修羅場と彼と③
案内された院長室では、高齢で感じの良い院長が笑顔で迎えてくれる。
「エリザ殿。よく来てくれましたね」
「院長、お元気そうでなによりです。
これは寄付金ですわ。受け取って下さいな」
「いつもありがとうございます。まあ、こんなに!」
コインを詰めた皮袋を渡すと、院長は顔をほころばせたが、すぐに心配顔になった。
「でも、こんな大金を頂いても宜しいのですか?」
「どうか御心配なさらず。
騎士団におけるイヴァン様のご活躍を載せた号外を刷ったら、いつものように大好評だったのですわ。ご本人に許可も頂いたので、売上金の一部をこちらに、と。社会への奉仕も親衛隊の仕事の一つですので。
こちらの修道院は孤児や貧者に対する救済活動に熱心ですから、その為の資金を親衛隊も提供したいという考えをイヴァン様に認めていただけているから出来るのですが」
私の言葉に、院長がフフフと笑う。
「一部だなんて仰って。本当は、いつも出版で得た利益の大部分をこちらに持ってきていらっしゃるのでしょう。こんなに心ある団体は他にいませんね」
ぎくり。親衛隊が生む利益をほぼ修道院に回していることが何故バレている。本当のことを告げると、お金を受け取ってもらえなくなりそうだから、言わないようにしているのに。まったく、この院長のご慧眼には驚くなぁ。でも、とぼけよう。
「何のことですか?
イヴァン様をお待たせしているので、これで今日は失礼しますね。ごきげんよう」
「ふふ。ごきげんよう」
まだ笑っている院長を部屋に残して、私は逃げるように退室した。
「イヴァン様! お待たせしました」
修道院の庭に戻り、愛馬の鼻を撫でていた彼に駆け寄る。
「用事は済んだみたいですね」
私の手元の袋が無くなっているのを確認し、イヴァン様はニコリとした。はぅ……、文句なしに素敵だわ。
「遅くなる前に帰りましょう」
「いつもすいません。護衛みたいなことをしていただいて」
「あのような大金を女性が運ぶのは、良からぬ者に狙われて危険です。私が貴女をお守り出来るなら、喜んで致しますよ。それとは別に、これは私も好きでしています。道中に貴女と話せるのは楽しい」
手を引き上げられ、再び私は馬上の定位置に乗った。
「……毎回、イヴァン様の情報で稼ぐような真似をして、ごめんなさい」
私は振り返らずに言った。彼に悪いことをしている自覚はあるので、振り向いて合わせる顔が無い。
「もし、自分達の懐に入れる金が欲しくての行為なら、私は貴女がたに冷淡な態度を取ったでしょう。でも私が信頼している親衛隊は、そのようなことを決してしない。貴女たちがしているのは私を支持してくれる町の女性達の為だけではなく、貧者や弱者の為の活動でもあると、私は知っています。
親衛隊が頑張ってくれるおかげで、私も得をしていますしね。例えば白百合の騎士団が町を通る時。親衛隊がガードしてくれるから、無鉄砲にも道へ飛び出してくる女性が怪我をすることが無くなった。あれには、とても助かっています。ありがとう、エリザ殿」
思いがけない彼の柔らかい声に、肩が震えてしまう。
「イヴァン様……」
「ですが、たまには見返りを要求しても宜しいですか」
「え?」
急にイヴァン様が悪戯っぽい口調になりました。そ、それは、どういうことでしょうか? 詳しいお話をお願い致します。
「今度、ステラス森の滝へ涼みに行きませんか。リゾンの花も可愛く咲き始めたようですよ」
えええええッ、これはデートのお誘い…………じゃないか。こんな垢抜けない格好の女を慰める為に気を使ってくれるなんて、優しいなぁ。
でも。わざわざ誘ってくれたのは嬉しいけど、断らなきゃ。
「イヴァン様、駄目ですわ。だって――――」
「親衛隊の規律があるからですか?」
「そうです。『〈親衛隊規律/第一条〉 抜けがけは厳禁!!』、ですもの」
「では、親衛隊以外の女性を代わりに寄こして下さればいいです。その人に手製の昼食も持参してもらって下さいね。期待しておりますよ、エリザ殿」
…………それって、私以外でも別に構わないということですよね、イヴァン様。軽く傷付きましたよ?
しかし、親衛隊以外で私の知り合いで動いてくれる人にイヴァン様のお相手が務まる女性がいただろうか。皆、イヴァン様のお近くに行くと、鼻血を出し過ぎて貧血になると予想が付く。となると、サーリャ王女くらいしか思い付かないんですけど、どうしよう。