【三題噺】あな恨めしや、ハーグリーヴス
ここはどこだ。
いつの間にか目の前には薄暗い森が広がっている。おかしい。私はさっきまで都会のコンクリートジャングルにいたはずなのに。口の中に残っていた飴玉にがり、と歯を立て、私は上手く消化できない目の前の現実を凝視する。
いかにも歪で、無秩序に手を広げる木々。陽の光さえ拒絶する緑はいっそ黒に近い。なのに私が今立っているところだけは妙に明るかった。まるでスポットライトだ。そして私の前には獣道。ごくり、と唾を飲み、私は身震いした。魔物が口を開けている、そんな気さえするのだ。
「まったくこれはどういうことだろうねぇ」
間延びした声が頭上から降ってきた。目を疑った。木々の間に、三日月が浮かんでいる。しかも爛々と輝く猫の目と共に。叫び声を上げようとしたが声は出ず、私は鯉のように口をぱくぱくさせるほかなかった。
「あの高慢ちきな白ウサギ、こんなトウの立った子を連れてくるなんて……女の子の賞味期限は二次性徴前だって知らないのかねぇ」
花の女子高生に向かってなんたる口の利き方だ。文句の一つでも言おうと思ったが、やはり上手く声は出ない。この飴のせいだろうか。新商品の試食など二度と食べない。口の中で転がしている飴が急に憎らしく思えた。
「まぁ来てしまったものは仕方がない。君に頼むとしようか」
三日月と猫の目が一瞬上に行った後、私の目の高さに降りてきた。近い。近すぎる。にゃあ、と小さく息を吐いた三日月の呼気が、私の鼻にかかった。生臭い。
「今から君が、アリスだ」
「は?」
あ、声が出た。あまりにも突拍子と現実感のない宣言に面食らったせいだろうか。そんな私を馬鹿にするように三日月はにやにや笑う。暗さに慣れた目が、ぼやけていた輪郭を捉える。こいつは猫だ。しかも二足歩行をしている。様々ツッコミどころがあるが、猫は素知らぬ顔をして続けた。
「前のアリスは三月うさぎと発情中、その前のアリスは芋虫と共にシーシャに溺れてる。だから次のアリスが必要なんだ。わかるだろ?」
「知るか。そっちの事情はそっちで処理しろよ。私、関係ないじゃん」
制服のリボンを直しながら猫に唾を吐く。猫はでかい。私よりも頭一つ分背が高かった。
「そんなこたないさ。だって君、こっちに来られたんだ。素養はあるってことだから」
早々に見限った私に猫は咳払いをし、腕を広げる。
「ようこそ、非現実の王国へ。君は哀れな虜囚。リデルからハーグリーヴスになってしまったあの子の代用品さ」
さあ、終わりの続きを始めよう。
飴玉が不快な音を立てて砕けた。
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