第8話 チーム対抗実習
リリィの交渉術によって、市場の盗難事件を円満解決してから数週間。チーム『アベレージ・ワン』は、その後も学園とギルドから斡旋される学生向けの依頼を、着実にこなしていた。
アリアナの的確な指示、エルザの圧倒的な突進力、リリィの抜け目ない後方支援。そして、シノンの規格外のサポート。彼女たちのチームの評価は順調に上がり、四人の友情も、様々な依頼を経て、確固たるものとなっていた。
その日、教室の黒板に、新しい告知が張り出された。
『告知:第一回・チーム対抗実習の実施について』
「おお! なんだなんだ?」
エルザが、告知文に真っ先に食いつく。
「『チーム対抗実習』……。ルールは、学園の演習林全域に隠された複数の魔力印を、制限時間内にどれだけ多く回収できるか、ね」
アリアナが、冷静にルールを読み上げる。
「戦闘は許可されてるのか?」
「ええ。『ただし、相手チームに《《重傷》》を負わせた場合は失格』ですって。あくまで実習よ」
「なーんだ! 思いっきり戦えないのかー!」
エルザが、頬を膨らませる。
「ふふふ……」
その横で、リリィが告知文の、ある一点を見て、目を輝かせた。
「アリアナさん、エルザさん、シノンさん。これ、ご覧ください」
リリィが指差したのは、末尾の一文。
『成績優秀チーム(上位三組)には、ギルドと学園から《《特別奨励金》》を授与する』
「「「おおー!」」」
エルザとリリィの声が重なった。
「よし! 絶対勝つぞ! 奨励金で、市場のあのデカい串焼きを腹一杯食べるんだ!」
「エルザ、あなたは食べ物のことばかりね……。でも、確かにこれは燃えるわ」
「ふふふ。腕が鳴りますねぇ」
▶(シノン)◇
(初めての、学園行事……!)
じいちゃんとの『基礎訓練』には、もちろんこんな楽しいイベントはなかった。仲間と力を合わせて、競い合って、景品を目指す。なんて……なんて、楽しそうなんだろう!
▶◇◇◇
実習当日。 広大な演習林のスタート地点に、総合クラスの全チームが集結していた。
「作戦会議、いいわね?」
アリアナが、他のチームに聞こえないよう、三人を集めて小声で地図を広げる。
「演習林は広大よ。やみくもに探しても時間の無駄。まずは効率的に……」
「よし! じゃあ、私が森のど真ん中に突っ込んで、他のヤツらを全部倒してくる!」
「待ちなさいエルザ。それは《《やみくも》》の典型よ」
「むー! でも、それが一番早いぞ!」
「……シノンさん」
アリアナが、すでに脳筋なエルザを無視し、シノンに向き直った。
「あなたの索敵、お願いできる?」
「へ? あ、はい!」
シノンは、言われた通り目を閉じ、意識を集中させる。祖父直伝の『基礎』気配察知。森の魔力の流れ、人の気配、そしてターゲットの気配が、手に取るように流れ込んでくる。
「ええと……。東の方に、五つくらい。西の方に、三つ。あと、強そうな気配が、北の広場に集まってます」
「……相変わらず、規格外ね」
アリアナは、シノンの索敵結果を即座に地図に書き込む。
「よし、決めたわ。北の連中(主力)とは戦わない。私たちは、シノンさんの索敵を頼りに、効率よく南側(東と西)のターゲットを回収するわよ!」
「おおー!」
「了解です!」
開始の合図と共に、チーム『アベレージ・ワン』は、他のチームとは逆方向の、南の森へと駆けだした。
シノンの索敵は、完璧だった。
「あ、アリアナさん。その木の、三番目の枝の裏にあります」
「……本当にあったわ。どうやって見えてるの……」
「エルザさん! その岩の向こう、小さいのが二匹います!」
「おお! 本当だ! まとめてゲットだぜ!」
四人は、他のチームが一体も見つけられないうちに、すでに八個のターゲットを回収していた。
「ふふふ。これは圧勝、奨励金はいただきですね!」
リリィが無邪気に喜んだ、その時だった。
「――そこまでだ!」
木々の間から、四人の生徒が現れ、アベレージ・ワンの行く手を塞いだ。全員が、エリート魔術科の青い制服を纏っている。学年トップの優勝候補チーム、『蒼き鷹』だ。
