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00.Prologue

 それを最初に見たのは、確か六歳か七歳――小学生になったばかりの頃と記憶している。

 その日はちょうど風邪気味だった。俺はマンションの前の道路を臨む窓から外を見ながら、両親の帰りを待っていた。

 というのも、普段は夏になるまで食べられなかったイチゴ味のアイスクリームを、駄々をこねて買ってきてもらっていたのである。

 熱はあったし喉も痛かったけれど、それが楽しみだったのが勝っていた。俺はベッドに膝を突き、窓に頬をくっつけて、銀のクーペを待ちわびていた。

 けれどその日に限って両親の帰りは遅かった。俺は年齢の割に辛抱強く待ったと思うが、何時間か――1時間か、あるいはほんの数十分程度かもしれなかったが――その間の記憶がすっぽりと欠落しているから、多分、風邪と待ち疲れで寝てしまっていたのだろう。

 その音は、だからひどく唐突に(トドロ)いた。

 聞いたこともないような、甲高い音。耳をひっかきまわすようなそれに、俺は恐らく跳ねるように覚醒し――すぐに硬質なものをぶつけ合わせる、淡々とした破壊音が階下(カイカ)で鳴った。

 いったい、何が起きたのか――。

 確かめるべく、窓の下を覗こうとした、その瞬間。

 ――視界を、純白の光が埋め尽くした。

 俺は声を出してのけぞって、その間にそれは下から見る見る高度を上げ、瞬く間に俺のいる階にまで辿り着いた。

 それは二つの光源だった。

 清潔な印象を与える、やや青みがかった白色の球状の光が、彗星のように尾を引きながら、重力に逆らい天へ向かっている。

 その軌道は平行に捩じれる二重の螺旋(ラセン)。寄り添うように、絡み合うように、互いに互いを深く意識しながら、連れ立ってどこかへ向かおうとしているようだった。

 さながら天を()く光の柱。俺はただ茫然(ボウゼン)とその行く末を――雲一つない青空を(アオ)ぐのみ。

 この段階でも、俺は自分の見る光景が果たして本当に現実の世界なのか(ハカ)りかねていた。現実と言うには幻想的で、夢と言うには生々しい。

 もちろん当時小学一年生となったばかりの俺がそんなことを考えたとは思えないが、夢のようだとくらいは考え、少なくとも片頬を抓るくらいのことはしたのではなかろうか。

 そうしているうちに、最大まで伸びた光は、次第に下端から途切れ、細かく分解されるように見えなくなっていく。

 幾つもの粒状の残滓(ザンシ)が未練がましく揺蕩(タユタ)い、すぐに風に吹き消されていく。俺はその様子を呼吸も忘れ、見入っていた。

 やがて数分――多分、十分もかかっていないだろう。最後の一粒が、音もなく虚空(コクウ)へ消えた。

 ほぼ同時に、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。そこで初めて、思考が現実へ引き戻された。俺はずっと上に向けていた首を下へと向けた。

 その時、俺には階下で何かが起きたのだろう、程度の理解しかなかった。それがただならぬことだ、というのは薄っすらと分かっていたが、具体的に何が起きているかなんて、全く見当もついていなかった。

 そこには、潰れた二台の車――だったもの、と称するべきだろう、スクラップがあった。比較的損害の少ない方は、大きなトラックだった。荷台に描かれた派手な絵が明後日の方向を向いていて、ちろちろと小さく火が漏れ出していた。

 損害の大きな方は、すぐにそれが何なのか、理解ができなかった。跡形もなく潰されていて、盛大に黒煙を吐き出していた。

 見覚えのある何かには見えたが、それが何なのかは分からず、あるいは分かりたくなかったのか、必死になって脳内でそれを再構成していた。

 階下では野次馬が集まってきていた。誰かが俺の存在を伝えたのか、少し後にインターホンが鳴った。

 入ってきた警察官に事情を説明され、ようやく当時の、幼い俺にもそれが何なのか理解ができた。もしくは、させられてしまった。

 ――完膚なきまでに潰されていたのは、普通自動車、銀のクーペだった。

 そして自分が見ていたのは、きっと両親の魂が、天へ昇っていく、その瞬間だったのだ、と。

 もちろん――これは誰にも言えないことだったけれど。

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