8.白いけものと
「見付けたぞ“白猫”ォ!!」
槙が左足を軸にして、くるっと一回転しながら微妙に横スライド。寸前まで槙のいた場所に両手剣が降り下ろされる。それに驚いた僕は二、三歩ほど後ろに下がる。……ビビったんじゃなくて、驚いたんだからね。そこ、間違えないように。
今、突然攻撃してきたのは男子生徒。見たことのある顔だから、たぶん隣のクラスの子なんじゃないかな。
「――へっ、やっぱり躱しやがるか!」
「当たり前だろ! 運動場じゃなきゃ死んでんだぞ!」
「運動場だからやってんだよ! はっ!」
襲ってきた男子と仲良さそうに言葉を交わす槙。始まる戦闘。そして完全に置いていかれた僕。どうしろってのさ。
まあ、この光景はある意味名物みたいなものだし。わざわざ僕が入っていく必要はない。この、こっちに被害が来ないような距離から見守っていればいいのだ。
乱入してきた男子……仮に杉田くんと呼ぼう。杉田くんが両手剣を振り回す。槙が避ける。杉田くんが両手剣で切り上げる。槙が避ける。そんな繰り返しだ。
と、杉田くんがこれまでとは少し違った構えを取る。
「受けてみろよ――――《断破》ァ!!」
「よっ」
「うわぁ!?」
杉田くんが、魔力を込めた両手剣を右下から左上に凪ぎ払う。その軌跡から扇状に赤黒い衝撃波が放たれる。
それを近距離で難なく回避する槙。その余波をギリギリ避ける僕。なんで観戦者の僕の方が危険な目にあってるのか。
「そろそろ当たれよ“白猫”!」
「やァなこった!」
あっちの二人は楽しそうだ。周りの人のことも少しは考えてほしい。……そういえば、猫ちゃんがまたいなくなってる。どこへ行ったんだろう。
槙と杉田くんの戦闘はまだ続いている。
――そこへ、小柄な影が突撃してきた。
「見つけたよ“白猫”!」
そんな風に叫びながら。
突撃を回避する槙。避けようとして水に足を取られ、転びかける杉田くん。
突撃してきたのは……ああ、うん。楓ちゃんだ。元気だなぁ。
「お前も白猫呼びかよ!」
「いーじゃん、可愛らしい呼び名でさ!」
「別に良いけどな!」
いいのかよ。
さっきから槙が言われている“白猫”というのは一部の人から呼ばれている槙の通り名みたいなもの。理由は、猫ちゃんとよく一緒にいて、猫ちゃんが白いから。これ槙の呼び名じゃなくて猫ちゃんの呼び名だよね。
ちなみに槙を白猫と呼んでいる人は、だいたい運動場で槙を攻撃する。槙は回避、防御能力が高くて、攻撃の練習にぴったりらしいのだ。反撃する頻度も低めで、“避ける的”と呼ばれたりする。なかなか不名誉だね。
さて、楓ちゃんの乱入で、槙は二人から攻撃される状態になった。どうするのかな?
「さぁ、いくよ!」
「援護するぜ!」
「…………ふ」
攻める気満々の楓ちゃんと、それを援護すると宣言した杉田くん。対する槙は、ニヤッという感じで薄く笑う。さぁどうなる。
槙は二人が動く前に、
「――じゃあな!!」
「!?」
「なっ……」
河の水を霧状に噴き上げて姿を隠した。
槙の能力は“水の操作”。近くにある水の動き、状態、温度などを操作できる。もちろん、大きな動きや急激な状態変化には、より多くの魔力を使う。今の操作はたぶん、水の塊を細かく砕いて打ち上げ、空中に軽く固定しただけだから、そこまで消耗はしてないと思う。槙はこの能力を使って、雨に濡れないように水をそらしたり、地面を薄く凍らせて滑走・高速移動したり、能力ありの雪合戦や水泳で無双したりしている。
「はっはっは! さらだばー!!」
「サラダバー!?」
「ちきしょー……五分経ったか」
「あー、あたし来るの遅かったんだね」
槙は戦闘開始から五分経過すると、突然逃げる。槙を(練習という意味で)狙う人たちの間では、この行動の理由について色々な説が立っているらしい。ずっと戦ってると何かのスイッチが入って相手をボコりにかかるからそれを防ぐためだとか、ただそういう制限があった方が面白いという遊び心からだとか。
でも本当のところを言うとそんな深い理由はない。ただ槙の体力的な問題だ。運動をするとすぐ疲れる槙は、休むために離脱するのだ。逃げたついでに食料の買い出しに行ったりする。
……そういえばさ。僕ここに突っ立ってのんびり見てたけどさ。
「また見失ったんだね?」
「……うん、そうだね」
楓ちゃんを探しに向かっていた柚が後ろから現れた。いつから見ていたんだろう。見事に見失った僕を追撃する言葉を放つ。別に僕が悪いわけじゃないのになぜか罪悪感がひどい。
同じく槙に逃げられ、取り残された楓ちゃんと杉田くんが始めた模擬戦をしり目に、僕と柚は運動場を出るために出口へ向かう。どうせしばらくすれば槙は寮に戻ってるんだから、無理に探す必要なんてないんだよ。
「今日の夕飯何かなー?」
「さぁ? 槙の気分次第じゃない?」
本当、なんで僕たちはここに来たんだろう。歩きながら、そんなことを思った。