ご了承を頂きに参ります④
ともあれシド第二王子の意を汲む側近アレックス=バジナーに「何者だ」と問われたのだから、それに対して先に答えなければならない。
「私はエリザと申します」
平民らしく、へりくだった態度で名乗る。……本名はサーリャですが何か?
するとアレックスは鼻で笑った。
「お前の名前など、どうでもいい」
「……」
さっき「何だ」って聞いてきたのは、私の名前を訊ねたのではなかったのか……。
いいや、この男のことは取り敢えず放っておいて。それよりミカ……
「隊ちょぉぉぉーう……」
……うん。ミカ達は無事のようだ。二人とも腰砕け寸前、そして涙が溢れそうに目が潤んで鼻声だけど。そうだよね、いきなり王族に難癖付けられたから心細かったよね、私も、この人達ちょっと苦手だから気持ちは分かるよ。
私がゆっくりと自然な感じを装って側に寄ると、彼女達はホッとした顔になった。こんな頼りにされているのでは、頑張らないといけないよね。どうにか兄王子たちをやり過ごさなければ、……ん?
待って。これって千載一遇のチャンスなのではないだろうか? この場でそれとなく兄上達に「イヴァン様のご生誕祭、今度やるので大目に見てね」と言っておけば、スムーズにお祭りが開催出来るかも?
「ふん。『隊長』ということは察するにお前が、イヴァンの親衛隊とかいう馬鹿馬鹿しい組織のまとめ役か。
ちょうどいい、コイツら下っ端に言うよりお前に直接申し渡したほうが話は早そうだな」
アレックスは傲慢な調子を崩さずに言い、私を見下した目で見ている。私が感情を乱した反応を出すのを待っているのかもしれない。だとしたら、その手には乗らない。
背筋を伸ばして、相手の顔を真っ直ぐに見返すと、私が落ち着いているのが意外だったのか、アレックスは目を少し瞠っていた。
「お話とは一体どういったものでございますか?」
大体は検討が付いたけど、もしかしたら予想が外れるかもしれないし、話の先を聞いてみる。
「……。今すぐ組織を解散させろ。目障りだ」
「!」
…………解散のことは言われると予想してたけど「目障り」って、そこまで言われなきゃいけないものだろうか。何で親衛隊の皆の頑張りとか生き甲斐とか、そういう内情を詳しく知りもしないくせに、簡単に言うんだろう?
その言葉は少なからず私にショックを与えたし、皆のことを考えると頭にもきた、……でも。
落ち着け自分。熱くなりすぎるな。冷静さを見失ったら、相手の思う壺だよ。そう、私の言動に親衛隊の存続がかかっているんだ。この後、下手なことを一つするだけで、自分の首を絞めることになるかもしれない。だから、これ以上ない位に、慎重にならなければ。
私は吐き出したかった言葉を全て飲み込み、アレックスの出方を待つ。
「全く、第二王子殿下を差し置いてイヴァンの親衛隊を先に作るとは、けしからん」
問題はそこ!?
でも兄上の親衛隊結成は無理だと思うなぁ。町民にとって、王族というのは恐れ敬う対象であって、遠すぎる存在なのだ。対してイヴァン様も大貴族で遠い存在であることは一緒だけど、優しく紳士的で笑顔の素敵な御方だから、皆に敬愛されるのだ。
「……アレックス。私は自分の親衛隊など要らん」
「はっ。大変失礼致しました」
うわっ。寡黙というか、いつも何故かだんまりを決め込んでアレックスに喋るのを任せている兄上が喋った! 珍しい! 自分の親衛隊が欲しいと考えていると私達に勘違いされるのが余程恥ずかしくて黙っていられなかったんだな。
「問題は我々の許可なく活動し、組織を大きくして、商売までしていることだ」
アレックスがようやく本題に入った。
「商売したといっても使い道は、ほとんど慈善活動にですし……」
「関係ない」
初めての反論も、すげなく払われる。
「しかも、お前達は祭りまでやろうと企んでいるらしいな」
情報、早っ!! きっと私達が話を通した店のどこかが問い詰められて話してしまったのだろう。ということはお祭り計画は彼らに全部筒抜けだと思っておいたほうが良さそうだ。困ったな……。
「しかし第二王子殿下は心優しくあられる。そなた達に機会を下さるそうだ」
『機会』って、何!?
固唾をのんで、続きを待つ。
「祭りに参加して売り上げを立てた店は漏れなく、その利益の三十パーセントを国庫に献上しろ。それが出来なければ、親衛隊には解散してもらう」
お、お、鬼ーーーー!!
そんなの簡単に出来るわけがない。この話を聞いたら多くの店がお祭り参加を躊躇うだろう。
「話は以上だ。せいぜい頑張るんだな。……ああ、そうだ。解散したくなったら、いつでも私に言いに来い」
「……」
アレックスが言い捨てると、王子一行は印刷所を優雅に去っていくのを目で見送る。
ミカが小さな声で聞いてきた。
「隊長……。どうしますか?」
「……うーん」
大変困ったことになりました。