メイリィと精霊王2
膝まで雪に埋まる道の中、精霊王の住処を目指してメイリィは歩く。
肌に雪が吹きつけ、手足は震え凍えそうだ。
でも止まるわけにはいかない。
このままでは故郷の友人や孤児院の友人、たくさんの大切な人が死ぬかもしれないのだ。
もうどれぐらい歩いただろうか。おそらく5、6時間は歩き続けたんじゃないだろうか。
「きゃ・・!」
よろめいた拍子にメイリィはついにひざをついた。手をついたことで、直接雪の冷たさが伝わってくる。
寒さと疲れと空腹で目の前が霞んできた。
「私・・、死んじゃうのかな・・?」
こんなことならトアレに1言ことわっておくべきだった。
絶対に止められると思って黙って飛び出したけど・・。
最後にトアレに会えないなんて悲しい。
「嫌だよ・・。そんなに絶対嫌!」
そうだ、冗談じゃない。
私は生きてまたトアレと会うんだ、絶対に。
足に力をこめてもう一歩踏み出す。
そうだ。帰ったら、次の休みの日は思い切りバイオリンを弾こう。
そしてトアレにも無理やり1日じゅう聞かせてやろう。
生きて帰れたら、それぐらいのわがままは聞いてくれるはずだ。
「あ・・!」
メイリィは息を飲んだ。
洞窟が見える。けわしい岩山の中にぼっこりと空いた穴。教科書でみた精霊王様の住処とそっくりだ。間違いない。
一気に駆け出して、入口を目指す。
が・・、その入り口から「何か」がすごい勢いで飛び出してきた。
「きゃ!」
急に立ち止まるメイリィ。
洞窟から飛び出してきたソレもメイリィの目の前で止まった。
危ない危ないぶつかるところだった。
一体何が飛び出してきたんだろう?
改めて上を向いて、それの姿を確認するメイリィ。
真っ白い毛、ギラつく双眸、そして・・、大きな口と牙。
白い狼だった。
「きゃ、きゃああああああああああ!」
慌てて踵を返して走り出すメイリィ。
食べられたくない!
「おいおい、そんなに怖がるなって。」
「え・・?」
足を止めて振り返る。しゃべった・・?
「しっかし、ここまで人間が来るとは意外だねえ。」
大きく欠伸してその場に寝そべる狼。
間違いない、あの狼がしゃべっている。
「も・・、もしかして精霊王様ですか!?」
「違うって。俺はグリム、精霊王様の使い魔さ。」
グリムと名乗った狼が気怠そうにいう。
なんというか・・、とても砕けている態度だ。
精霊王様の使い魔と言うからにはもっと、がっちり構えて相手を威圧する鎧騎士のようなイメージがあるのだが・・。
いやいや、見たこともないのに決めつけはよくないか。
「で、何でこんなとこまで来たんだ?」
そ、そうだ! こんなこと考えてる場合じゃない!
「精霊王様に会いに来たの! あなた精霊王様の使い魔なんでしょう? お願い会わせて!」
「ま、こんなとこまで来る用って言ったらそうだよなあ。でもやめとけ、今機嫌悪いぞ。なんせ昨日人間共がこの山で動物を狩ってたところだからな。」
やっぱり・・、密猟があったのは本当だったんだ。
くっとうつむくメイリィ。
「悪いことは言わない。ここで精霊王様に会っても逆効果だよ。寒いし腹が減るのはわかるけど、これぐらい我慢しろって。2、3年もすれば精霊王様のほとぼりも冷めるさ。」
「に、2、3年!? 出来るわけないでしょ!」
考えただけでぞっとすることをさらっと言ってのけるグリム。
「・・? あ。ああそうか。人間は食わないと死ぬんだったな。」
「え・・? あなた食べなくても大丈夫なの?」
「俺達、精霊は生きるのに食事は必要ないからな。 うーん・・、そう考えれば『人間達への罰だ』とは言ってたけど、精霊王様かなりキツいことしてるんだな。悪い悪い、さっき言ったのは取り消すよ。」
どうやら、本当に軽い気持ちで言ったことだったらしい。食べなくても死なないならそれを言ったのも納得できる。
だがこっちはそうはいかない。
「お願い精霊王様に会わせて!」
「必死になるのはわかるけどな・・。俺は勧めないぞ。さっきも言ったが精霊王様は機嫌が悪い。今、気にさわることでも言ったら、無事は保障できない。」
う・・。
無事は保障できない。その言葉を聞いて急に怖くなってきた。
相手は・・、あの精霊王様なんだ。
「でもここまで来る心意気は気に入ったぜ。ついてきな会わせてやるよ。」
「え、本当!?」
「いくぞ。」
のっしのっしと、巨体を揺らして岩山に向かって歩き出すグリム。
正直・・、かなり怖い。
でもここまで来たら覚悟を決めるしかない。
メイリィは白い狼の後を追った。
「精霊王様。あなたに会いたいといって、ここまで人間が来ました。」
