルの方はポカーンとした顔で俺とシュネーさんを見比べていた。
元々冒険者じゃない俺が、その等級証とやらを持っていないのは当然なのだが。
「いやまぁ……詳しい事情は『話せない』んだ……そこで『お願い』に繋がってくるんだが。良ければ……いや、是非とも『理由を聞かずに』俺にこの世界の常識を色々と教えて欲しい」
胡坐を掻いた状態で腰を曲げ、深く頭を下げる。
こんな胡散臭いお願いを聞いてくれるかどうか……
一応俺は悪いやつじゃないと判ってもらう為に、頑張って仲良しポイント的な何かは稼いだつもりだが。
実際問題、裏で悪い事を考えているわけでもないし……
一般常識程度でいいから、この世界についての情報が欲しい。
「それが……ポーションの代金分のお礼という事、でしょうか」
シュネーさんの声が頭を下げた俺にかけられる。これは駄目っぽいか……
「出会って間もない二人に無茶を言ってる事は判ってる……だが、頼めないだろうか」
返答が返ってこない事に居た堪れなくなった俺は顔を上げ、もう一度説得を試みようと思ったのだが……予想に反してシュネーさんとヴィルの表情は笑顔だった。あれ、想像していた感じと違うぞ?
「そんな事で良ければ幾らでも! 込み入った事情を持つ冒険者など珍しくもありません!」
「冒険者の過去をみだりに聞いたりしない、っていう暗黙の了解があるんですよ!」
もっと不審人物的な反応を返されると思っていた俺の想像とは全く違い、あまりにもあっけなく話が付いてしまった事で……知らず知らずに緊張していた俺の全身から力が抜ける。
はぁー……これでこの世界で生きていく足がかりは、出来たか。
安堵のため息をついた俺は、差し出されたシュネーさんの右手をガッチリと握り返す。
俺の安心した様子を見てニヤニヤ笑っているヴィルの顔が気になったので、コイツの頬っぺたも左手の親指と人差し指でガッチリと挟んでやる。
『ふぉー!? なぜぇー!? 痛いですぅ!』というヴィルの返答は聞かなかった事にしよう。