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音が聞こえ始めてから10秒程だろうか、視界内におさめていた茂みががさがさと揺れて、人型の何かがそこからズボっと飛び出してきた。さて、モンスターか人間か……どっちだ?
正面に浮かべておいた光の玉を押し出して、揺れた茂みの方へ滑らせる。
近寄らないで相手を確認するならこの方が安全だろう。目眩ましにもなる。
案の定、唐突に光に照らされた相手は驚いて、眩しそうに左手を顔の前に翳して光を遮っている。
ざっと見たところは人間の様だが……頭の上に獣の耳とお尻に尻尾が付いてるぞ?
コレはアレか?……はいはい間違いない、定番の獣系な人種だな?
ソイツは、右手に血に濡れた短剣の様な物を持っていて、こちらに向けて警戒の唸り声と共に切っ先を向けている。
身に付けている服は……恐らく動物の皮かなにかが主な素材であろう、頑丈そうな上着とズボンを着用しているな。フード付きのマントと思われる厚手の布が、首から背中にかけて垂れ下がっているのが判る。
第一印象はゲームでいう所の『盗賊』か『レンジャー』って所だな。
光の魔法が放つ光に目が慣れてきたのか、両目をパチパチさせながら、こちらに視線を向けてくる不審人物。ああ、女の子かな? 年下なのは確かだと思う。
一応いきなり飛び掛ってくるような輩ではなさそうな事が確認できたので、左手を操作して光の玉の光量を落とし、糸を引っ張る要領で玉を手元に戻す。
さあ、どういった反応が返ってくるかな?
と思いながら、何時でも戦闘開始出来るように警戒しつつ相手を眺めていたのだが。
ソイツは急に気が抜けたように武器を身体の脇にダラリと垂らすと、獣耳の女の子……恐らく犬耳娘かな? は荒い呼吸をしつつ左足を引きずるようにして何故か俺の目の前、大体2メートル程離れた辺りまで来て、その場で唐突に土下座しはじめた……一体何事だよ?
「あなたのテリトリーに勝手に侵入してしまい真に申し訳ありません! お許しを!」
「おいおいおいおい! 俺はチョットここで休憩してるだけだぞ!?」
なにを勘違いしたのか俺に対して謝罪の言葉を吐き始める犬耳娘。
何処をどう勘違いしたら俺が森の支配者みたいな、そんなに恐ろしいものに見えるんだ?
俺が口にした全力の否定に、顔を上げた犬耳娘。
またもや俺の顔をボケーっとたっぷり10秒ほど眺めたあとに、再度地面にガツンとぶつける勢いで土下座リターンズ。だーかーらー! 何なんだよお前は!?
「それでしたら、お力をお貸しいただけませんでしょうか! 図々しいお願いとは存じておりますが、どうか! どうかぁ!」
「あー騒がしい! 力を貸せって言われても、事情が全く判らんわ!」
どうやら敵対する意思は感じないので、一応軽く警戒しつつ立ち上がると、今だ地面にオデコを擦り付けている犬耳娘の所まで近寄り、その後頭部を軽く小突いてやる。
びっくりして顔を上げた犬耳娘、至近距離にある俺の顔を見て、ぬわぁ! と声を上げてひっくり返った。別に取って食ったりしないから落ち着け!
「あ……あの、えと」
「ほら、ジュース飲むか?」
苦しそうな荒い呼吸で喉をヒューヒューいわせている犬耳娘に、ストレージからジュースを一つ取り出して差し出してやる。
差し出されたビンと俺の顔を交互に見つつ、ビンの開放部分の匂いを嗅いだ犬耳娘、恐る恐るといった感じで俺の右手からビンを受け取り一口。その後は一気に飲み干した。
おお、良い飲みっぷりじゃないか。
一息で空になったビンを犬耳娘の手から回収し、さて事情を聞こうかと思った矢先。
何かが飛来してくる音が聞こえる。
特に意識する事も無く、長年の修行で体に染み付いたかの様な動きの滑らかさで、左足を蹴り上げて飛来してきた物体を右後方へと弾き飛ばす。振り返って確認してみたがコブシ程の大きさの石だな。
石が飛んできたほうに意識を向けると……ああ、複数の足音と何かギャーギャー喚いてるのが耳に入ってくるな。これは……この犬耳娘が不可抗力でココまで引っ張ってきた感じか?