入口の前で声を張り上げて言うグリム。
「・・。いいだろう入れ。」
すうっと、低く美しい声が戻ってくる。
「失礼のないようにな。」
グリムに頷くと、中に入るメイリィ。その後をグリムが付いてくる。
中は広かった。通路や個室は一切なく、ただ1つの大きな空間があるだけだ。
奥には段差が作られ、その一番上には玉座。
そして彼はそこに座っていた。
「(この方が精霊王様・・。)」
思わずぐっとツバを飲み込む。
真っ白い顔、淡い青色の髪、ローブのような服。優男の司祭といったイメージの外観ではあるが、一方で他を寄せ付けない威圧感を放っている。
「そなた名前は?」
雪のような白い口を動かし質問してくる精霊王。
その声を聞いて一気に緊張するメイリィ。
「は、はい! メイリィ、メイリィ・ファーディナントです!」
あたふたと答えるが、緊張で声が完全に裏返っている。
グリムが脇で、ため息をつく。
「要件を聞こう。なぜここに来た?」
「は、はい!密猟を働いてすいません、でも許してください! 吹雪を止めてください!」
「なぜ許さなくてはいけない? お前たちは私の聖域で無礼を働いた。これはそれゆえの罰だ。」
「ですが・・。」
「弁明があるのなら聞くぞ?」
「えっ?」
「どうした? 何か弁明があってここまで来たのだろう?」
「あ・・、えっと・・。」
思えば何も考えてない。勢いで飛び出したはいいものの、「皆を助けたい」と意外何も考えずにここまで来てしまったのだ。
それにこういう時はお詫びのしるしとして貢物の1つでも持ってくるものではないだろうか?
まずい、どうしよう。
メイリィが気まずそうに顔をそむけたのを見て、精霊王はあきれ顔になった。
「帰れ、話は終わりだ。」
「・・・。」
ああ、何やってるんだ私は。
これじゃ、あきれられるのも当たり前だ。
でも・・。
「・・帰りません。」
「何・・?」
メイリィは顔を上げた。
そうこのままじゃ帰れない。
「話は終わりだと言ったはずだぞ? 心配するな、帰りの乗り物ぐらい用意してやる。外に出ろ。」
「吹雪を止めてくれるまで帰るつもりはありません。」
すうっ、と精霊王の目が細くなり静かにメイリィを睨みつける。
精霊王の苛立ちが威圧感と共にひしひしと伝わってくる。
怖い。
だが震える足に力をこめて相手の方に向き直った。
確かに私は馬鹿だ。
考えなしに突っ込んだあげくのこの体たらく。
でも町を友達を、そしてトアレに生きていてほしくてここまで来たんだ。
せめてやれるだけのことはやってやる。
「ならもう一度だけ聞こう。 私がお前達を許す理由はなんだ?」
「理由は・・。」
メイリィは精霊王の目をまっすぐ見た。そしてはっきりと言い放った。
「ありません!」
「は・・?」
精霊王の動きが一瞬止まる。
何を言ってるんだ、こいつは。
「でも・・、このままだと町の皆が死んじゃうんです。」
そしてメイリィは勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 許してください!」
「・・・・。」
数秒の沈黙。そして・・。
「・・・ふふふ。」
精霊王は微かに、しかし愉快そうに笑った。
それを見てメイリィは面をくらう。
「え、えっと・・。」
「いや・・、お前は面白いな。誰の使いで来た?」
「い、いえ! 自分で勝手に来ました。」
「だろうな。こんな何も考えてない者をよこす者がいるはずがない。」
「う・・。す、すいません。」
改めて言われるとけっこうグサッとくる。
「だが、町長の使いのものが手土産でも持って駄弁を言いにきたのなら、吹き飛ばしてやろうと構えていた。まさかお前のような者が来るとは想定外だったな。だが、なぜ猛吹雪の中を単身来ようと思ったのだ?」
もっともな疑問だ。
尋常な道じゃなかったし、途中で力尽きることも今思えば充分考えられた。
「わかりません。ベネットの皆を・・、友達を助けたいって思ったら体が勝手に動いちゃいまして。」
精霊王の口元に軽く笑みが浮かぶ。
「いいだろう、吹雪を止めてやろう。」
「本当ですか!?」
「ああ、それとベネットは今年凶作だったな? 食糧もつけよう。来年以降も足りなければ私の所に来い。必要なだけ渡そう。」
「え、ええ!? 何でそこまで!?」
「お前が気に入った。 人間などロクでもない者ばかりかと思っていたがこんな者もいたのだな。」
メイリィは顔を輝かせ、精霊王の元に駆け寄った。
そして両手でその手を握った。
「精霊王様・・! ありがとうございます!」