第5話 連携の剣
チーム『アベレージ・ワン』の初任務は、アリアナの機転と(シノンの助言によって大成功に終わった。ギルドから提示された満額以上の報酬と、魔力酔いを浄化したことで学園から特別評定を得た、リリィは終始ご機嫌だった。
「やりましたね! 幸先の良いスタートです! この調子でどんどん依頼をこなして、目指せ『ひよっこ』卒業ですよ!」
「ちょっとリリィ、あなたお金が絡むと目の色が変わるわよ……」
「ふふふ。森の散歩でお金が貰えるなんて、最高じゃないですか」
アリアナが呆れたように言う横で、一人だけ、うずうずとした顔をしている者がいた。エルザだ。
「むうう……」
ギルドからの帰り道、彼女は背中の大剣をそわそわと揺らしていた。薬草採取の任務では、魔物が出なかったせいで、彼女の出番は一切なかった。アリアナが魔術で活躍し、シノンがその『助言』で株を上げた。騎士である自分だけが、完全に『荷物持ち』だったことが、退屈で仕方ないらしい。
「あ、あの……エルザさん?」
シノンが心配そうに声をかける。
「おお、シノンか! いやー、退屈で死にそうだぞ! つまらないのは、嫌いだ!」
エルザは、戦いが足りず、子供のように不満を漏らした。
「次は、絶対戦うヤツがいい! 戦うヤツ!」
彼女はそう言うと、ギルドの依頼書へ戻り、一枚の紙をワクワクした顔で剥がしてきた。
「次はコレだ! これがいい!」
彼女が三人に叩きつけた依頼書。
『小鬼の小集落討伐 場所:王都近郊の廃坑 難易度:学生可(上級)』
「ゴブリン討伐……。やっとまともな『戦闘』任務ね」
アリアナが、依頼書を吟味する。
「こういう依頼でこそ、この大剣が輝くのよ。受付に行ってくる」
「あ、エルザさん、待ってください!」
リリィが、すでに窓口で受注手続きをしようとしているエルザを慌てて止める。
「ギルドの報告によれば、この廃坑のゴブリン、魔王軍の影響かは不明ですが、最近妙に『組織的』になっているそうです。罠の報告も上がってます。……学生向けとはいえ、油断は禁物ですよ?」
「罠? アベレージ・ワンなら、真正面から行っても……」
「……エルザさん」
エルザが突撃宣言をしようとした時、シノンがおずおずと声をかけた。
「罠って、痛そうですよね……。私、踏みたくないです……」
「なぬ!?」
エルザは、シノンの不安そうな顔を見て、ピタリと固まった。
(個人的な感情で仲間を危険にさらせない……か)
「……むう。分かった! 仲間が怪我をするのは私も嫌だ! じゃあ、罠は避ける!」
「そういうことよ。あなたは脳筋なんだから、ちゃんと司令塔の指示に従いなさい」
「むー! アリアナは細かくて、お母さんみたいだぞ!」
こうして、チーム『アベレージ・ワン』の二度目の依頼は、エルザの『戦いたい』という希望によって決定された。
◇
王都から半日。件の廃坑は、不気味な口を開けていた。
「……思ったより、静かね」
アリアナが、魔力計を片手に、慎重に周囲を警戒する。
「リリィの報告通り、入り口に罠の反応はないわ。でも、奥から……確かに、ゴブリンの気配が複数」
「よし!」
エルザが、待ってましたとばかりに大剣を抜いた。
「今度こそ私に任せ……」
「待ちなさいエルザ!」
アリアナが、突撃しかけたエルザの肩を掴む。
「リリィの報告を忘れたの? 『組織的』で『罠』があるかもしれないのよ。単独で突撃なんてしたら、どうなるか……」
「えー! でも、早く戦いたいぞ!」
エルザは、子供のように足をバタつかせたが、シノンの「(罠は嫌です)」という視線を受け、素直に剣を下げた。
「……シノンさん」
アリアナが、シノンに視線を移す。
「あなたは……何か、分かりませんか? 薬草採取の時のように」
「へ? わ、私ですか?」
不意に話を振られ、シノンは固まる。目を閉じ、祖父との『基礎訓練』を思い出す。
「ええと……。ゴブリンが五、六匹……。あ、でも、その奥に、もう一つ……大きくて、強そうな気配がします。たぶん、寝てます」
「「「…………」」」
アリアナ、エルザ、リリィが固まった。
「……シノンさん。それ、どのくらい奥の話ですか?」
「え? この坑道の、一番奥の広場……くらい?」
「……索敵も規格外なのね、あなた」
アリアナは頭痛をこらえ、だが即座にその情報を元に作戦を立て直した。