「……何の用かしら。私たちは急いでるのだけど」
アリアナが、警戒しながら前に出る。
「ほう。噂の『アベレージ・ワン』か。上位種を倒したと聞いていたが……。なんだ、雑魚ばかりじゃないか」
リーダーらしき、嫌味な貴族男子が、アリアナたちを値踏みするように笑う。
「……!」
エルザの眉がピクリと動いた。
「むー……。なんだあいつ、感じ悪いぞ」
「特に、お前か」
リーダーの男は、シノンを指差した。ひよっこはひよっこらしく、隅っこで薬草でも摘んでいるんだな。そのカゴの中のターゲット、全部置いていけ」
「……なぬ?」
エルザの肩が、わなわなと震え始めた。
「……アリアナ。あいつ、やっちゃっていいか?」
「ダメよエルザ。挑発に乗らないで」
「でも!」
「奨励金、没収されますよ?」
リリィの、笑顔だか冷たい一言。
「うぐっ……」
エルザは、大好物の串焼きと、目の前の獲物を天秤にかけ、ぐっとこらえた。
「交渉決裂、か。ならば、仕方ない」
リーダーの男が、ため息をつくように手を振る。
「やれ。ただし、重傷は負わせるなよ?」
『蒼き鷹』のメンバー三人が、同時に詠唱を開始する。
「「「『風縛』!」」」
強力な魔力の風が渦を巻き、アリアナ、エルザ、リリィの三人を襲った。
「くっ……! 早い!」 「きゃっ!」 「あ〜!?」
三人は、見えない風のロープに縛られたかのように、動きを封じられてしまう。
「はっはっは。ひよっこには、これくらいで十分だろう」
リーダーの男が、高笑いしながらカゴを持っているシノンに近づく。
「さあ、それをよこせ、ひよっこ娘」
男は、カゴを奪おうと、シノンに手を伸ばした。
――が。
「あれ?」
シノンは、リーダーの男の手をひょいと避け、首を傾げた。
「……は?」
男が固まる。
「あの、すみません。なんだか、急に風が強くなってきましたね? アリアナさんたちも、どうしたんですか?」
「「「…………え?」」」
リーダーの男も、拘束されている三人も、全員が固まった。
祖父の『基礎訓練』では、暴風竜の吐く暴風の中で『基礎体術』を行うのが日課だった。それに比べれば、『風縛』など、ただの心地よいそよ風でしかない。
「な……! なぜ、『風縛』が効かない!?」
リーダーの男が、信じられないものを見る目でシノンを睨む。
「え? 何か、私にしました?」
シノンは、きょとんとした顔で聞き返した。
「あ、そうだ。私たち、急いでるんで」
シノンは、呆然と立ち尽くすリーダーの男の横をすり抜け、 「皆さん、先に行ってますねー!」と、森の奥へ走り去ってしまった。
「あ! 待ちなさい! こら!」
リーダーの男は、慌ててシノンを追おうとしたが、 「……行かせないわよ」 「私たちのこと、忘れてないか?」 「ふふふ……」。いつの間にか、アリアナ、エルザ、リリィの三人が、拘束を解いて彼らの前に立ちはだかっていた。
◇
結果。実習は、アベレージ・ワンが圧勝した。
その日の放課後。四人は、王都のカフェで、奨励金で買ったケーキセットを囲んでいた。
「やったー! ケーキだ、ケーキだ!」
エルザが、子供のようにはしゃいでいる。
「あなた、それだけのために頑張ったの……」
アリアナが、呆れながらも紅茶を一口飲んだ。
「ふふふ。報奨金で食べるケーキは美味しいですねぇ」
リリィが、満足そうに微笑む。
▶(シノン)◇
(おいしい……)。初めて食べる、お店のケーキ。仲間たちと、他愛のない話をして、笑い合って、甘いものを食べる。じいちゃんとの『基礎訓練』では、絶対に味わえなかった時間。
これが、私の求めていた平凡……。
私は、この幸せな日常が、ずっと続けばいいと、心の底から願った。
▶◇◇◇
――その頃。王都から遠く離れた、南の古代遺跡。ギルドから派遣された、ベテラン冒険者チーム『鋼のグリフォン』が、そこで《《何か》》と交戦していた。
「……馬鹿な! なぜ、魔人幹部クラスが、こんな場所に……!」
「ぐああああ!」
ベテラン冒険者たちの悲鳴が、遺跡に響き渡る。闇の奥で、二つの赤い光が、静かに嗤っていた。




