パーティー会場での騒動3
「ト、トアレ!? なぜ貴様がここにいる!」
「・・呼ばれたから来ただけです。今帰るところですよ。」
トアレは罰が悪そうに席を立つと入口に向かおうとする。
「待て。私には話がある。」
「・・なんですか?」
横目で町長を見ながらトアレが聞く。
「トアレ。貴様、メイリィ様への寄進物をロクに納めていないらしいな。」
寄進物というのは町長が今年から始めた制度である。
実は今年も精霊王の元にメイリィが食糧を貰いに行くことは決まっている。
そして精霊王から貰う食糧の、次回の配分量を決めるための制度が寄進物なのだ。
納めるものは現金でも物納でも構わない。
沢山納めればもらえる量も多くなるし、あまり納めなければもらえる量は少なくなる。
寄進物は全てこのメイリィの屋敷の運営に使うということになっているが、本当はほとんどが町長の懐に収まっている。
そしてトアレは寄進物を「ロクに」どころか「全く」納めていない。
「お金ないんですよ、寄進物は任意なんだからいいでしょう。」
「何だその言い草は? 貴様メイリィ様の存在をなんと心得ている? あれはメイリィ様の生活を支えるためのものだぞ。既にほとんどの人間は多額の寄進物を納めている。それだというのに貴様は自分の食糧なんぞを作ってばかり。」
「・・食糧は、必要でしょう。今のうちに作っておかないと。冬が越せなくなります。」
その言葉を鼻で笑い、町長は続ける。
「それがそもそも、間違っているというのだ。食糧は今年も精霊王様から貰う。そのためにメイリィ様を寄進物で守る。こういう形で町全体が動いているのだ。」
これは嘘ではない。
現にベネットのほとんどの人間は畑仕事にも勢を出さず、寄進物の見返りで一年を過ごそうと考えている。
「貴様のやっていることはベネットの調和を乱しているだけだ。全く、毎日皆を楽しませているメイリィ様とは雲泥の差だ。これで友人とは恐れいる。貴様のような周りに合わせられない奴が一番いらない人間なのだ。」
そしてギロリと睨みつけるとトアレを怒鳴りつけた。
「貴様は自分さえよければそれでいいのか!?」
ぷつり。
トアレの中で何かが切れた。
今まで何を言われようと、飲み込んできた。
しかし今日ばかりは我慢ならない。
「・・自分のことしか考えてないのはお互い様だろ。」
「な!?」
急に出した反抗的な態度に町長がたじろぐ。
確かに俺はメイリィのように空気は読めないし、人を楽しませることもできない。
だがそれでも毎日、畑を耕し草を抜き、野菜を市場に売りに行く。そんな毎日を積み重ねてきたのだ。
それを全て否定される筋合いはない。
「そもそもメイリィがこんなことやってるのも、去年、精霊王様を怒らせたからだ。その原因はあんたが精霊王様の山で密猟してたからだろうが!」
「き、貴様あ!」
顔を真っ赤にした町長が側にあった酒ビンを投げつけてくる。
だが、黙って当たってやるほどお人よしではない。
肩ごと左にそらして、飛んできたビンを避ける。
ガシャーン!
投げられたビンは中身をまき散らしながら飛び、柱にあたって砕けた。
その音にパーティ客が静まり返る。
お祭りムードは消し飛んで、嫌な空気が蔓延する。
「もういい、帰れ! 今年、精霊王様から貰う食糧は、貴様には小麦一粒やらんからな!」
「いらねえよ、そんなもん!」
トアレは吐き捨てると、速足で出口に向かう。
「ちょ、ちょっと待ってよトアレ!」
メイリィが何か言っているが足を止めない。
1刻も早くここから離れたかった。
バタン!
