メイリィと精霊王3
大鷲が薄暗い雪山の空を抜けて、一気に町の上空に差し掛かる。
その背中にはメイリィ、そして沢山の食べ物。
「しかし、お前も度胸あるねえ。あの精霊王様にあそこまで言うとは。」
大鷲の姿に変身したグリムが背中のメイリィに話しかける。彼はどのような姿にも化けることが出来るのが特技であり、精霊王の命令でメイリィをふもとまで送ることになった。
精霊王の命令で、メイリィを町まで送るように言われ、大鷲の姿で彼女を運んでいる。
グリムの背中に乗ったメイリィはその景色を見下ろした。
突風でなびく髪を抑えながら、知っている場所を探す。
メイリィが背中からグリムに話しかける。
「正直、精霊王様の前に出た時はどうなるかと思ったよ。それより、こんなに貰っちゃっていいの?」
メイリィの後ろには肉や野菜、穀物や果物がどっさり積まれている。
冬を越すどころか、一年分ぐらいあるんじゃないだろうか。
「いーの、いーの。こんなもん精霊王様の一週間分の食事にもなりゃしねえよ。」
「え? あなたたち食べなくても大丈夫なんじゃ・・?」
「そうさ、俺達にとって食事はただの娯楽。で、精霊王様はそれが好きでねえ。めちゃくちゃ食うんだよ、あのお方は。」
この量で一週間ももたない・・。
想像して冷や汗を浮かべるメイリィ。
「しかし、精霊王様はお前のこと、随分気に入ったみたいだな。 まさかあの方が『人間などロクでもない者ばかりかと思っていたがこんな者もいたのだな。』なんて言うとは思わなかったぜ。」
「そうかな? 私、怠け者だよ? 遊ぶの大好きで、仕事するの大っ嫌いだし。」
メイリィがきょとんとして言った。
「怠け者? ・・お前普段どんな生活してるんだ?」
「そうねえ・・。掃除当番はサボるし、畑仕事は適当にやってるし、外出禁止でもお祭りとかやってたら勝手に出かけるし、先生が見てなかったらずっとバイオリン弾いてるし、えーっとそれから・・。」
「お前・・、それ精霊王様にばれなくてよかったな。」
グリムが苦笑いする。
「昔からずっと一緒の幼馴染がいるんだけどさ、「真面目にやれ!」って怒られっぱなしだよ。」
「へー、どんな奴よ、そいつ?」
うーん、と少し考えてから口を開く。
「すっごく真面目な人ね。ちょっと真面目すぎて空気読めないところもあるけど。口癖みたいに言ってるわ。『不真面目にやってどんな痛い目見ても、お前の自業自得だ。俺は知らないぞ』って。でもね・・。本当にそうなったら、いっつも助けてくれるの。」
掃除を怠けた罰として、昼ごはんを抜きにされた時は後でパンを半分くれた。
門限を破って閉めだされた時も、夜中に窓からはしごを下してくれた。
そして・・、大切なバイオリンを取り上げられた時は、先生に頼み込んで返してもらってきてくれた。
その時見覚えのある孤児院の建物がメイリィの目に映る。
「あ、グリム! あそこで降ろして!」
「よーし、あそこだな?」
グリムは羽を広げると目標にめがけて急降下した。
「わわわ! ちょっと早いってグリム!」
風圧が容赦なく、叩きつけられる。
大鷲の首にしがみついてなんとか振り落とされないようにするメイリィ。
吹きつける風のせいで目を開けることも出来ない。
「ん? 誰かいるぞ。」
だがそんな様子を気にすることもなく、グリムは飛ぶ。
「え、どこ?」
やっとの思いで目を開けるメイリィ。その目に孤児院の入口が映る。
そして、彼は孤児院の門の外に立っていた。
この寒さの中、充分とは言えない程度の厚着で雪山の方角を見つめている。
メイリィはその少年の顔を見ると、嬉しそうに呼びかけた。
「トアレー!」
「メイリィ!?」
グリムが大きく羽ばたき、地面に着地する。
その光景にトアレは驚いたが、すぐさま親友に駆け寄る。
グリムの背中から降りたメイリィはトアレに向き直り、笑顔を見せる。
「ただいま、トアレ。」
「ただいまじゃないだろ! お前は何でそう考えなしに無茶をやるんだ!」
精霊王様の雪山を指さして怒るトアレ。
やはり何をしにいったかはお見通しのようだ。
「ごめん。でも許してくれたよ、精霊王様。」
「まったく、お前は・・。」
バタン!
孤児院の門が開き、ハンスがアシュレイが、友人たちが出てくる。
「メイリィ、帰ってきたの!?」
「大丈夫、けがとかない!?」
「さっき急に吹雪が止んだんだ! これってもしかして!」
思い思いの言葉を口にする、皆に向かいメイリィは言った。
「ただいま皆! 精霊王様許してくれたよ!」
そして後ろの食べ物を積んだ荷台を指さし
「それに、それだけじゃないよ! 食べ物もくれたんだよ!」
ええー! と驚きの声が上がった。
そして皆がメイリィの元に駆け寄る。
「すげえよ、メイリィ!」
「うちで一番の問題児がやってくれるぜ!」
「メイリィ、ありがとう!」
一通り、皆と話した後トアレに話しかける。
「トアレ、心配かけてごめんね。」
「もういいよ、どうせ止めたって聞かなかっただろ。」
やれやれといった感じに頭をかく。
「おいおい、そんなこと言って、さっきまでお前がやってたことは何だよ?」
ハンスがにやにやしながら言う。
「な・・、なんだよ?」
そこで、間髪入れずに口を開くアシュレイ。
「聞いてよメイリィ。あんたがいなくなった後、トアレったら自分も行くって言い出したんだよ。」
「え・・。」
「おい!」
トアレが叫ぶが、アシュレイはお構いなしに続ける。
「で、ハンスと2人で力づくで止めたけど、そのまま外でずーっと待ってたんだよ? この寒いのに。」
「トアレ・・。」
思えば、ここに帰って来た時トアレは雪山の方向を見ていた。
それに今でさえ不十分な厚着だと思うのだが、数時間前の猛吹雪の中でもずっとこの格好で待っていてくれたんだ。
「・・・。」
恥ずかしそうに目をそむける幼馴染を見て、メイリィは満面の笑顔になる。
「トアレ、ありがとう!」
一部始終を見ていたグリムが後ろから口を開く。
「お前、いい友達持ってるねえ。」
「うん、私の一番大事な友達だよ!」