第42話 偽りの勝利
ある日の朝。王都の広場に設置された巨大な魔導掲示板に、国王の姿が映し出された。
『――国民よ、喜べ! 我が勇猛なる王国軍は、魔王軍の侵攻を食い止め、これを撃退せしめた!』
ワァァァァッ! 広場を埋め尽くす民衆から、割れんばかりの歓声が上がる。
『だが、奴らの卑劣な罠により、多くの尊い犠牲が出た……。我々はこの悲劇を忘れず、魔界という脅威を根絶するまで、戦い抜くことを誓おう!』
熱狂する群衆。だが、その喧騒から離れた場所で、チーム『アベレージ・ワン』の四人は、冷めた目でその放送を聞いていた。
「……よくもまぁ、ぬけぬけと」
エルザが、不快そうに吐き捨てる。
「卑劣なのはどっちだ。魔王軍はずっと『守り』に徹してただけだぞ」
「ええ。……ですが、これが『国家』というものです」
アリアナが、悔しそうに唇を噛む。
「自分たちの侵略を正当化するために、相手を『悪』に仕立て上げる。……反吐が出ますわ」
リリィは、無言で電卓を叩いていた。
「……このプロパガンダで、軍事費の増額は確実。特需は生まれますが……。嘘の上に築かれた相場は、いつか必ず暴落しますよ」
三人は、真実を知ったことで、大人たちの『嘘』に踊らされなくなっていた。だが、同時に『無力感』も感じていた。
真実を知っていても、今の自分たちの立場が学生であるうちは、この大きな流れを止めることはできない。
「……みんな」
シノンが、口を開いた。
「ディアブロさんたちが、呼んでる」
「え?」
「転送装置を使って、荒野に来いって」
シノンたちは、転送装置のある廃教会に向かった。
「行こう。……これからのことを、話すために」
◇
転移した先は、あの日、シノンとディアブロが戦った、クレーターだらけの荒野。そこには、魔王ディアブロと、三人の師匠が待っていた。
「……来たか」
ディアブロが、静かに告げる。
「我々は一度、魔界の深層へ戻る。王国の襲撃に備え、防衛ラインを再構築せねばならん」
「そんな……! 師匠、行っちゃうのかよ!」
エルザが叫ぶ。
「ああ。しばらくは会えん」
ゼストが、腕組みをしたまま答える。
「だが、その前に……。貴様らに、最後の『授業』をしてやる」
「授業?」
アリアナが首を傾げる。
「貴女たちは、先日のダンジョン攻略で自信をつけましたね」グレイが、眼鏡を光らせた。 「ですが、それはあくまで『人間レベル』の話。……我々『魔王軍幹部』の世界を知るには、まだ程遠い」
「だが、今は、魔王軍幹部の実力がどの程度の者なのかを知っておいて欲しい」
「……つまり?」
リリィが、核心を問う。
「試してやる」ゼストが、獰猛に笑った。「我ら『三魔将』対、貴様ら三人。……本物の『絶望』というやつを、体に叩き込んでやる」
「「「!」」」
それは、別れを前の、最後にして最大の『特訓』の誘いだった。
エルザが、ニカっと笑う。
「上等だ! ダンジョンに潜り続け、特訓に耐えてきた私たちを甘く見るなよ師匠!」
アリアナが、杖を構える。
「望むところです。……先生の『最高傑作』の実力、お見せします!」
リリィが、ナイフと道具袋を確認する。
「ふふふ。そろそろ『師匠越え』の査定をしてもいい頃合いですね」
シノンは、一歩下がって見守る位置についた。ディアブロも、どこからか持ってきた玉座に座り、優雅に観戦をしていた。
「始め!」
ディアブロの合図と共に、戦端が開かれた。
アリアナ、エルザ、リリィの動きは、洗練されていた。
「エルザ、突撃!」「おうよ! 『粉砕』!」
エルザがゼストに肉薄し、アリアナが『絶対零度』で援護し、リリィが『閃光弾』で目くらましを仕掛ける。奈落の渓谷を攻略してきた、完璧な連携。
だが。
「……遅い」
ゼストは、エルザの大剣を、指一本で止めた。
「なっ……!?」
「力が分散している。踏み込みが甘い。殺意が足りん」
デコピン。たったそれだけで、エルザは砲弾のように吹き飛び、岩山に激突した。 「がはっ……!」
「……解析完了。術式構成、70点」
グレイは、アリアナの放った極大魔法を、杖も振らずに『視線』だけで霧散させた。
「教科書通りですね。……実戦では、教科書にない『理不尽』が通るのですよ」 「そ、そんな……! 私の魔法が……!」
「小細工は効きませんよ」
マモンは、リリィの罠をすべて無効化し、いつの間にか彼女の背後に立っていた。
「道具に頼りすぎです。……本当の商人は、自分自身が最強の『商品』でなければなりません」
トン、と背中を押されただけで、リリィは地面に伏した。
――瞬殺。数分も経っていなかった。アリアナ、エルザ、リリィの三人は、手も足も出ず、地面に這いつくばっていた。
「……つ、強すぎる……」エルザが、震える手で地面を叩く。「ダンジョンのボスより……ずっと……!」
「当たり前だ」
ゼストが、冷たく見下ろす。 「我々は、長い間、この世界で生き残ってきた。 貴様らの『強さ』など、我々から見れば『赤子のハイハイ』に過ぎん」
絶望的な実力差。三人は、自分たちが『井の中の蛙』であったことを、痛感させられた。 悔し涙が、地面を濡らす。
「シノン、お前の強さもきちんと見せてやれ」
ディアブロが静かに言った。
「でも……」
「ここまで来たら、全てを友達にさらけ出すんだ」
ディアブロの言葉にシノンは頷いた。
「分かったわ」
静かな足音が、響いた。彼女は、ボロボロになった仲間たちの前に、静かに立った。
「シノン、さん……?」 「下がってて、シノン!」
シノンは、首を横に振った。そして、ゆっくりと、三魔将を見据えた。
▶(シノン)◇
みんな、泣いてる。悔しくて、自分の無力さに絶望してる。……私も、そうだった。じいちゃんとの訓練で、毎日、自分の弱さに泣いてた。
でも、私は知ってる。みんなは、弱くない。ただ、『上には上がいる』ことを、知らなかっただけ。
(……教えてあげなきゃ)
私が、ずっと隠してきたこと。『基礎』の本当の意味。そして、私が、魔王と、どうして『対等』に話せるのか。
(隠すのは、もう終わり)
仲間だから。 本当の私を、知ってもらわなきゃ。
▶◇◇◇
「……グレイさん。ゼストさん。マモンさん」
シノンは、静かに名前を呼んだ。
「今度は私と『遊び』ましょう」
「……ほう?」
ゼストが、面白そうに眉を上げる。
「『嫁』殿。貴様が相手をするというのか? ディアボロ様の見初めた実力、見せてもらいましょう」
「はい」
シノンは、頷いた。その瞬間、彼女の纏う空気が、変わった。『平凡な学生』の仮面が、剥がれ落ちる。
ザッ。シノンが、腰を落とし、『構え』を取った。ただそれだけで、荒野の空気がビリビリと震え、小石が浮き上がった。
「「「……!?」」」
倒れていたアリアナたちが、息を飲む。彼女たちは、初めて見た。シノンの、『殺気』を。
「……よかろう!」
三魔将が、同時に構えた。手加減なし、『魔王軍最高戦力』の威圧。
「来い、シノン!」
シノンは、深く息を吸い込んだ。
(見てて、みんな。これが、私の……『基礎』だよ)
次の瞬間。 シノンの姿が、消えた。




