サーリャの、とある一日①
「はいはーい、押さないでー! 順番に並んで下さーーい!!」
私は、目の色を変えている女性達に向かって声を張り上げる。彼女達ときたら、これから道を通る騎士をひと目でも見ようと、押し合い圧し合い。ギラギラした、獲物を狙うような目をして、怖いったらない。……まぁ、私も一般人だったら、そうすると思うから、気持ちは分かるんだけどね。
でも今の私は見物人をまとめる側。しっかりしないといけない。
私の顔上に、小さな影が落ちる。興奮しきった他の者達は気付かない。そこで私は上を向いて、その姿を確認した。小さな白い身体で、ゆったりと翼を広げて青空を飛んできた私の愛鳥ピピだ。彼女には騎士隊が来る前に、こちらに飛んでくるように教えてある。……ということは。
「はーい!! まもなく騎士隊のご到着でーす! くれぐれも騎士隊の方々に迷惑のかからないよう、整列にご協力お願い致しまーーす!!」
私は一層、声を張り上げる。
「きゃーきゃー」
…………駄目だ。皆、我を忘れていて、私の声なんか聞いてないね。仕方ないなぁ、もう。でも大丈夫。
「もうすぐ騎士隊のご到着でーす! 白いリボンの線から内側に出ないで下さーーいっ」
「今一度マナーの確認をお願いしまーす!」
こうやって私の声をきちんと聞いていてくれる親衛隊の仲間達が加勢してくれるからね。
彼女達の声が届き、騎士隊を待ちわびていた女性達の悲鳴が上がる。親衛隊が道沿いに等間隔に並んで持っているリボンに、見物人たちの身体が食い込んできた。
「あっ、もうっ、ちょっと!」
自分の手に持っているリボンのせいで、私の身体が少し傾ぐ。……危ない危ない。
そうこうする間に騎馬の足音が遠くから聞こえて、彼らの煌びやかな姿も見えてきた。
『白百合の騎士隊』。総勢百名で構成されている、王直属の精鋭部隊だ。騎士の正装は王城から支給された黒の制服が普通なのだが、白百合の騎士隊の制服は白。特に白のロングコートは彼らのトレードマークと言っても良く、肩に金モールが付いていて、ボタンも金。背中には金糸で大きく王家の紋章である白百合が刺繍されている。
どーーん、と沸き起こる大歓声。勿論、女性達のお目当ては彼、だ。
「イヴァン様ー!」
「素敵ーー! イヴァン様ぁー、こっち向いてぇ!!」
「一生懸命お菓子を焼いたんです、受け取って下さいっ!」
「イヴァン様、抱いてー!!」
「お花をどうぞー!」
あれ、今、一人だけ凄いこと言ってなかった? ……『抱いて』?
私は発言者のほうを見る。あの子は確か…………、そうそう、町角のパン屋『パン・メリーゼ』の隣の民家の次女マーガレットだ。あそこのパン、美味しいんだよね。
……じゃなくて。マーガレットの年は私と一緒で十五歳。艶やかな黒髪、黒眼の大人しくて可愛い子っていうイメージだったけど。私は認識を改めることにした。
マーガレットちゃん、か。あれだけ熱い心の持ち主なら、親衛隊でも良い働きをしてくれるだろう。今度、入隊のお誘いをしてみよう。私は心のメモ帳に、マーガレットの名前を書き書きする。
あ、ヤバいヤバい。意識飛ばしてる間に、またリボンに引っ張られるッ。は~、危なかったぁ。騎馬に踏まれて死んだら大変なことになっていた。
目線を上げると、あれ? さっき私の前を通り過ぎていったイヴァン様、こっちを肩越しに振り返っていなかった?
……まさかね。