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メイリィと精霊王1

それは孤児院の卒業を間近にした去年の秋だった。

トアレとメイリィは、いいつけの買い物を済ませ帰り道についていた。

2人も食べ物や生活品ががたくさん詰まった紙袋を持っている。


「ねえ、トアレ・・。」


「どうした?」


「お金、余ってたよね?」


「・・? ああ。」


出発の時に孤児院から渡されたお金より、実際の品物の値段はだいぶ安かった。

トアレが歩くたびにポケットの中のお釣りがジャラジャラと音をたてている。


「だから・・、1個だけ、ね?」


メイリィが指さした方を見ると、食べ物の出店が出ていた。

小麦粉のなかに甘いものを入れて、ふかしたお菓子だ。

トアレはメイリィの手首をがっしりと掴んだ。


「だめ。帰るぞ。」


「ええー。ばれないよ、一個ぐらい。半分こして食べようよ。」


「ばれるとか、ばれないじゃない。とにかくだめ。」


「・・ケチ。」


「ケチじゃない!」


見慣れた孤児院の門が見えてくる。

あの後、さんざんメイリィに愚痴られた。

まだ隣でぶつぶついってる。


「・・甘いものなんて、めったに食べられないのに。」


「果物なら毎日、夕食についてるだろ。」


「お砂糖使ったお菓子がいいの!」


その時、2人の頭の上に白く冷たいものが降ってきた。


「え、雪・・?」


まぎれもなく雪だった。頬に当たった粒が冷たく染み渡る。

おかしい。いくらなんでもまだ雪が降る季節ではないはずだ。


「トアレー、メイリィー!」


孤児院の入口から15,6歳の少年と少女が顔を青くして走ってきた。

よく知った友達たちだ。


「どうしたの? ハンス、アシュレイ?」


メイリィがきょとんとして聞く。

少年の名前はハンス。

短く切った金髪に、やせ気味の体格。

優しげな顔立ちから善人っぽさが溢れている。

彼は風貌どおり優しい性格でめったなことでは腹をたてない。

その反面、意思が弱く自己主張出来ないところがあるのだが。

そして・・。


「どーしたの? じゃないわよ! こっちはあんた達が帰ってくるの今か今かと待ってたのよ!」


もう一人の少女の方が息を切らせながら言う。


「待ってたって、どうして?」


さっと手を出す少女。


「お釣りくれ。」


「違うだろ!」


彼女の名前はアシュレイ。

腰まで伸ばした黒髪に吊り上った眉毛、そして大きな目。

ハンスとは対照的に、勝気で活発そうな印象だ。

そしてその印象通り、いや印象以上の性格だ。

明瞭活発、天真爛漫、天衣無縫、傍若無人。

まさにやりたい放題である。


ハンスとアシュレイの2人は孤児院での暮らしの長い幼馴染だ。

正反対の性格の幼馴染という、トアレとメイリィと似たり寄ったりの関係だ。

孤児院では2人で1部屋が割り当てられるのだが、何の因果かトアレはハンスと、メイリィはアシュレイとルームメイトになり親友関係になった。

今では、基本この4人で集まっている。


そして・・、実はこの2人は恋人関係なのだ。

知っているのは本人達と、トアレとメイリィだけである。


「・・で、本当は何があったんだ?」


「あ、そうよそう! こんなアホなこと言ってる場合じゃないんだって!」


アホなこと言ってる自覚はあったらしい。


「2人とも早く中に入って! 吹雪になるかもしれない!」


「吹雪?」


何を馬鹿なとトアレが言おうとした時だった。

ビュウ!