犬耳娘のほうも飛来してくる石には気が付いていたみたいだが、俺の反応の方が早かったらしく、両目をパチクリして俺の金属質に輝く左脚を見ている。
「あいつら、お前の知り合いか?」
「っ! この声はゴブリン共! 追って来ていたのか……傷を負って警戒が緩んでおりました……っ」
素早い動きで土下座状態から復帰した犬耳娘、負傷している左脚を庇うように立ち上がると、痛そうに顔をしかめつつ石の飛んできた方向を睨み付ける。
ああ、これはつまりこの犬耳娘がファンタジー定番のゴブリンの集団に、何かしらの理由で負傷させられて、多勢に無勢と退却してその後にココで俺と出会って、その移動の痕跡を追ってきたゴブリンがココに来た。って流れかな?
出血しつつ片足引きずって移動してれば、痕跡も大分残ってただろうしな。仕方ないだろう。
「それで? あいつらはさっき口にしていた『頼み事』に関係あるのか?」
「はい! 私は戦闘奴隷をしているのですが、ご主人様が特殊個体のゴブリンに不意打ちを受け、深い傷を追って身動きが取れなくなってしまったのです……」
犬耳娘が言うには、助けを求める為に主人を見つかりづらい場所に押し込み、一人で移動していたら魔物ではない匂いを感じ取って、それに導かれるままに進んだら俺に突き当たったんだとさ。
何か匂ってるのか俺の身体……参ったな。
二の腕や脇の辺りを嗅いで見たが良く判らん。
そんな事を言っているうちに第二射が茂み向こうから飛んできた。
徹底的に遠距離から攻める算段か……ゴブリンってわりに中々頭が良いじゃないか。
今度は飛来数が多いな。
そう思い魔法で防御しようと思って左手を上げたのだが、なんと犬耳娘が直撃コースの石だけを選別して、右手の短剣で弾き返してくれた。おお、なかなか強いじゃないか!
「くっ! 足さえ負傷していなければ、あんなヤツラ!」
ああ、片足を負傷しているせいで、遠距離に徹されると手の打ち様がないのか。
ここに居るのが犬耳娘一人だったら、非常に有効なエグイ攻め方だったんだろうな。
第二射も防がれたのが気に食わないのか、茂みの向こうの暗闇からギャーギャーと喚きたてる声が聞こえてきた。
……その喚きたてる声が陽動だっていうのは、もうバレてんだよ!
音をたてずに背後に回りこんできていた、両手に短剣を持った小柄な黒い肌のゴブリンを、視線を向けることなく後ろ蹴りで吹き飛ばし樹木にぶつけて気絶させる。
たぶんコイツが、犬耳娘のご主人様とやらを傷つけた特殊個体とやらかな?
唐突に鳴った金属と肉がぶつかり合う戦闘音に、ビックリした犬耳娘がこちらに顔を向けてきた。
おいおい、敵は前の方が多いんだ、危ないから正面向いててくれよ。
それにしても本当に頭良いな、ここのゴブリン達。
ファンタジー世界で定番の、考え無しで喚きながら猪突猛進してくる雑魚モンスターじゃないのか?
俺が黒い肌のゴブリンを蹴り飛ばした光景を見たからなのか、喚き立てていたゴブリン達がギァー! と叫びつつ武器を構えて一斉に茂みから飛び出してきた。
荒く削り出した棍棒やボロボロの剣等を手に持った、まさにゴブリンといった感じのそいつら。
総数は6匹だ。
上位種っぽい肌の黒いやつは見当たらないから、危険度は低いか?
……ここは犬耳娘の実力とゴブリンの強さを確認してみる方向で行くか。
迫るゴブリンに光の玉を滑らせて、軽く目眩ましをしておく。数秒持てば良い。
素早くストレージから中位のHP回復ポーションを取り出して栓を抜き、俺を庇うような位置に立っている犬耳娘の頭に薬液をぶっ掛けた。
「わっぷ!? な、何事ですか!?」
「ほれ、傷の具合はどうだ?」
ビックリして振り向いた犬耳娘のオデコにデコピンをかましてやると、左足を指差して聞いて見る。
こいつは自作の中位ポーションで結構な回復量があったはずだ。
キョトンとして数度瞬きした犬耳娘、左足を左手でさすってからその場で数度ジャンプする。
「痛くない! 動けます!」
「よし、それじゃあいつらは任せたぞ、頑張れよポチ」
「ぽち?」
「ほれ、動き出すぞ」
俺が言葉を発したタイミングで、光の玉を棍棒で殴り飛ばして弾き飛ばしたゴブリンが、コチラになだれこんで来た。
さてさて、危なくなったら援護してやるとして……犬耳娘のお手並み拝見だな。