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良くある異世界転移物なのでご注意を。
それでも宜しければ、よろしくお願いします。
雲ひとつない月夜の晩、鬱蒼とした森のさらに奥にある泉のほとりに、何かが倒れていた。
背の高い雑草に埋もれたそれは、身動きもせず地面に横たわっている。
よく見ると人型の生命体だという事が判るが、この様な森の奥地で、さらに月の明かりしか差さないこの状態では、夜行性で夜目の利く生き物以外にこの者が発見される事も無いだろう。
倒れた人型の生命体の胸部に小さな虫が飛び乗り、呼吸で上下する動きにビックリして何処かえと消えていった。
ザワザワと森の奥から吹いてきた風が、泉の周りに茂っている雑草を揺らす。
その風に反応したかのように、倒れていた人型の生命体は身を揺らすと、クシュンと一つくしゃみをしてガバリとその上半身を起こした。
どうやら年のころは13、4歳程の少女の様だ。
小柄な身体に髪は銀髪で、瞳は赤い血の色。その顔は整い過ぎており、美少女と褒め称えられても差し障りの無い物では無かろうか。その美貌を見る他の者がこの場にいれば、だが。
草むらの中から少女は辺りを見回すと、無意識に自分の顔を両手で弄り……硬直する。
たっぷり10秒程はそのままの状態で固まっていたであろうか。
今度は自分の髪の毛をグイグイと引っ張り強度を確認したり、目の前にもって来て色を確かめたり、口に含んで味を見たり、一本だけ引き抜くと痛みを感じて顔をしかめたり。
何かしら確認が済んだのか……ガシガシと頭を掻き毟ると、少女は自分が一糸纏わぬ姿で地面に横になっていた事に気が付き、表皮に絡まった枯れ草を叩き落とす為、自分の身体を手でペチペチと払う。
少々ドロの様な物がこびり付いてはいるが、その肌は透き通るような白さと滑らかさを誇っており、その筋の愛好家ならば、大金を払ってでも彼女に飛びついてくるであろう美しさだ。
だが、少女本人はその外見が非常に気に入らない様子で、薄桃色の唇を尖らせて自分の胸や両腕を眉をしかめた表情で見回し……ガックリと肩を落として息を吐く。
そして何か思い出したようにその身を硬直させると、薄目で顔をしかめつつ己の腰から下……下半身全体を確認し始めた。
見ると、少女の両足は太ももの中央付近でバッサリと切断されたかのように無くなっていた。
先ほどから少女が地べたに座ったままで事を運んでいる理由がコレである。
切断面は剥き出しではなく何かしらの金属で強固に補強されており、皮膚と一体化した様に溶け出した金属の残滓が、細い模様となって太ももの表皮を上に進み、揺らめく炎の様な文様を描いていた。
切断面を自分の指でなぞり、何か諦めたように少女は再度草むらの中へと音をたてて横になる。
……その場で確認出来る事を大よそ済ましたであろう少女は、空を見つめて数度深呼吸をすると両手で顔をごしごしと擦って、大きく息を吐き星を眺める。
周囲に明かりが無い為、すさまじい量の星々が輝くその夜空には『二つ』の月。
それを確認した少女は再度深いため息を吐くと、周りに存在する可能性がある未知なる危険な存在たちに配慮した囁き程度の音量で、しかしこめられた思いはこの世界に遍く轟けといわんばかりの勢いで。
空の向こうにいるのではと思われる、見えぬ相手へ一言……こう呟いたのである。
「……おいおい本気かよ、神の使徒さんよぉ!」
※ そして時は少々遡る ※
「やぁやぁ! ボクは神の使徒! 残念ながらキミは異世界召喚されたよ!」
「……はぁ?」
気が付くと真っ白い空間に立っていた時雨 智也は、一度ぐるりと辺りを見回すと最大限の警戒を籠めて、目の前に浮かんでニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている、白い服を着た痩身の男へ睨み付ける様な視線を向けた。
自分が何故ここに、こうやって立っているのか理由がまったく思い出せない。
……今は他に手段も無さそうなので、已む無く目の前の男に話しかける事にする。
「此処は一体何処だ?」
「ここかい? 簡単に説明するとだね、君の居た世界と異世界を繋ぐ通路の途中にある、チェックポイントみたいなものだよ! どうだい、判りやすいだろ?」
「まったく判らん」
智也は話にならないとばかりにため息をつくと、出入り口は何処にあるのかと周囲を見回して探し始めるが。しかし、目を凝らして辺りを幾ら見回しても、出入り口はおろか壁すらも見えない。
