第6話 廃坑の連携戦
ゴゴゴゴ……! 地響きと共に姿を現したのは、シノンが索敵した通りの、上位種だった。
坑道の天井に届きそうなほどの巨体。その手には、雑魚たちが持っていた粗末な棍棒ではなく、明らかに武器として鍛えられた、歪な鉄の棍棒が握られている。
「おお! でっかいのが来たぞ!」
エルザが、恐怖するどころか、獲物を見つけた子供のように目を輝かせた。
「アリアナ! 作戦は!」
「私が魔術で牽制するわ! エルザが正面から押さえて!」
「リリィ! 援護頼む!」
「任せてください!」
「シノン!」
エルザが、シノンに向かってニカッと笑った。
「援護を頼む! 変なとこからゴブリンが出てきたら、また『転ばして』くれ!」
「は、はい!」
シノンは、初めて仲間として頼りにされた嬉しさに胸が熱くなった。
「行くよー!」
エルザの無邪気な掛け声が響く。
「火球!」
アリアナの先制攻撃が、上位種の顔の横を掠めた。だが、上位種は怯まない。
「グオオオオオ!」
雄叫びを上げ、エルザめがけて棍棒を振りかぶる。
「させないぞ!」
エルザは、その巨体にも臆することなく、大剣を盾のように構え、真っ向から突進した。
ガギィィィンッ! 耳障りな金属音。エルザの大剣が、棍棒を正面から受け止めた。
「ぐ……っ! おおおお!」
エルザが、渾身の力で押し返す。
「むー! こいつ、硬いし、重いぞ!」
「エルザ、耐えて! 氷槍!」
アリアナが、すかさず二射目の魔術を放つ。氷の槍が、上位種の分厚い胸板に突き刺さった。
「グギッ!?」
さすがに痛むのか、上位種が一瞬体勢を崩す。
「今だ! でりゃあ!」
エルザはその隙を見逃さず、大剣で棍棒を弾き飛ばし、懐に潜り込んで斬り上げた。だが、上位種の皮は、並の魔物より遥かに強靭だった。浅い傷しか与えられない。
「ちぇっ! タフなやつめ!」
「エルザさん、魔力強化かけます!」
リリィの支援魔術の光が、エルザの体を包む。
「おお! 力が湧いてきたぞ!」
「グオオオ!」
再び体勢を立て直した上位種が、今度はアリアナを狙い、突進しようとする。
「させるか!」
エルザが、その前に立ちはだかる。
一進一退の攻防。アリアナの魔術牽制、エルザの正面突破、リリィの後方支援。三人の連携は、戦闘訓練の時とは比べ物にならないほど噛み合っていた。シノンは、アリアナの指示通り、リリィの隣で不測の事態に備え、戦いを見守る。
(すごい……。これがチームの戦い……)
祖父との『基礎訓練』は、常に一対一、あるいは一対多数の殲滅戦だった。仲間を信じ、仲間を護り、仲間と協力する。シノンの目には、その光景が眩しく映った。
「くっ……! しぶといわね!」
アリアナの魔力も、リリィの支援も、無限ではない。確実に上位種の体力は削っているが、決定打を欠いていた。
「アリアナさん! 魔力回復薬の準備、ありますよ!」
「ありがとうリリィ! でも、飲む隙が……!」
上位種が、アリアナの詠唱を妨害しようと、再び狙いを定める。
「おっと! お前の相手は私だぞ!」
エルザが、その巨体に挑発するように斬りかかる。上位種は、そのエルザの剣を棍棒で受け止めると、そのまま力任せに、大剣ごと弾き飛ばした。
「なっ……!?」
キィン、と音を立てて、エルザの大剣が宙を舞い、遠くの岩壁に突き刺さる。
「しまっ……!?」
エルザが、最大の武器を失い、無防備になった。上位種は、その一瞬の隙を見逃さない。エルザを殴り潰そうと、棍棒を高く振り上げた。
「エルザ!」
アリアナの悲鳴が響く。
「エルザさん、危ない!」 リリィの詠唱は間に合わない。
▶(シノン)◇
(まずい……!)
あの棍棒が当たったら、エルザさんは死ぬ。
(助けないと。でも、また石で助けたら? さっきみたいに足を狙っても、あの体格じゃ転ばないかも……どこか、一撃で止まる場所……)
じいちゃんとの『基礎訓練』を思い出す。『敵の弱点を、正確に無力化する』。『最小限の力で、最大限の効果を』。
(あの、目……!)
私は、さっきから握りしめていた石ころを構えた。力を凝縮して……狙うは、上位種の、右目……!
▶◇◇◇
「グオオオ!」
エルザが、迫る棍棒を前に、ぐっと目をつぶった。ヒュッ、という、さっきよりも鋭い音が、静かな坑道に響いた。
ブシュッ!
「ギイイイイイイイイアアアアアアアア!」
棍棒がエルザに叩きつけられる寸前、上位種の巨体が、天を仰ぐようにして硬直した。振り上げた棍棒が、手から滑り落ちる。
その右目には……親指の先ほどの石ころが、深々と突き刺さっていた。
「「「…………」」」
何が起きたのか、アリアナもリリィも、そしてエルザも理解できなかった。
「ギャアアアア!」
上位種が、片目を押さえて暴れ狂う。
「……アリアナさん! エルザさん!」
シノンの声で、全員が我に返った。
「エルザ! 剣を!」
アリアナは、即座に状況を判断した。彼女は、残った魔力を振り絞り、風魔術の刃で、遠くに突き刺さっていた大剣の『柄』を正確に打った。
大剣が、岩壁から抜け、放物線を描いてエルザの元へと飛んでいく。
「ナイス、アリアナ!」
エルザは、その大剣を空中で完璧に掴み取ると、暴れ狂う上位種に向かって、地を蹴った。
「シノンが作ってくれたチャンス、無駄にしないよ!」
彼女はもう、迷わない。仲間が繋いでくれた、千載一遇の好機。
「これでおしまい! うりゃあああ!」
エルザの渾身の一撃が、無防備になった上位種の首筋に、深々と叩き込まれた。
「ギ……」
巨体が、ゆっくりと揺れ、やがて轟音と共に、動かなくなった。
――静寂が、廃坑を支配した。
「……ふぃー」
エルザが、大剣を肩に担ぎ、荒い息をつく。
「やった……。やったぜ、みんな!」
彼女は、カラッとした、最高の笑顔で振り返った。
「はぁ……はぁ……」
アリアナが、魔力を使い果たし、その場に座り込む。
「……あなたたち、本当に、無茶苦茶よ……。心臓が、いくつあっても足りないわ……」
「やりましたね!」
リリィが、アリアナに駆け寄り、魔力回復薬を手渡す。
「ふふふ、これだけの大物、素材も高く売れそうですよ!」
エルザが、シノンの元へ、大股で歩いてきた。そして、その大きな手で、シノンの頭をわしわしと撫でた。
「ひゃっ!?」
「シノン! お前の石ころ、また助かったぞ! なんだよそれ、超便利じゃねえか! しかも、今度は目に当てるなんて、神業だぞ!」
「あ、あはは……。ま、たまたまです……。『基礎』、ですから?」
シノンは、もう何度目か分からない『基礎』という言葉で、必死にごまかした。
「……はぁ」
ポーションを飲んで回復したアリアナが、立ち上がった。
「その『基礎』の議論は、もうやめましょう……。本当に、頭が痛くなるわ……」
アリアナは呆れながらも、その口元は、確かに笑っていた。
こうして、チーム『アベレージ・ワン』の二度目のギルド依頼は、四人の連携によって、完璧な勝利を収めたのだった。