「よし、決めたわ。エルザ、あなたの出番よ」
「おおっ!」
「奥に『ボス』がいるなら、手前の|雑魚「」ゴブリン)に気づかれて、全員で来られるのが一番厄介よ。……だから、エルザ。あなたがあの入り口で、派手に音を立てて『おびき出し』なさい」
「なるほど! 私がおとりってワケだな! 楽しそうだ!」
「そうよ。私たちがここで迎え撃つ。リリィは後方支援。シノンは……私の隣で、不測の事態に備えて」
アリアナは、シノンの『規格外』を、すでに戦力として計算に入れ始めていた。
「任せとけ! お前ら、出てこいやあああ!」
エルザは、アリアナの許可のもと、廃坑の入り口で大剣を岩壁に叩きつけ、派手な音と火花を散らした。
すぐに、奥からゴブリンたちが慌てた様子で飛び出してきた。数は六匹。シノンの索敵通りだ。
「よし来た! アリアナ、やったぜ!」
「調子に乗らないで! エルザ、前衛! 叩き潰しなさい!」 「言われなくとも!」
エルザが、今度こそ歓喜の雄叫びと共にゴブリンの群れに突撃する。 アリアナの指示と、仲間の援護がある。もう彼女は一人ではない。
「『火球』!」
アリアナの魔術が、エルザが切り結んでいないゴブリンを牽制する。
「エルザさん、右後ろ!」
リリィが的確なサポートの声を飛ばす。
だが、ゴブリンたちの動きは、確かに『組織的』だった。二匹がエルザを足止めし、一匹がアリアナの詠唱を妨害しようと回り込む。そして、最も素早い一匹が、エルザとアリアナの死角を突き、後方のリリィへと襲いかかった。
「しまった……!?」
アリアナが気づいたが、詠唱が間に合わない。エルザも、二匹のゴブリンに阻まれて動けない。
「リリィさん!」 シノンが叫んだ。
▶(シノン)◇
(リリィさんが危ない!)
今、私が『基礎』で殴ったら、ゴブリンはミンチになって、この坑道も崩れるかもしれない。 (ダメ。『平凡』に……『平凡』に助けないと)
(でも、時間がない!)
どうする? じいちゃんとの『基礎訓練』を思い出す。
『動く的を、正確に無力化する』。
(あれしか、ない……!)
私は、足元に転がっていた、親指の先ほどの小さな石ころを、一つ拾った。力を『凝縮』して……リリィさんを襲うゴブリンの、『足』を狙って……!
▶◇◇◇
「きゃっ!」
リリィが、迫るゴブリンの棍棒を前に、ぐっと目をつぶった。ヒュッ、という、空気を切り裂く音がした。
スコンッ! まるで熟した木の実が落ちるような、間の抜けた音。リリィを襲おうとしたゴブリンが、見えない何かに足を取られたかのように、派手にすっ転んだ。そのまま頭を岩に打ち付け、気絶する。
「「「…………え?」」」
何が起きたのか、アリアナもリリィも、そしてエルザも理解できなかった。
「な、なんだ? あのゴブリン、ドジっ子か?」
「……今の、シノンさん?」
アリアナだけが、石ころをバレないように捨てようとしているシノンを見ていた。
(……投石、で……正確に足を狙って『転ばせた』……ですって……?)
「エルザ! 残り二匹よ!」
「おうよ! でりゃあああ!」
エルザが、残りのゴブリンを大剣で一掃する。
そして―—
静寂が、廃坑を支配した。
「ふぅ……。リリィ、大丈夫だった?」
「は、はい。ありがとうございます」
リリィも、シノンの方をじっと見ている。シノンは必死に笑顔を貼り付けた。
「……シノン、お前。また何かやっただろ!」
エルザが、ニヤニヤしながら近づいてきた。
「すげえじゃねえか! 投石でゴブリンを転ばすとか、器用なこともできんだな! 助かったぞ!」
「あ、あはは……」
シノンがごまかし笑いをしていると、ゴゴゴゴ……! 廃坑の奥から、地響きと共に、上位種が、目を覚まして現れた。
「「「出た……!」」」
「おお! でっかいのが来たぞ!」
エルザが、今度こそ嬉しそうに剣を構え直した。
「アリアナ! 作戦は!」
「私が魔術で牽制するわ! エルザが正面から押さえて!」
「リリィ! 援護頼む!」
「任せてください!」
「シノン!」、エルザが、シノンに向かってニカッと笑った。「援護を頼む! 変なとこからゴブリンが出てきたら、また『転ばして』くれ!」
「は、はい!」
シノンは、初めて『仲間』として頼りにされたことに、嬉しさに胸が熱くなった。
「行くよー!」
「『火球』!」
チーム『アベレージ・ワン』の、初めてのボス戦が始まった。