乱暴に扉を開けると、外に飛び出した。
「待ってよ、待ってって言ってるでしょ!」
ステージ衣装のままトアレを追って、飛び出したメイリィ。
何とかトアレに追いついくと袖をつかんだ。
「・・なんだよ?」
「なんだよって・・、あんな騒ぎあった後なんだから、家なんかにいたくないし。」
一か所で束ねた髪をいじりながら、いつもの軽い口調で話すメイリィ。
が、何気なく言った言葉だったのだが、その騒ぎを起こした張本人のトアレは『空気を読め』と遠回しに言われたような気がして血が逆上する。
「メイリィ、お前さっきのことどう思ってるんだ?」
「え、さっきのことって・・。」
「自分達で食い物作らずに、精霊王様を頼って楽しようってことだよ!」
興奮で語尾が荒くなる。
メイリィは思わず怯んだ。
でも、その程度で本音が引っ込むような間柄ではない。
「・・いいじゃん、別に。どうせ貰えるんだから楽しても。そんなに大きな声ださないでよ。」
両手を頭の後ろに回して、めんどくさそうに答える。
「・・メイリィ、お前いつからそんな風になった?」
「だからなんで、そういう言い方・・!?」
そこまで言いかけて、メイリィは止まった。トアレの目を見て驚いたのだ。
怒られたことや呆れられたことは何度でもあるがこんな目で見られたのは初めてだ。
軽蔑している目だ。
「俺はお前がこんなことしてるのは、皆の頼みを断れないからだと思ってた。まさかお前まで町長と同じだったとはな。」
「ちょ、ちょっと待ってよトアレ!」
「・・お前、本当に自分のバイオリンが聞かれてると思ってるのか?」
「え・・。」
その言葉にメイリィの顔色が変わる。が、トアレは構わず続ける。
「あの連中の目当ては、精霊王様からもらう食い物だよ。お前のこと持ち上げとけば、町長に気に入られて、さぞたくさん貰えるだろうからな。」
「や、やめてよ・・。」
だが逆上したトアレは止まらない。
「お前のバイオリンがうまいとか下手とか奴らはどうだっていいんだよ。褒めて機嫌取るのは当たり前さ。」
「やめて・・。」
「町のどこ行っても演奏してくれって言われていい気分だろうな? でもそれは全部、見返りがあるからなんだよ。」
「・・・・。」
メイリィがうつむく。
「お前のバイオリン真面目に聞いてる奴なんて・・。」
そこまで言いかけてトアレは驚いて口を閉じた。
「う・・、ひっく・・。」
メイリィの目から涙が溢れ、その場で泣きだしたのた。
「う、うえええん・・・。」
「あ・・。」
そうだった。
他のことはともかくバイオリンだけは真剣に打ち込んできたのだ。
そのことは付き合いの長いトアレが一番わかっている。
昔から暇さえあれば練習していたし、今だって変ってない。
それを自分は踏みにじった。
いくら気が立っていたとはいえ、最低の八つ当たりだ。
「メイリィ、ごめ・・。」
だが言い終わる前にメイリィが怒鳴った。
「トアレのバカ! あんたなんか、あんたなんか・・! ずっと一人で働いてればいいのよ!」
大声でそう叫んだ。
そして右腕でぐいと涙を拭うと踵を返して走り出した。
「・・・・。」
メイリィが見えなくなり、トアレに激しい後悔が押し寄せてきた。
ガン!
「・・っ!」
すぐ隣にあった木を殴り、右手に痛みが伝わってくる。
(お前も町長と同じだったなんてな。)
自分が今さっき言った言葉が頭に響く。
自分の毎日の積み重ねまで、完全に否定して心を傷つけるようなことを平然と言い放った町長。だがそれなら・・。
「・・町長と同じなのは、俺の方じゃないか。」
坂道を駆け下りたメイリィはそのまま自分の家に駆けこんだ。
涙は未だに止まらない。
当然、門番がニールがパーティー客が驚いて声をかけてくる。だがそれを全て無視して、自室に駆け込んだ。
高級ベッドに頭から飛び込み、枕に顔をうずめる。
「うええええん・・。」
トアレのバカ。トアレのバカ。
あんなこと言わなくてもいいじゃない。
ずっと頑張って練習してきたのに。
「トアレの奴め、公然の場でこのワシにあんな口を利くとは!」
部屋の外から声が聞こえる。
町長の声だ。
さっきは気づかなかったが、どうやらまだ居たらしい。
「え、ええそうですね。本当に・・。」
それに答える弱弱しい声。
どうやら話の相手をさせられているのはニールのようだ。
全く同情に絶えない。
「今まで大目にみてやったが今日という今日は許さん。奴に厳罰を与えてやる!」
「え・・、厳罰!?」
メイリィが驚いて立ち上がる。
そしてドアに駆け寄って聞き耳を立てる。
「で、でもトアレ君はメイリィ様の親友ですよ!? そんなことするのは・・。」
「だが口実が出来た。さっきメイリィ様が泣いて帰ってきたのは奴と仲たがいしたからだろう。我らの守り神に無礼を働いたとなれば罰を与えるのに充分すぎる理由だ。」
「し、しかし・・。」
「はっはっは、心配するなニール。お前のいう通り、あんな奴でもメイリィ様の友人だからな。表向きの方法は取らんよ。遠回しに思い知ってもらうだけだ。」
「・・・!」
冗談じゃない!
町長にそんなことさせたら、よっぽど陰湿なことをするに決まってる。
「(やめさせなきゃ!)」
そう思ってメイリィはドアノブを掴んだ。
しかし・・、その手は止まった。
(・・お前、本当に自分のバイオリンが聞かれてると思ってるのか?)
さっきトアレに言われた言葉が頭にうかぶ。
「・・・。」
いくらなんでもあれだけは許せない。
メイリィはドアノブから手を放し、再びベッドにうつ伏せになる。
これからトアレは嫌がらせを受けるだろう。
でも・・、あんな奴少し痛い目を見て思い知ればいいんだ。
「・・トアレのバカ。」