「きゃあ!」


突然ふいた大風に背中を押され、メイリィは前のめりに倒れた。

芝生と湿り気のある土に顔をうずめる。


「メイリィ!」


トアレは倒れたメイリィに手を差し出す。


「痛たた・・。」


少し足が痛んだけど、擦りむいたりはしていない。

顔を上げるとトアレの手を掴んで立ち上がった。


「これは、マジでやばいことになりそうね・・。」


「おい、一体何があったんだよ!? 今の風、普通じゃないぞ!?」


「トアレ、部屋の中で話すよ。とりあえず戻ろう。」


「そういうこと。2人とも、急いで戻るわよ!」


今すぐにでも聞きたいが、そうも言ってられない。

もしさっきの話通り、いつ吹雪になるかわからないというなら、こんなとこでいつまでも立ち話しているのもよくない。


「メイリィ行くぞ。」


「うん・・。」



「精霊王様が!?」


メイリィが声をあげる。

孤児院の二階にある一室。中にあるのはテーブルとイス、そして2段ベッドだけだ。

トアレとハンスの部屋である。

メイリィとアシュレイを加え4人で集まっている。

ハンス達の心配通り、外はすっかり吹雪になり、閉めた窓がガタガタと揺れている。


「うん、精霊王様の怒りに触れたみたいだね・・。」


ハンスが沈んだ声でいう。

精霊王というのは、その名の通り精霊達を統べる者であり、この辺りの山脈の主だ。

雪山の洞窟を根城としている。

その気になれば彼は天候を意のままに操ることも出来、皆から崇められ恐れられる存在なのだ。


「でも、どうして・・。」


精霊王が人間嫌いだというのは聞いたことがある。

だが、だからと言って闇雲に危害を加えてきたりはしない。

時折、貢物を精霊王に差し出し、それ以上は干渉しない。

この街・・、ベネットと精霊王は何年もそうやって、平和に暮らしてきたのだ。


「密猟者がいたんだってさ。あの山は珍しい動物がいるからね。」


「なんてことを・・!」


精霊王の恐ろしさはトアレ達の教科書でもよく書かれている。

どこのどいつだ、そんなことをやらかしたのは。


「・・噂なんだけどさ。」


来るなりベットでごろごろしていたアシュレイが口を開いた。


「その密猟者雇ってたの・・、町長だって話だよ。」


全員が驚いて、部屋の空気が張りつめる。


「馬鹿なことを・・!」


トアレが窓の外をにらみつけて言った。


「ま、あくまで噂だけどね。」


「あいつなら充分あり得る。」


ベネット町長、キド・ラント。お世辞にも人徳者とは言えない人物だった。

強欲で利益のためならなんでもする男だ。


「ねえ・・、どうなるのかなこれから?」


「・・・・。」


メイリィが呟いたが誰も答えない。

考えるまでもない。大勢死ぬに決まっている。

ただでさえ今年は凶作で食べ物に困っているのだ。

そこにこれから何か月も、場合によっては何年も冬が続くというのだ。


「・・もう考えるのやめようよ。」


どうしようもないのだ。

解決策なんか思いつかないし、嘆いていても何も変わらない。


「やめやめ、今日遅いからもう寝よ。ほら帰るよ、メイリィ。」


アシュレイが立ち上がってうながす。だが・・。


「メイリィ?」


「・・・・。」


呼びかけても窓の外を見たままだ。まあ・・、上の空になってもしかたないか。こんなことをいきなり受け入れるほうが難しい。

いや・・。上の空というより何か決意を秘めたような目で、雪山の方を見ているように見えるのは気のせいだろうか?


「メイリィってば。」


「あ、うん。ごめん・・。」



「ハンス、トアレ!」


ドアをドンドンと叩く音でトアレは目を覚ました。目をこすりながら手元の時計を見ると、まだ夜中だ。

なんだ・・、こんな時間に?


「早く起きろ! 緊急事態よ!」


ガアン、ガアン、ガアン!

ドアを叩く音が蹴り飛ばす音に変わる。


「・・隣に迷惑だぞ、アシュレイ。」


眠い目をこすりながらハンスがドアを開ける。そこには切迫した様子の幼馴染がいた。


「メイリィが・・、メイリィがいなくなったんだよ!」


「なんだって!?」


飛び起きて部屋の外に出るトアレ。


「部屋のドアが開いてて・・、気になって見たらいなかったの!」


「あいつ・・!」


すぐさまトアレはすぐさまエントランスに駆け出す。


「おい、トアレ!?」


「待ってよ!」


ハンスとアシュレイもその後を追う。

こんな時、あいつの考えそうなことは・・!

階段を駆け下りて、エントランスに降りる。


「う、さむ・・!」


余りの寒さにアシュレイが肩を震わせる。

寒いはずだ。

入口が空いているのだから。


「なあ、これって・・。」


「・・くそ!」


トアレは自分の予想が当たったことを呪った。

メイリィは精霊王様を説得に行ったのだ。

この吹雪の中をたった一人で。


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