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メイリィと精霊王4

町の中の最も大きく、豪華な建物。町長宅である。

集めた税金を最優先につぎ込んで完成させたものだ。

公共工事の名目ではあるが、実質は私有以外のなんでもない。

その町長宅の1室で、町長キド・ラントは焦っていた。


「まだ、準備は整わんのか!」


「す、すいません。何しろこの吹雪のもので・・。」


部下であろう肥満体系の男がおろおろと答える。

趣味の悪い派手な燕尾服を着ている。


「言い訳をするな! さっさと荷物をまとめんか馬鹿ども!」


イライラして、町長はその肥満体系の部下に怒鳴る。

まったくまずいことになった。

精霊王様の怒りに触れて、この大吹雪。しかも春になれば止むという保証もない。

ベネット始まって以来の危機である。このままでは、飢えと寒さで大勢の町人が死ぬのは目に見えている。


そうなれば自分は責任を問われ、町長の座を追われる。

解任された無能町長のレッテルを張られ、出世・権力とは無縁の生活が待っている。

いや、それだけではすまないかもしれない。

密猟者を雇っていたのが自分だと知れれば、暴動が起こる可能性がある。

下手をすれば逮捕・投獄もありえる。

冗談ではない、そんな目にあうのはごめんだ。


せっかく建てたこの自宅を手放すは惜しいが背に腹は代えられない。今まで集めた財産をまとめて一刻も早く、この町から逃げなくては。

だというのに、何をもたもたやっとるのだ、使えん奴らめ。


バタン!

その時、勢いよく扉が開かれ、息を切らせた青年が入ってきた。


「ちょ、町長!」


「なんだニール!? ワシは今忙しいんだ!」


青年の名前はニール。

若いが有能な男だ。

元々、給仕として雇ったのだが、その能力ゆえに直属の部下に取り立ててやった。

今でもこの屋敷の給仕の仕事はしているが、その傍ら全体的なこの屋敷の管理もニールにまかせてある。

ただ市民や部下に無駄に甘いところは気にくわないのだが、少し怒鳴れば言うことは聞くので問題ない。


「す、すいません!」


町長の怒鳴り声に蹴落とされて、口ごもるニール。

全く気の弱い男だ。

だがニールはこんな緊迫した時に、下らない報告に飛び込んでくるような能無しではないことはわかっている。


「重要な報告なら早く言え!」


「は、はい! それが・・、吹雪が止んだようです!」


「何い!」


ニールの知らせを聞いて、町長が立ち上がる。


「どういうことだ一体!?」


「何でも孤児院の少女が単身で精霊王様の元に乗り込み、説得したとか・・。」


「せ、精霊王様を説得だと・・!?」


はっ、とした町長は後ろを向き窓を開け放つ。

吹雪はすっかり止み、太陽の光が部屋の中に差し込んだ。

積もった雪は解け始め、地面から草花が覗いている。


「ま、まさかこんなことが・・。」


だが助かった!

これで自分の危機も去った!


