第40話 令嬢と投資(プロポーズ)
コレット商会の屋上庭園。そこは、王都の夜景を一望できる、リリィお気に入りの場所だった。
テーブルには、最高級のヴィンテージワインと計算機、そして山積みの『契約書』が置かれている。リリィと、その対面に座るマモンは、色気のない数字の羅列を、まるで愛の詩のように熱く語り合っていた。
「……今期の純利益、前年比300%増です」
リリィが、ワイングラスを揺らしながら報告する。
「『魔鋼』製品の独占販売、およびアフターケアによる継続的な収益……。すべて計画通り、いえ、それ以上の成果です」
「素晴らしい」
マモンは、リリィのグラスにワインを注ぎ足した。
「特に、競合他社を『買収』ではなく『提携』という形で傘下に収めた手腕……。敵を作らず、利益だけを吸い上げる。見事な『搾取』の構造です」
「マモン様の『助言』のおかげです」
リリィは微笑む。この数週間、マモンはリリィの『影の顧問』として、完璧な仕事をしてくれた。物流の確保、裏社会との交渉、そして時には……邪魔者の『平和的な脅し』。彼がいなければ、ここまで短期間での商会再建は不可能だっただろう。
リリィは、マモンを見つめた。常に礼儀正しく、有能で、そして底知れない『闇』を持つ男。最初は、ただの『便利なコネクション』だと思っていた。だが、今は違う。
▶(リリィ)◇
(……私、この人がいないと、もう満足できない)
普通の人間は、私の『強欲』を恐れるか軽蔑する。「守銭奴」「金の亡者」と陰口を叩く。
でも、マモン様だけは違った。私の欲望を「美しい」と言ってくれた。私の描く青写真を、私以上のスピードで理解し、実現してくれる。
(こんなに心地よい『顧問』は、世界中どこを探してもいない。……手放したくない。独占したい)
それは、商人としての計算を超えた、一人の女性としての『欲望』だった。
▶◇◇◇
「……マモン様」
リリィは、書類を脇に寄せ、身を乗り出した。
「商談は、これで終わりです。……ここからは、少し『プライベート』な提案をさせていただいても?」
「ほう?」
マモンは、優しいそうな目をわずかに開いた。
「どのような『案件』でしょう? リリィさんからの提案なら、きっと魅力的なはずだ」
「……単刀直入に申し上げます」
リリィは、真っ直ぐにマモンを見据えた。
「私と、『結婚』を前提としたお付き合いをしませんか?」
静寂。夜風が、書類をパラパラと捲る音だけが響く。
「……結婚、ですか」
マモンは、驚くこともなく、冷静にリリィを見返した。
「それは、コレット商会と私の組織との、永続的な同盟関係を意味すると?」
「それもあります。ですが、一番の理由は……」
リリィは、少しだけ頬を染めた。
「……貴方という『人材』を、他社に奪われるのが、我慢ならないからです。貴方は、私にとって世界で一番の『優良物件』ですから」
それは、リリィなりの精一杯の『愛の告白』だった。マモンは、しばらく沈黙し……そして、クツクツと笑った。
「クク……。優良物件、ですか。人間にそう評価されたのは……いつだったでしょうか」
マモンは立ち上がり、リリィの側へと歩み寄った。そして、跪き、彼女の手を取った。
「光栄な申し出です、リリィさん。ですが、一つだけ条件があります」
「条件?」
リリィが眉をひそめる。
「損な取引はしませんよ?」
「いえ。……貴女にとっても、悪い話ではありません」
マモンは、リリィの指に、めらめらと燃えるような魔力を帯びた『黒い宝石の指輪』を嵌めた。それは、ただの装飾品ではない。魔王軍の幹部クラスだけが持つことを許される、『契約の指輪』。
「私は、貴女の『強欲』に惚れました。世界中の富を飲み込んでも、まだ足りないその渇望……。その『欲望』が尽きるまで、私を使い潰す覚悟がおありですか?」
マモンの瞳が、妖しく光る。それは、悪魔の契約のようでもあり、生涯の忠誠を誓う執事のようでもあった。
「……愚問ですね」
リリィは、指輪を見つめ、妖艶に微笑んだ。
「私の欲望は、底なしですよ? 貴方ごとき、骨の髄までしゃぶり尽くして差し上げます」
「素晴らしい」
マモンは、リリィの手の甲に口づけを落とした。
「では、契約成立です。……我が愛しき、強欲な『恋人』殿」
「はい。……私の、最高の『顧問』」
二人は、月明かりの下で、誓いのキスを交わした。ロマンチックな言葉などない。あるのは、互いの『価値』を認め合い、高め合うという、強固な『信頼』と『計算』。ある意味で、最も大人の、そして最も離れがたいカップルが誕生した瞬間だった。
◇
翌日。作戦会議室に、リリィが涼しい顔で現れた。その左手の薬指には、闇色の宝石が輝いている。
「おはようございます」
「お、おはよう、リリィ」
エルザが、ギョッとして指輪を見る。
「な、なんだその真っ黒な石は!?」
「ふふふ。マモン様と『契約』してきました」
リリィは、指輪をキラキラと見せびらかす。
「『婚約指輪』といったところでしょうか。鑑定したところ、この石だけで王都の予算一年分くらいの価値が……」
「「「(一年分!?)」」」
シノン、アリアナ、エルザが絶句する。
「す、すごいわね……。さすがリリィだわ」
アリアナが引きつった笑みを浮かべる。
「展開が早すぎるというか、重すぎるというか……」
「でも、よかったですね!」
シノンが、心から祝福する。
「リリィさん、すごく幸せそうです」
「ええ。最高の『取引』でしたから」
リリィは、本当に幸せそうに笑った。
こうして、『アベレージ・ワン』の全員が、それぞれの『師匠』と結ばれた。アリアナとグレイの『理知的カップル』。エルザとゼストの『脳筋カップル』。リリィとマモンの『計算高いカップル』。そして、シノンとディアブロの『規格外カップル』。
四者四様の『恋』が動き出した今。彼女たちが、彼らの『正体』を知る時が、刻一刻と近づいていた。