有り得ない。一体何なんだこの空間は。
智也が必死に周囲を見回していると、そんな光景を笑いながら見ていた痩身の男が口を開いた。
「出口なんてないよ? ほら、此処に来る直前に君が何処で何をしていたか思い出してごらん?」
「あんた、なにを言って……なに?」
意味のわからない事を言い始めた痩身の男に、呆れたような視線を向けた智也だったが、その脳裏にフラッシュバックのように此処へ来る直前の出来事が流れ込んできたのだ。
放課後。帰り支度をする自分。
何時ものように絡んできたクソ共。
無駄なおせっかいをしてくる委員長。
とぼけた事を抜かすクラスメイトと喧騒。
そして突然教室を包む光。全身を苛む痛み。
くそったれ、全て思い出した。
智也は面白くもない学校の授業を終え、帰宅する準備をしている最中に不可思議な光と共に意識を失ったのだ。爆発事故かなにかだったのかもしれない。それならば己の肉体は滅び、ここは死後の世界という事になるが……少々腑に落ちない事がある。
この陽気な信用ならない雰囲気を醸し出す痩身の男は、とてもじゃないが死神には見えない。
そして、彼の発した『異世界召喚』という単語だ。
「もう一回言うよ? やぁやぁ! ボクは神の使徒! 残念ながらキミは異世界召喚されたよ!」
「……勘弁してくれ」
智也もその手の小説を読んだことはあるが、実際そのようなことが起こるとは全く思っていない。至極当然だろう。
信じる事が出来る訳がない。異世界なんてある訳がないのだが。
……智也は両手で自分の頬を思いっきり平手で叩く。少々涙が滲むほどの強さだ。
「っつ!……本当に、夢じゃないのか」
「ああ、理解したかね」
ゾッとするほど冷たい声をあげた痩身の男が、智也の顔を覗き込んでいた。その顔から笑顔は消えており、何か無機物でも眺めているかのような表情で自分の顔を見ている。
周りを見回し……宙に浮いて此方を見ている彼の視線を受けて何故か理解した。ああ、最悪な事にこの男の言っている事は真実なのだろうと。
「わかった……で? あんたは俺になにをさせるつもりだ?」
「いやだなぁ 呼んだのはボクじゃないよ? 異世界の不届き者さ!」
元の軽薄そうな笑みを浮かべなおした痩身の男は、一々大仰な身振り手振りで説明をし始める。
掻い摘んで説明すると、異世界の魔法使いとやらが他の世界から強制的に、俺やその他クラスメイトを召喚したらしい。自分達の役に立てる為に、だとさ。
にも関わらず、異世界へ到達する前に此処にこうやって俺が立っている理由は、可哀相な俺達全員にご丁寧にも異世界召喚チート……つまり何かしらの特殊能力を授けてくれる予定があるから、らしい。まったくもってありがたくて涙も出ない。
こうやって召喚の際に能力を与えるのは、俺達の世界を管理する神様の御慈悲? らしいのだが、その与えられる能力が目当てで、他の異世界の不届き者とやらが、この世界の人々を呼ぶらしい。
本末転倒と云うかなんというか。
かといって能力を与えないで送り出すと、他の世界で生きて行くなどほぼ無理だという。
召喚直後に役立たずの烙印を押され、処分される可能性が高いのだそうだ。
聞けば聞くほど、ふざけた話だよまったく。
「他の召喚者達も、個別に担当が付いて対応してる筈だから安心するといいよ!」
「他の奴らなんぞ、そのままくたばってくれても問題ない」
「ふーん? そう?」
他のクラスメイトなぞ処分されても構わないので、そう答えたが……自分で振ってきた話題のクセに返答が素っ気無いな。まぁ、コイツにとっても実際どうでも良い事なのだろう。
それよりも、俺に授けてくれる能力とやらが気になる。
出来れば、ある程度まともな能力であって欲しいものだが。
「判りやすくリストにしたものがあるから、此処から適当に選んでよ!」
「……また随分と職務怠慢じゃないか?」
薄い作りのレストランメニューの様な物体を空中から取り出して、俺にヒラヒラと見せる痩身の男。
おいおい、手抜きの役所仕事みたいな事を言い始めたな。
「能力のご希望があるならどうぞ? しっかりとしたイメージでボクに伝えてくれるなら、ご期待に添えると思うよ? ああ、口にだして説明しなくても思考を読み取らせてもらうから大丈夫!」
楽しそうに笑うと、クルクルと手のひらの上で能力のリストとやらを回し始めた痩身の男。
人の頭の中身を勝手に読み取るんじゃねぇよ。
「うん? 大丈夫だよ、そもそも強い思念しか読み取れないから」
読んでるじゃねぇかよ!