「しかも、それだけではないんです!」


「それだけではない? どういうことだ?」


ホッとして、少し冷静に戻った町長はイスに座り、改めてニールの話を聞く。


「町全体が今年をしのげるほどの食糧を貰い、来年以降も必要なら食糧を頂ける約束を交わしてきたとかで・・。」


「・・本当か?」


「はい、それで食べ物の回収に来てくれと、孤児院から連絡がありまして・・。」


「・・・。」


「ちょ、町長・・?」


目をつむってしばらく頭をめぐらす町長キド・ラント。

そして・・、ある考えがまとまりだした。


「おい、そのガキはどこにいる?」


「え? それはもちろん孤児院にですが・・。」


ニヤリと口元に笑みを浮かべると、町長は部屋の隅にかけていた、コートを羽織った。


「迎えにいくぞ、そいつを! 馬車を出せ!」


「え・・?」


あっけにとられるニールを尻目に、町長は部屋を出て階段を下りる。


「使える・・!」


ワシにも運が向いてきた。

大儲けが出来るかもしれん。



「はい、メイリィ。」


カップにいっぱいに注がれたホットチョコレートがメイリィに手渡される。

目を輝かせてそれを受け取ったメイリィは、ふーふーと息を吹きかけ口をつける。

メイリィの口いっぱいに甘味が広がった。


「おいしい!」


今いるのは孤児院のエントランスである。角には運び込まれた食べ物の山。

グリムは既に精霊王のもとへと帰っていった。


この孤児院も決して裕福ではなく、チョコレートなどそうそう用意できない。

倉庫には幾分かのチョコレートがあるのだが、全員に配れるような量ではないので、誕生日などのお祝いごとや、いいことをした時のご褒美としてのみふるまわれている。


「まさかメイリィに回ってくる日が来るとは思わなかったけどな。」


ハンスが言う。

そう、孤児院の中でメイリィの不真面目さは折り紙つきなのだ。

怒られることはあっても「ご褒美」などとは全く縁のない生徒だったのだから。


「ひどいなあ。でも、やっとチョコレート食べれて嬉しいよ。」


そう言って、またカップに口をつける。


「(よく言うよ。結構な回数つまみ食いしてるくせに。)」


トアレは苦笑しながらそう思ったが、さすがに口には出さない。


ガランガラン!

ノッカーの音が鳴り、全員が入口に視線を向ける。

一体誰が来たのだろう?


高級そうなコートを羽織った、初老の男がお供を連れて入ってきた。

その姿を見たとたん、トアレやアシュレイを始めとする何人かが不機嫌そうな顔をする。

皆、その男をよく知っていた。


「こ、これは町長!」


その場にいた、孤児院の先生が町長キド・ラントの元に走ったが、当の町長は見向きもせずにつかつかと進む。

そして子供たちを見渡すと、言った。


「精霊王様の元から帰ってきたというのはどなたかな?」


「え・・?」


一同が静まり返る。


「果敢にも精霊王様の元に向かい、帰ってきたのはどなたかと聞いている。」


「え・・、私ですけど・・。」


メイリィがきょとんとした顔で左手を上げる。右手にはカップを持ったままだ。

町長がメイリィの前に立つ。


「お名前は?」


「メイリィ・ファーディナント・・。」


「おお、メイリィ様とおっしゃるか! いやはや素晴らしい名前だ!」


途端に町長はニヤけた笑い(本人はスマイルのつもりなんだろう)を浮かべると大きな声で言った。


「え、えっと・・。」


そのでかい声と、近づかれても困るスマイルに、メイリィが狼狽える。


「いや、突然押しかけて失敬。私のことはご存じですな?」


「あ、はい・・。」


もちろん知っている。

悪い噂の絶えない、町長キド・ラントだ。


「あなた様をわが町の守り神として迎えたく、ここまで来ました。」


「ま、守り神・・?」


突然何を言い出すのだこの人は。


「聞きましたぞ。単身精霊王様の元に出向き、吹雪を止めて頂くばかりか、食糧までもらってくる。さらにはこれから先も必要なら食糧を貰うという約束まで取り交わしてこられたと。その心、その勇気、このキド・ラント感服いたしました。願わくばあなた様を我がベネットに守り神として迎え入れ、皆の希望になっていただきたいと思っております。」


