死にたがりさんは今日も死ねない
五十嵐空乃、彼女は死にたがりであった。
正確に言うと彼女は生きていたくないのだ、生きていてもいい事がない。
お金は働かなければ稼げず、お金がなければ大変な思いをするだけ。たけどどうせお金は無くなるから働き続けたくもない。
だから彼女は死にたいのだ。生きていてもいいことがないから。
死ねば何もかもが無くなる、辛いも苦しいも悲しいも、そして嬉しいも楽しいも面白いも。
彼女とて好きな物くらいある。
小説、漫画、アニメ、食などは甘い物、うどん、パスタ、肉。
小説も漫画も続きが気になるものばかりだし、アニメ化を待っているものだってある。美味いものだってまだまだ食べていたい。
だけどそれでも彼女は死にたいのだ。
「はぁ、今日も死ねなかった。もう無理、死にたい。」
では何故彼女は死なないのか、死ねないのだ。
彼女が自殺をしようとすると邪魔が入る。
彼女にはしっかりと信念がある。
絶対に自分の事は自分で殺すという信念が。
どれだけ仕方ない状況で事故だったとしても彼女は他人に自分を殺させない。
どんな事故でも他人に殺されてしまったらその人は殺人者になる、その人の記憶に残ってしまう。
だから彼女は死ねなかった。
友人を庇って車に跳ねられた時も、森を歩いていてクマに襲われた時も、通り魔に刺された時も。
他人に殺人罪を付けたくなかった、クマを殺処分対象にしたくなかった、友人に自分を庇ったせいで私は死んだと思われたくなかった、ただそれだけの理由で彼女は意地で生き抜いた、逃げ切った。
自分のせいで殺人罪を被るのは自分でいい、そして自分を殺した罰として自分は死ぬだけ、そう考えているのである。
***
「いい加減自殺は諦めた?空乃」
「諦めるわけないでしょ。絶対死んでやる。社会人になる前に!」
「なんでそんなに死にたがるかねぇ。」
「私にとって死が救いだから。」
「空乃が死んだら私泣いちゃうよ。」
「あんたの一瞬の涙と私の今後数十年の苦痛、私がどっちを選ぶかは十年も一緒にいるあんたなら分かるでしょ。」
「そうだけど。何回失敗してんだか。でもいいの?好きな漫画完結してないんでしょ?」
「そりゃー完結は気になりますけど、いいんですよ。それが私の決意ですから。」
「左様でございますか。」
「適当だなぁ。」
「だって、本当に何回失敗してんの?」
「今回で78回目ですよ。」
「うわーそんなやって一回も惜しいとかないもんね。呪われてんじゃない?」
「死なない呪いってなに。」
「不死の呪いじゃん。ドンマ。」
「勘弁してよ。社会人になっちゃう。」
「嫌がり過ぎでしょ。何がそんなにお前を追い詰めているのか私には分からんよ。家族ともようやく離れられたじゃん。」
「やめて、家族の話しないで。」
「はいはい、ごめんごめん。ってやば!授業始まる!」
「じゃぁ解散で。がんばー。」
「またね空乃。」
「さよなら〜。」
(全く、いつもまたねって言ってくれないんだから。)
***
夢を見る、泣いている少女の夢を。
泣いている子にもう一人の少女が言う。
「もうお前は出てこなくていいよ。そこに居な、これからは私がやるから。」
泣いてる子は何も言わない、泣き続けるだけ。
もう一人の子は何処かへ行ってしまう。
泣いてる子を隠すためにその子は行く、もう泣かないように、泣いてる所を見られないように、演じるために。
***
彼女の家庭環境は決していいものとは言えなかった。
父は彼女が保育園児の時に出ていき、母と兄と暮らしていた。
母は父と離婚してから色んな男を家に入れた。
思春期の兄からしたらどれだけストレスだっただろう、兄は中学で不登校になり人間味を失っていった。
彼女は物分りのいい子供だった、なんでも勝手に出来る子だった。
親は手のかからない子と、彼女に言った。
ただ彼女を親が見ていなかっただけなのに、誰も居なかったから自分でできるようになっただけなのに。
彼女は物分りのいい振りをしていた、本当は分かっていなかった、何故父は出ていったのか、何故母は新しい男を連れてくるのか、何故兄は喋らないのか、分からなかったがわかった振りをした、そうすれば自分を深く傷つけずに済むと思ったから。
だから全てを受け入れた、全て演じた。
自分の本心を殺して、母に心配をかけぬよう学校で友達を沢山作った、教師に不審がられぬよう幸せそうに振舞った。
ありふれた環境で育ったありふれた人間だと周囲に言い聞かせるよう彼女演じた。
そして自分自身にも洗脳をかけた、自分は幸せだと。
彼女は中学生になった、だけど彼女はもう壊れかけていた。
それは彼女に父の違う妹が出来たから。
彼女は分からなかった、母は子供が嫌いだと知っていたから、嫌いな子供と愛しい我が子、そんなぐちゃぐちゃな感情の中生きていたのを知っていたから。
彼女はずっと自分の中にあった思考に蓋をしていた、だけどその蓋がズレてしまった。
彼女はその思考に呑まれてしまった、彼女は壊れてしまった。
私が生まれなければ家庭崩壊は起こらなかったのではないか。
そんな考え。彼女は身体が弱かった。
幼い頃から入退院を繰り返していた。
自分のせいで母にストレスを与え、父と離婚する原因を作ってしまったのではないか、自分のせいで兄に寂しい思いを強いてしまったのではないか、自分がいなければ兄はもっとありふれた家庭で幸せにありふれた人生を歩めたのではないか。
彼女が唯一心から幸せを願う家族、兄の幸せを彼女自身が奪ってしまっていたのではないか。
彼女はそんな思考に飲まれてしまったのだ。
彼女は壊れた、中学三年生の秋に。
彼女は笑えなくなってしまった、何もかも無駄に思えた、それからずっと誰も見ていない夜中の部屋で涙だけが流れたのを彼女は今でも覚えている。
中学に入ってから彼女母ではなく父と兄と暮らしていた。
中学三年生になって不登校になった時、父になんと言われたか彼女は思い出せない。
高校に入って、彼女はもっと壊れてしまった。
声が出ない、感情がない、泣けない、笑えない、怒れない、世界が白黒に見える。
この時からだろう彼女が明確に死に期待し始めたのは。
彼女の家はありふれた家じゃなかった、だから彼女を死にたがりにした。
彼女は死を追い続ける、このくだらない記憶弱い身体、そして世界にさよならする為に。
なぜなら彼女にとって死は希望なのだから、全てが無くなる素晴らしい世界を夢見て彼女は今日も死を求める。
自分で自分を殺す為の案を考え続ける、誰にも邪魔されないように。