それにしてもイメージだと? 日ごろから妄想が捗っている俺にとってそれは全く問題ない。
俺は餓鬼の頃からやり続けているネットゲームのイメージを思い描き、痩身の男に叩きつける勢いで視線を向ける。
俗に言う廃人プレイといわれる程度にはやり込んでいるし、小遣いの大半はこのゲームにぶち込んでいる。さらにゲームに対する脳内知識は攻略サイトと遜色ないほどだと自負している。
俺の視線を受け止めた痩身の男は、数秒間動きを止めた後にやりと笑うと、数回拍手をして空中をすべる様に移動、俺の肩をバンバンと叩いてくる。オイ止めろ、やたらと痛いぞ。
腹が立つほどに馴れ馴れしいヤツだな。
「そう怒らないでよ! このゲームのイメージで能力が欲しいって事だね!」
「だから心を読むなと……本当に再現出来るのか?」
大方ゲームの再現等無理だと思っていたのだが、なんと可能らしい。
「大丈夫! いまから君が行くのは魔法の存在する、俗に言うファンタジー風の異世界だからね! リストからホイホイ選んでもらって弄るより、こういうヤツの方が断然やりがいがあるよ!」
「そいつは良かったな、さっさと仕事を進めてくれ」
「うん? もう終わったよ?」
プレイし慣れているゲームのイメージで能力を貰えば、きっとその後の生活もしやすいだろう。
そう思いながら床に座り込んで、痩身の男が作業を終わらすのを待つつもりが。
「……なに?」
それは一体どういう事だ、と痩身の男に説明を促そうと思った矢先、座っている自分の身体がズブズブと床に沈みこんでいることに気が付く。
「あっちに付いたら能力の確認してねー! 倉庫とか装備とかアイテムも再現しといたよー!」
流石は神の使徒などと云うだけの事はあるな。
ありがとうと云うべきか少々考えたが、それを実行する前に俺は強い光を感じて再度意識を失った。
※ そして冒頭へと繋がるのである ※
魔法は……思い浮かべれば使用方法が判る超親切仕様だ。試しにダンジョン内部で使用する明かりの魔法を行使してみたが、ピンポン玉程度の光の玉が出現して辺りを照らす。驚いた動物が走り去っていく音が聞こえた。ああ、こりゃ便利だな。
装備は……アイテム取り出しを念じればリストが出てきて取り出せるみたいだ。ゲームと同様にキャラクター詳細のような感じで目の前の空間に表示されていた。恐らく倉庫も専用のアイテムを取り出せば活用出来る様になるのだろう。
スキルは……こちらもしっかりと対応してくれたみたいで、アイテムと同様にリストを呼び出して確認が出来る。
まぁ此処までは良い。思ったよりも再現度が高い。
恐らく、違和感無くゲーム世界に自分が入り込んだ様なイメージで行動できるだろう。
あいつは……神の使徒とやらは非常に良い仕事をしたよ。
だが……だがそれでもだ。
裸で横たわっている自らの身体を首を曲げて、もう一度じっくりと眺める。
そう、俺の記憶では確かに生まれてこの方17年。ずっと男をやっていた筈なのだが。
股間には、あるべきはずの『もの』が無いのだ。
今の俺は、ゲームの世界で非常に見覚えがある……銀髪で赤い瞳で両足の欠損した少女だ。
「……使用キャラクターまで再現しろと誰が言ったよ……くそったれが」
吐き出すように口から飛び出した言葉は……誰に届く事もなく木々の隙間に消えていった。