「いや・・、守り神って言われても、私何していいのか・・。」


突然、突拍子もないことを言われて頭が混乱してきた。

だが町長は遠慮なしにベラベラと続ける。


「いやいや、あなた様は特別何もしなくても結構でございます。私めがあなた様の存在を知らしめるよう支援いたしますので。」


「ちっ・・。」


トアレが軽く舌打ちをする。

読めた。そういうことか。

いずれ今回のことはベネット全体に知れ渡る。

そうなれば、おそらくはメイリィはしばらくの間、英雄扱いを受けるかもしれない。

それなら今の内にメイリィを引き込んでおけば、金蔓になるというわけだ。

寄付金だのなんだの言って、巻き上げるつもりだろう。


「やめてください、メイリィが困ってます。」


トアレはメイリィの隣に立つと、正面から町長を見上げた。


「トアレ・・。」


「なんだお前は?」


町長がトアレを見下ろして睨む。

その目は明らかにトアレを蔑む感じのものだ。


「こいつの友達です。ちょっと一方的過ぎませんか?」


「こら、トアレ! 町長になんて口をきくんだ!」


隅にいた先生が青ざめた顔でトアレに怒鳴る。

先生の立場を考えれば仕方がない。

町長はこの孤児院のスポンサー同然なのだから。


「・・すいません。」


トアレが顔をそむける。しかし横目では町長を睨み返したままだ。

そんなトアレを不愉快そうに見て、ふんと鼻を鳴らす町長。


「わしはメイリィ様と話をしておるのだ。関係ない奴は、話に入ってくるな。」


町長はそういい捨てるとメイリィの方を向き直る。


「いや、失礼しました。もののわからん小僧がおるようで話を中断させてしまいましたな。」


が、それを聞いて今まで困惑していたメイリィの目が、キッと強く結ばれる。


「・・トアレの悪口言わないでください。」


メイリィに睨み返され、今度は町長が困惑する番だった。


「い、いや確かに少し一方的だったかもしれませんな。その少年の言うことも一理ある、うん。」

思わぬ事態に町長があたふたと取り繕う。

「し、しかしですなメイリィ様。これは町の皆のため、しいてはあなた様のためでもありまして・・。」


「私のため?」


興味を示したメイリィを見て、町長の口元がニヤリと笑う。


「守り神となってくれましたら、あなたは一日中自由です。生活は全て我々が保障しますよ。」


「え・・、ずっと遊んでていいんですか?」


「ええ、もちろん。」


孤児院にいる以上、規則通りの生活、そして農耕などの仕事は免れない。自由な時間は圧倒的に限られている。しかし町長の元にいけば丸一日遊んでいてもいいというのだ。

しかし・・。


「メイリィ、どうせ俺達は今年で卒業だろ。」


トアレがメイリィの耳元で囁く。

この国では15歳で成人と認められる。今年15歳のトアレとメイリィは春から自立した生活が待っているのだ。


「はっはっは、卒業してどうするつもりですかな?」


トアレは小声で言ったつもりだったが町長には聞こえていたようだ。


「どこかに雇ってもらうのですか? それともご自分で生活なさるのですかな? しかしどちらも大変でしょうなあ。」


「う・・。」


そう。何をするにしろ、生活するには働かなくてはいけない。

規則がない分、今よりは自由な時間が取れるだろうが、それも町長の提案の比ではない。

メイリィは内心、徐々にその魅力的な条件に惹かれ始めていた。そこにトドメとばかりに町長が言う。


「聞けば、バイオリンがお好きなようですな?」


「!」


その言葉に顔を上げて、町長の方を見る。


「いかがです? 私の元に来れば一日中バイオリンを弾けますよ? それだけではありません、プロのバイオニストの講師も雇いますし、コンサートもいつでも開きましょう。華やかな舞台でバイオリンを弾き放題ですよ?」


「(バイオリンをずっと弾いてていい・・。)」


大好きな、大好きなバイオリン。

それを一日中弾いていてもいい・・。

他に何もしなくてもいい・・。


もうメイリィは耐えられなかった。

町長の元に歩み寄る。


「おい、メイリィ!」


トアレの声にはっとして、彼の方を向き直った。しかし・・、少し考えてまたすぐ前を向いた。


そう・・、私だけのためじゃないんだ。私が守り神になれば食べ物で困ることも無くなり町の皆のためにもなる。


メイリィ再び足を進め町長の目の前に立ち、そして言った。


「わかりました。私この町の・・、ベネットの守り神になります。」



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